楽園

町の片隅にある居酒屋の暖簾をくぐって中に入ると、なじみの顔ぶれが見える。カウンター席に座り、暖かいおでんと冷えたビールを注文する。そんな中、隣の男がこちらをちらりと見て口を開いた。


「なあ、酒をおごってくれたら、いい話を聞かせてやるよ」


何やら興味を引く雰囲気だったので、僕は彼にビールをもう一本頼んでやった。すると、男はにやりと笑って話を始めた。


「おい、聞いてくれよ。俺さ、楽園に行くんだよ」


顔を赤くしながら、男は酒を片手に語り始めた。楽園とは、この世のどこでもない場所のことらしい。最近、密かに流行っている噂があるとかで、男はそれに全財産をつぎ込んだのだという。


「全部、だよ。もう何もかも売り払って、このチケットを手に入れたんだ」


彼の手には、今はただの紙切れにしか見えない、古びたチケットが握られている。きっとそれが「通行証」だったのだろう。


「あとは指示待ちなんだよ。その日が来たら、俺は楽園に行けるんだ」


男はそこで話を止め、一口ビールを飲んだ。その言葉には、どこか不確かな期待と恐怖が入り混じっていた。


「正直なところ、俺にも分からないんだ。本当にそんな楽園があるのか、それともただの都市伝説なのか。ただ、居酒屋で聞いた話に魅せられて、全財産を賭けてみたんだよ」


彼の言葉には、自分でも信じきれない何かにすがろうとした哀しみが滲んでいた。そしてその夜、男はビールを一気に飲み干した。


その後、男の姿を見ることはなかった。常連たちの間で、彼が失踪したという噂が流れ始めた。もしかすると、本当に楽園へ旅立ったのかもしれない。あるいは、ただどこか遠くへ逃げてしまったのか。それは誰にも分からないことだった。

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