王子様、わたしにキスを
わが愛しのユウジくん
※ こちらの作品は、ぜひ『kiss, kiss, kiss 【高校生編】』をお読みになってから、ご覧ください。
「で、どうだったのよ?」
学校帰りに寄った、カフェの中。早速、わたしと水沢くんの間にあったことを察知したらしい、なっちゃんが食いついてくる。
「……完璧でした」
「完璧?」
「ええ。それ以上のことも、それ以下のことも、わたしには言えません」
まあ、詳細を知りたくなる気持ちは、わかりすぎるほど、わかりますがね。わたしも、そのへんの線引きは、しっかりしているので。
「何よ? 朝から、うっとりしながら、わざとらしくため息ついたりして。触れてほしくて、しょうがなかったくせに」
「ま、まさか」
なんという鋭さ……!
「聞いてあげるから、言いたいなら、早く言いなさいよ」
「そ、あのですね」
いったい、どこから、お話すれば……と、そのとき。
「あれ? さっき、入ってきたの、水沢くんの弟くんじゃない? ほら、今レジに並んでるの。友達もいっしょみたいだね」
「はい?」
なっちゃんの言葉に、顔を上げて、レジの方に視線をやると。
「本当だ。ユウジくんだ」
わたしの大切な弟、ユウジくんが列に並びながら、楽しそうに友達としゃべってる。
「水沢くんとタイプは違う感じだけど、顔はよく似てるし、弟くんも人目を引く子だよね。友達がまた、すごいわ。なんか、店中の視線を集めてない? 何? あれ。モデル?」
めずらしく、感嘆の声を上げる、なっちゃん。
「たしかに、美少年ではありますけどね」
わたしにしてみたら、可愛いユウジくんの足元にも及びませんよ。まあ、ユウジくんの選んだ友達ですから、信用はできますが。
「声かけないの?」
「姉がでしゃばっても、いいことないので」
と、なっちゃんに返したところで。
「そういえば……」
ふと、いつかのユウジくんに、違和感を覚えたことを思い出した。
「何よ?」
「あ……ううん、こっちのこと」
たしか、彼女の話をしていたとき、何か思うところがありそうだった、ユウジくん。あれは、どういう意味だったんだろう?
「もう、まどろっこしい。言いたいのか、言いたくないのか、どっちなの?」
「興味津々で我慢できないからって、切れないでくだい」
「もう、知らない。これから、南と会うわ」
「あ、なっちゃん……!」
機嫌を損ねて、席を立ってしまった、なっちゃん。実際問題、短気な友達を持つと、大変なのです。そこで。
「臭野さん」
「あ、ユウジくん」
なっちゃんと入れ替わりに、ユウジくんが向かいの席に。
「あら? 見映えのよい、さっきのお友達は?」
近くにいるのなら、あいさつくらい。
「テイクアウトして、練習に行った」
「ユウジくんは、いいの?」
「バンド、違うもん」
「なるほど」
正直、バンドというもののシステムは、全くわからない。けれど、あの少年とユウジくんが同じバンドに所属していないということは、逆に、音楽以外でも深いところのつながりで結ばれていると、想像するに難くない。
「優は、いないんだ?」
「特進クラスだから、カリキュラムが違うの」
「ふうん」
どうでもよさそうに相づちを打ちながら、カップを口に運ぶ。そんなユウジくんを、じっと観察していたら。
「何?」
案の定、嫌な顔をされた。でも。
「ユウジくん、悩んでることない?」
ここはもう、ストレートに。
「ないよ」
素知らぬ顔で、即答されたけれど。
「嘘ですね。絶対、彼女のことで、何か悩んでるいるはず。まあ、ユウジくんに限って、彼女に浮気されたりなんてことは……」
どう考えても、ありえないでしょうが。彼女は、ユウジくんに夢中に決まってるので。
「べつに、悩んではないけどね。他の男とやってるのは確かだよ、あの女」
「…………!」
勢いよく吸い上げた、期間限定のハロウィン仕様のフラペチーノを吐き出しそうに。
「俺には、バレてないと思ってるんだろうけど。あいつの体、元々アザだらけでさ」
「いったい、どんなプレイを?」
そちらの世界に足を突っ込んだことはないので、正直わかりませんが。
「プレイじゃないよ。酒乱の父親に、よく殴られてんの」
「え……?」
話が思わぬ方向に。
「そのアザのとこにさ、重ねて跡がつけられてるんだよね、ご丁寧に。よく見ないと、気づかない程度になんだけど」
「なるほど……」
つまり、跡というのは、いわゆるキスマークというもの。そのやり口からは、相手のある種の真剣さというか、嫌な感じに心に残る、重いものが伝わってくる。
「相手に、見当は?」
「全く。どっちにしろ、知りたくもないけど。本人から切り出してこない限り」
「……そうですか」
彼女の境遇から、彼女を責めにくいユウジくんの優しさを逆手に取られているようで、悔しい。
「ごめんなさい。気軽に話を振っちゃって。わたしなんか、何の解決もできないのに」
わからないことも、わかろうとしなかったことも多すぎた。
「さっきの友達には、相談してみたの?」
「え? まさか」
迷惑そうに顔をしかめる、ユウジくん。
「あいつとは、こんな話したくない。時間がもったいないよ。あいつと話したいことなら、いくらでもあるのに」
「本当に、いいお友達なんですね。名前は、何と?」
「名前? ああ、ルイージ」
「あ。やっぱり、外国の血が」
おそらく、イタリア系だ。
「そうそう」
たしかに、日本人離れした綺麗な顔立ちの少年でした。
「ユウジとルイージ……なんだか、運命的なものを感じますね」
「え? そう?」
よっぽど、ルイージくんのことが好きでたまらないのでしょう。うれしそうに笑った、ユウジくんの顔が忘れられません。
「一度、わたしは自宅に戻りますね。時間まで、よろしくお願いします」
「かしこまりました」
店長を安心させるように、しっかりと返事をして、店をあとにする店長を見送った。それにしても、あれから、ユウジくんの話が頭から離れることがない。
ああ見えて、ユウジくんは繊細な子。水沢くん以上に……というより、この際言いきってしまいますが、水沢くんの繊細さは、見せかけだけでした。ユウジくんとは、正反対なのです。まあ、そんなところにも夢中なのですが。と、そのとき。
「今、近くのコンビニ。何か、適当に買ってくけど……ん、水ね」
携帯で話しながら、店内に入ってきたのは、なんとルイージくん。これから、ユウジくんの家に向かうようで、ユウジくん御用達のミネラルウォーターを手に取っている。
たしかに、あのユウジくんが認めているだけあって、ユウジくんと並んでも見劣りすることのない、完璧なルックス。ルイージなんて、ともすれば冗談みたいな名前が、それなりに聞こえてしまうのは、この少年だからこそだろう。
「お願いします」
「いらっしゃいませ。お預かりします」
ルイージくんの女子を引きつける色気は、ユウジくん以上かもしれない。しかも、中学生にして、一介のコンビニ店員にも、このさりげない言葉がけ。なかなか、ソツがない。
「千円、お預かりいたします」
どんなものでしょう? 一言、『ユウジくんをよろしく』くらいだったら、あいさつしても……。
「120円と、レシートのお返しになります。少々お待ちください」
いや。やっぱり、ユウジくんに、いい顔はされないだろう。またの機会に……と、お釣りとレシートを渡した、その瞬間。
「どうも」
「…………?」
わずかに鼻をかすめた、この香りというか、匂い。
「待って」
聞こえなかったらしい。気にも留めずに、店を出て行こうとする。
「待ちなさいよ……!」
レジのカウンターを抜けて、ルイージくんの腕をつかんだ。
「何ですか?」
眉をひそめて、わたしを見下ろす、ルイージくん。
「何ですか……じゃ、ないわよ」
ユウジくんが言っていた、例の跡と同じ。なぜか、犬並に鼻が効くという特殊体質を持つ、このわたしでなければ、気づかない程度。
「そんな匂いさせて、ユウジくんに会う気?」
断言する。今、ルイージくんは、ユウジくんの彼女と、許されない行為をしてきた直後。
「誰ですか? ユウジくんって」
「…………!」
なんと、しらじらしい。
「許さない」
力まかせに、ルイージくんの体を叩いたけれど。
「何なんですか?」
あっけなく、手をつかまれて、
「なんか、人違いしてるんじゃないですか?」
バカにしきった口調で、軽く笑ってる。これが、ユウジくんが心から慕っている、ルイージくんの本性。
「そんな匂いをさせたまま、ユウジくんに会うなんて、許さない。シャワー浴びて、匂いを洗い落として、出直しなさい」
いったい、どういう神経をしてるの?
「このことは、ユウジくんに絶対言っちゃだめ。そして、二度とユウジくんを裏切らないって、約束しなさい」
「話は終わりました?」
まるで、頭のおかしい人間を相手にするように、わたしの手を払って。首を傾げながら、ルイージくんが去っていく。
「ユウジくんを傷つけたら、許さない。いいわね? とにかく、あなたの匂いを何とかしなさい……!」
店を無人にするわけにはいかないから、泣きながら、ルイージくんの後ろ姿に叫び続けるしかない。
「草野さん?」
「水沢くん……!」
ちょうど、店の前を通りかかった水沢くんが、顔色を変えて、駆け寄ってきてくれた。
「どうしたの? 草野さん」
「自分の無力さが情けなくて……わたしには、何もできないんです」
店内に、お客様の姿はなかったのが、せめてもの救い。水沢くんの胸にしがみついて、泣きじゃくる。
「草野さん……何があったのかはわからないけど、草野さんがいつでも頑張ってることは、僕がよくわかってるよ」
こういうとき、水沢くんは、わたしの気持ちをちゃんと汲んでくれる。水沢くんは、ただただ、わたしの頭を優しく撫で続けてくれたのでした。
「草野さん」
「わ……!」
翌日の放課後。浮かない気分のまま、一人で校門を出ようとしたら、ユウジくんに声をかけられた。
「どうしたんです?」
動揺しちゃ、だめ。ルイージくんのことは、気づかれないように。
「優は?」
一見、いつもと変わらないようすのユウジくん。
「えーとね、今日も特別講習。あとで、待ち合わせることにはなってるけど」
「そう。じゃあ、ここでいいや。話は、すぐ終わるから」
「話?」
やっぱり、嗅ぎつけてしまったのだろうか。
「うれしいですけどね? わたしと話をしに、ユウジくんが学校にまで来てくれるなんて」
必死で平静を装いながら、返事をしたけれど。
「あいつだったんだね」
「な、何がです?」
だめ。声が震えてしまう。
「しらばっくれなくて、いいよ。あいつが店に来たとき、気づいたんでしょ?」
「まさか、ルイージくんに聞いたの?」
あれだけ、黙ってるように言ったのに。
「うん。頭のおかしい店員に、匂いをどうにかしろって、泣かれたって」
「し……信じられない」
なんて、厚顔無恥な少年なの? ユウジくんのこと、何だと思ってるの?
「ああ、あいつ自身は、全く意味がわかってなかったけどね。最後まで、首を傾げてたよ」
「やっぱり、イタリア系なだけあって、日本語が……」
こんな最悪な結果になるなんて。顔が上げられない。
「ん? そうだね。頭も日本語も弱いんだよ、あいつ。何ていったって、ルイージだから」
「……ごめんね、ユウジくん」
つらいだろうに、おかしそうに笑う、ユウジくんが痛々しい。
「草野さんは謝ることないよ。優には、話しちゃった?」
「話してないよ。ユウジくんのプライベートなことだから」
大きく、首を振った。
「よかった。ありがとう。このまま、黙っててよ。間抜けで、みっともないから。今日は、それを言いにきた」
「それで、ルイージくんには……」
「何も。おもしろいから、こっちも気づいてないふりして、しばらく見物してるよ」
「そんなこと、やめて」
思わず、ユウジくんの両腕をつかんでいた。
「おもしろいわけないでしょ? ユウジくん、無理しないで」
「……ねえ、草野さん」
静かに、ゆっくりと手を離された。
「俺ね、他人に同情されるのと、わかったような口をきかれるのが、いちばん嫌いなんだ」
そう言って、向けられたのは、突き放すような冷たい視線。
「他人、だなんて……」
急に線を引かれてしまったようで、何とも言えない気持ちになったけど。そこで。
「ユウジくん?」
ふっと笑った、ユウジくんを見上げた。
「草野さんじゃなかったら、許さないところだよ」
「…………」
うん。やっぱり、ユウジくんは、ユウジくんだ。
「カエルの恩義ですね」
「そうそう」
きっと、水沢くんへの想いと共に、永遠に変わることはない。わたしの可愛いユウジくんの、幸せを願う気持ちは。
わが愛しのユウジくん
END
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます