エピソード:II 改めて…
「はっ!…ここは?」
どうやら目が覚めたが、今度は数十分で目覚めたのではない。四日ほど昏睡していたようだった。
だが、一体どうして私はこの病院にいるんだ?普通は機体の中にいて、自力で脱出しないといけないのに…
輸送機が入れたとはとても思えない。あの戦場であれだけの犠牲が出たんだ。輸送機が入れるもんじゃない。
「目覚めたみたいだね!よかったよ!」
聞きなれた声だ。隣のベッドから聞こえる。
カーテンをめくると、そこには足を骨折した篠崎がいた。ちなみに、私は運がいいことに、指の骨折で済んだという。
しばらくしたら退院できるだろう。
「あの後、一体どうなった?」
「君が気絶した後に、副隊長と、隊長が、戦死してしまった。」
篠崎は、やっぱりかという顔で、落ち込んでしまった。まあ無理もない。気絶していて何もできずにほとんど終わってしまったのだから。
「やっぱり、まだ頑張りが足らなかったのかな…?自分の鍛錬が甘かったかも…」
彼は肩を落としてしまった。私としても、彼の責任ではないことを言っておかなければ。
「自分も戦ったが、勝てる相手ではなかった。一機は不意を突いて壊せたが、副隊長を殺した機体だけは仕留めきれなかった。
そして、あのトライデントも。間違いなく、君だけでは勝てない試合だった。あれは。」
自分の思い返すと、なぜあの時に固まってしまったのか、なぜあの時に避けられなかったのかと、後悔と疑問を巡らせながら俯くと篠崎が、口を開いた。
「もう過去のことだけど、やっぱり忘れられない。あの隊長と過ごした日々を忘れることなんて、できないよ。」
「そうだね。私も、テレス隊長に助けられた身だ。それに、あの副隊長のプレゼントのおかげであの機体を倒せた。二人の分まで生きなければならない。」
「だね。」
自分は少し窓の外を見た。そびえたつ巨大な摩天楼がある。アトラス社の向上及び特務機動隊本部だ。
だが、様子がおかしい。地上であんな工事が行われていただろうか。外装も少し傷んでいるように見える。割れたガラスも目立つ。
「篠崎、携帯持ってる?」
「持ってるけど?」
「ちょっと貸してくれないか?。」
私はあそこで何か事件が起こった気がした。私も篠崎も知らない間に、何かがあったのかもしれない。
携帯のニュースを見ていると、本部に関するニュースがあった。そこには、驚くことが書いていた。
つい先日、本部が強襲されたようだ。そして、新型の二脚兵器で、スパロー社から預かり、改修中だったデルタスパローをが強奪され、工場が完全に破壊された言う。
いったい誰があんなことをしたんだ?下にスクロールすると、あのトライデントと、ブリッツに似た機体がいた。
どうやら、今回はこの機体によって、強襲されたようだった。さらに、今回の件で、あの機体らの機体名がビデオ検証や、過去の資料との照合により判明した。
あのブリッツに似た機体を除いた、二機はそれぞれ、アーリータイガー・サーオフィサー、トライデント・サーオフィサー。
そして、最後の一機は、エーテル。どうやらあの機体、国家解体戦争最強の機体、ブリッツの開発プロジェクト、プロジェクト:0の最終機体だったようだ。
これらの機体は、すべて極めて高い出力と、高い防御力、攻撃力、連携力を保持することから、特定危険機体として手配されたようだ。
わたしは、このニュースを見て、ふと思った。
ああ、あの頃に止めていればこのようなことはなかったのに…と。
「何を見てるんだい?」
「これだよ。見てみてくれ。」
彼に携帯を返すと、しばらく私は本部のビルを眺めた。
そして、ぼやっとしているとき、誰かが私たちの部屋に来た。
「やあ、二人とも。特務機動隊報告部のルースだ。」
彼は私と篠崎の間のカーテンを開けて私たちの正面に座った。
「君たちに報告しなければいけないことがある。私達、特務機動隊は現在、あの作戦により、九十四小隊中九十一小隊が壊滅。
残り三小隊だけが残った。しかも、その中でもここ、メカニカルバレッツは幸運なことに、二人も生き残った。ほかの部隊はそれぞれ一人生き残ったが、
一人は右腕が欠損。言っては悪いがまともに戦える状態ではない。それに、もう一人は、重篤で、今まだ昏睡状態にある。仮に目覚めたとしても、下半身麻痺は確実だ。
そういう意味で言うと、ここの部隊は、とても運がよかった。」
恐ろしい話だ。あの戦いで生き残ったのはわずか四人。三機の機体によって、それだけの被害が出されたのだ。いったいどれだけあの機体らは強かったのだろうか。
考えるに、人間に到達できるような機体捌きではない。何十年も操縦してやっと手に入るような洗練された動きだった。
「ところで、戦死者はいったい何人に及んだのです?」
「いい質問だ、篠崎君。今回出撃したのは、合計七百三十人、つまり、七百二十六名が戦死した。史上最大規模の戦士者数だ。」
なんてことだ…機動隊のファイターのほとんどが壊滅じゃないか…
「そこでだ、君たちは唯一といってもいいほど軽傷で済んだ例だ。篠崎君には、君の基地、すなわち、特務三課機動隊第一部署を任せる。
そして、アルミア。君を特殊部隊、部隊長に任命する。君らにはメンバーを集めてほしい。」
そんなこと今言われても全く困る。この前までただのファイターだったのに、急にこんな昇進、有りなのだろうか?
まあいい。テレス隊長の分も、ヴァレト副隊長の分も生きて、仇を取らなければならない。なんとしてでも、仇はとる。
「まあ、ある程度、こちらで絞っておいた。この中から、君の隣人の部隊と、君の部隊のメンバーを決めておけ。」
「わ、わかりました。」
唐突な話についていけてないが、それは篠崎も同じだ。とりあえず、ファイルを預かり、中にいるメンバーを見てみる。
そして、ファイルとにらめっこしながら、病室で、今度面接するメンバーを見るのであった。
「この人は良さ気では?」
「んー、少しだけアームドスーツの適性の割にはメンタルが弱い。他を見てみよう…」
そうして一時間後、百名のメンバーを選出。大体決まったのだが、問題は機体だ。
この前の工場強襲事件のせいで、全く新型機がない。つまり簡単に言って、古い機体で戦うしかないということ。
ただ、どうやら、アーリータイガーの設計とブリッツのノウハウを取り込んだフェルミネイター、私の乗っていた機体、オウエン。
そして、あのスパロー社のスパローシリーズの名作、ガンマスパロー三機が配属されるらしい。それ以外はテラーバイト、フロスト系統など、優秀な旧式機がそろっている。
私はもちろん、ガンマスパロー・ウィングスラストを使う。通称、ウィングスパローだ。
新型のイグニッションV3を搭載。性能は最高だ。その一方で、軽量化のために、余分なデジタル機器を搭載していないせいで現行の機体と比べて、
連携力に劣る。一騎当千をコンセプトに開発されただけある。
「篠崎はどの機体がいい?」
「実は、ここにない幻の機体がうちにはある。それを最近、改修することに成功して、なかなかにいいものになった。」
「というと?」
「コーマット・カスタム。初代の生き残りだ。」
まさか、サイクロン社の幻の機体、コーマットV3のはるか前に開発されたカスタムが出てくるとは。いったいどこのルートから入手したのだろう?
いや、待てよ、篠崎家は、国家解体戦争を起こすきっかけとなった人物の中でも中核を担ったともいえる、篠崎誠と血が繋がっている。
となると、この機体を引き継いだのも無理ない。うちの部隊には御三家が二人もそろっている。それも同じ部隊にだ。
国家解体戦争の担い手、暗黒の篠崎家。企業による管理体制を作り、アームドスーツの生みの親、キング家。
そして、最も暗く、複雑で、最悪な歴史を持つ、厄災をおこした、エース家。
この御三家、それぞれ特徴ともいえるのが、特別ともいえる才能を歴代の子孫が受け継いできたことだ。
篠崎家はオールラウンダーとして何に対しても突出する。キング家は武器の捌きが一流であり、他者と格別した才能を誇る。
そして、私らエース家は、異端児ともいえる、アームドスーツの体捌きと、型破りな手段をとることが多い。
「ところで、そっちは何の機体にするつもり?」
「こっちは一騎当千のウィングスパローかな?」
「ああ。ガンマスパロー・ウィングスラストか…って最高の機体じゃないか!!一回は乗ってみたいもんだね。」
「うちの部隊に来たら乗せてあげるさ。」
とりとめのない話をしていると、すでに時間が過ぎていった。
あたりは星で満杯だった。病室のベットでゆっくりと目を閉じて、私は眠りについた。
あれから一週間後、二人そろって退院し、病院前にある、私の車で篠崎と一緒にいつもの支部へ急いだ。明日の面接に備えなければ。
そして、支部に戻ると、すっかり何もなくなってしまっている。寂しいものだ。
しかし、奥を見ると、新しい機体の置いてあるコンテナが何個もある。すべてスパロー社のコンテナだ。
さて、今日から新しい整備主任となってくれる人にあいさつしに行こう。どうやら、ルースという人らしい。
ついこの間、あったような…
「ああ、アルミア、これ、マクレーンさんじゃあないよね?報告部の人だからそんなことはないでしょう。」
「さすがにないさ。」
そうして、主任の部屋に行くと、とうとうさっきのことが現実味を帯びてきた。
“技工主任責任者 ルース・マクレーン”
「まさか…」
「人生には三つの坂があるっていうよね。上り坂、下り坂、そして、まさかだ。そのまさかじゃないよな?」
「多分そのまさかだ。」
私と篠崎は、少し考えたが、ドアをノックして入った。すると本当に“まさか”があるということを思い知らされた。
「やあ、二人とも、退院して初日で驚いただろう。なんであの時のお前さんがいるんだってな。その件についてだが、先日、ここの技巧主任になったのさ。
よろしく頼もう。篠崎指揮官に、アルミア特殊部隊長。」
「は、はぁ…」
少し驚いたが、同時になぜか安心を感じたのである。彼なら、主任としてふさわしいと。
ここの要にはもってこいだ。
その後、今まで自由に使ったこともない、指揮官室に行き、少し会議をした。もちろん、今はそんなにメンツはいないから、あの三人だけで。
「明日の日程、どうする?」
「百人くらいどうにかなるさ。問題は…」
特務機動隊では、主に実弾による訓練を行う。といっても、訓練用のもので、リフレクターで防げる程度のものだが。
それの扱い方の教育、そして体捌きの指導をだれが行う?
前までやっていたのはテレス隊長だった。おかげで銃をまともに当てたことない私でも、サブマシンガンが使えるようになった。
そんなことのできる教育者なんて、どこにいるというんだ?
「あっ、一人知り合いでいるな。教育士官学校を成績上位で卒業した奴が。」
「というと?」
「彼の名前はヴォイド・アレクサンダー。あの暗殺されたアレクサンダー教官の血族だよ。彼は戦闘においても、指導においても非常に優秀だった。
だが、一つ問題がある。」
彼は少し重苦しいような表情を浮かべた。
「最近、彼がどこにいるかがわからない。彼はもう教育士を去年引退したばかりだ。それも、俺が原因でだ。」
「いったいなぜ喧嘩したのです?」
私は素直に疑問に思った。
「俺らは昔、親友だった。それで、同じ特務機動隊に入って、勤務していたのだが、いつの日か、俺の方が戦いがうまくなってきた。
それで、彼は嫉妬して、気が付いたころには全く話さなくなっていった。そして、彼の鬱憤が爆発して、もう成長を見込めない機動隊から出ていったわけだ。」
嫉妬というものは恐ろしい。だが、それよりも、優劣でそれだけのことが起こってしまうのだから、人間とは案外愚かなのかもしれない。
でも、仕方ないことでもある。優越感を持ったものは、上のものに嫉妬する。それが、自分の方が気付けば下になっていた時に顕著に表れる。
「だが、一回掛け合ってみる。本部のデータソースから割り出せるかもしれない。」
ヴォイド・アレクサンダー。優秀なメンツであることを祈る。
だが、あの機体を封じ込めるためにはもっと強い機体が必要ではないのか。
ジェネレーターの出力がおそらく桁違いだ。通常機体でも三千万、特殊部隊の第七等級機だとしても五千万。いずれもキロワットだ。
だが、あの機体の起動力は推定七千万を上回る。
さらに、おそらくだが、有効電力供給量が圧倒的に違うだろう。私たちの乗るアームドスーツは武器にも電力を供給したり、様々なシステムのために
大量の電気を浪費する。その結果、出力のうち、数割は減衰して、実際のジェネレーターがフル出力の時の機動力と比べて、劣るわけだ。
そこで、有効電力供給量というパラメーターを用いて表すということだ。通常機体だと、二千万、エネルギー兵器の使用で一千五百万。
特殊部隊機だと、四千万くらいだろう。
だが、あの機体は、よっぽどサブジェネレーターの補填性能が優秀なのか、出力と有効電力供給量がほとんど等しいような気がする。
だが、一体、もしそうだったとしても、一体どうやってその出力を出すというのだ。
工業用のジェネレーターでは出せるが、当然工業用だ。
高出力ではあるが、有効活用できる出力はアームドスーツに載せたら、ほんのわずかになる。
そもそも、載らないことから、あのボディーには合わない。
「ところで、今、君たちは、とあるプロジェクトが裏で進められているのを知っているか?」
「このご時世にですか?いったい何のプロジェクトというのです?」
「軌道衛星掃射砲だよ。このプロジェクトは結構有名ですよね。今は、やっとフレームができたぐらいとか。」
確かに、そうだ。あの厄災以来、所属不明衛星が多くある。そして、その多くが、不正に民間で上げられた謎の衛星である。
このままでは宇宙戦闘輸送艦が通る時に、邪魔になる。支障をきたす前に一掃しようということで、掃射砲を作ることにしたという。
「確かに、それも機動隊員の間では有名だった。だがしかし、それじゃないもう一つのプロジェクトがある。
プロジェクト・スティールバード。あのスパロー社が主導の新機体製造計画である。」
「スパロー社?なぜ彼らがそのようなプロジェクトを?新機体はデルタスパローで最後と…」
「前まではな。」
彼は胸ポケットから、ホログラム資料を机の上に置き、表示した。そこには確かに新しい機体があった。だいぶ洗練されている。
「イプシロン・スパロー。別名バレット。弾丸のような速度を実現するために、通常の歩行機動性を犠牲に、大量のイグニッション、
超固定型ロックラダー、軽量クロストーラススプリンターによる駆動を採用。これにより、異常な安定性と跳躍力、瞬間最大速度をたたき出すものだ。」
それはすごい。私も乗ってみたいものだ。スパロー社の機体にはよくお世話になっている。私が高校のころからスパロー社の社長とは顔見知りで、
よく機体と武器を支給してもらったものだ。あの厄災でインディバル・パーシュート社が勝ち残ったおかげだ。今では車や原チャリよりもアームドスーツの方が安い。
「ま、テストパイロットは篠崎でも、アルミアでも私でもないのだがな。」
「ですよね…」
少し悲しい。たまにはそんな鬼才な機体に乗ってみたいものだ。
私が小さいころ、お父さんの持っていたブリッツに乗って、遠くに出かけたことがある。
あんなに古い機体なのに、まだ見劣りもしない、そして、性能もまた、なかなかにいいのである。
それで、調子に乗って森に突っ込んで、川に落ちた。その時、とある一機の機体、リュウグウが、私を掬い上げて、町中に降ろしてくれた。
乗っていた人は分からない。あの後、颯爽と去っていき、私はお父さんに大目玉を食らった。でも、あのサンダーボルト山での出来事は、なかなかに忘れられない。
大目玉を食らったことではなく、あれだけカッ飛ぶような機体を操った時の感触が。
今頃、私を掬い上げたリュウグウの乗り手は、いったい誰なのだろう。
よくわからない。
「ところで、そろそろ解散しよう。明日は忙しくなりそうだし、そろそろ自由に過ごしましょうや。」
「ですね。」
「そうだね。アルミア、久しぶりに車に乗せてくれよ。地面に括り付けられるのあの感覚がいいんだ。」
篠崎はよく私の車に乗って、一緒にドライブに行く。もうこれが時間が余った時の暇つぶしとでもいったところだ。
さっそくガレージへと、灰色の通路をくぐりながら、向かう。
前までは良く、ヴァレト副隊長と一緒だったのだがな。彼もまたいい車に乗っていた。
そして、ガレージにつくと、真っ黒悩みが広がっていた。スイッチを入れて、電気をつけると、一瞬で純白の車のボディーが照らされた。
隣には、ヴァレト副隊長の乗っていた赤いハイパーカーがあった。あっ、何か書いてある。
“アルミアへ。
この手紙を読んでるということは、俺は死んだということだ。これは、俺が送る最後の遺書と遺産だ。
この車を、どうか預かってくれ。隠していたが、俺には弟がいる。彼もこれは知っている。
だから、俺が死んで、楽しませることができなかった分、こいつを楽しませてやってくれ。壊れるまで。
ーーーーーーーーーーーーヴァレト・ファルコンより。”
遺書の裏には、銀に輝くキーがぶら下がっていた。
「どうして…やっぱりあんな死に方をするなんて…あんまりだ…」
「まあ、仕方ない。彼はもうここにいない。うじうじしてる君を彼は見たくもないと思う。それに、俺らいつか死ぬ。
死に向かって走ってる。自分にできる最善を探そうよ。」
そう言って彼は肩を叩いて、私の車の前に立った。ロングノーズの中にある十四気筒エンジンが、いまにも動きたいと唸っているようだった。
私も彼で出かけてやりたい。この前フルレストアしたばかりのご機嫌な奴なのに。
だが、人の思いをつながないわけにもいかない。ならば…
「この車、篠崎、君にあげるわ。私はヴァレト副隊長の車に乗る。」
「正気か!?」
「ああ、その方が喜ぶ。前から車ほしかったろ?」
悩むような表情でこちらの目を見つめる。
彼の眼は、少し焦っているようにも見えた。
「ま、まあ。そうだけども、もったいなさすぎる。」
「確かにね。でも、私がヴァレト副隊長の思いを汲んだように、篠崎も汲んでくれないか?」
「…そういわれちゃあ、仕方ないか。なら、ありがたくいただくわ。」
そうして私は鍵を投げ渡す。
銀色がキラキラと反射しながら鍵は回って、手のもとへと向かった。
パシッ!!
「それじゃあ、先に行ってるぞ。いつもの丘で待ってる。何かあったら連絡してくれ。」
「ああ。分かった。」
彼は車へ乗り込み、そのままエンジンをかけた。
何にも変えようがないほどに凛々しく、重く、鈍い音が十四気筒エンジンを乗せたアトラス・ハイペリオンのマフラーから響く。
篠崎はアクセルを吹かし、そのままガレージから出ていた。それもすごい加速をしながら。
私も、彼の真っ赤な車に乗った、おそらくこの車は、アトラス・ファルコンだろう。内装とスイッチの位置から推測するに、エンゲージではないのは確かだ。
さて、まわしてみるとしようか。二リッター、八気筒エンジンがどれだけ芳しいものかを体に響かせるために。
始動スイッチをイグニッションに。キルスイッチを押せば、あとはかかるだけ。
赤いスイッチを押すと、一気に甲高いロータリーを思わせるエンジン音が社内を暴れまわった。
こいつはすごい。さて、行くとしようか。
アクセルをゆっくり吹かすと、踏み具合に忠実で、自分の体のように操れる。
さて、あとはミッションだ。デュアルクラッチ八速シーケンシャルマニュアルトランスミッションだから、性能はお墨付きだろう。
さあ、この峠で少しだけ吹かしてみるとしよう。
三速から四速、五速…悪くない。いや、前のハイペリオンよりも癖がない。それどころか、シフトチェンジが異常なほど滑らかだ。
とりあえず、このまま高速道路で、いつもの丘の店に行こうか。
アクセルを吹かしながら追い越し車線を走ると、アウトバーンへ突入。一気に踏み込んでみる。
マフラーから透き通るように暴れまわるサウンドはとんでもなくいいものだった。
しばらく踏んでいると、燃料が尽きそうなことに気づいた。そうだった、自分のハイペリオンは満タンまでハイオク入れておいたが、この車は副隊長のものだ。
半分くらいしか入ってなくともおかしくない。
近くのパーキングエリアによって給油した。すると、隣に別のスポーツカーが留まった。あれは、リトルぺリオンこと、スーパーリオンじゃないか。
たった一リッター少しの八気筒エンジンで、そのファルコンよりも甲高い音が、いろいろなスポーツカーファンを魅了してきた。
見た目が小さいハイペリオンであることから、リトルぺリオンと呼ばれている。いつものハイペリオンを見た後だと、確かに小さく感じる。
給油用のふたを開けて、給油していると、隣の車の持ち主が、まさかと驚いたような表情でこちらを見ていた。
いったいなんだろうか。まあ、珍しい車ではあるが、そこまで驚くであろうか。
そして、あわただしくドアを開けて、こちらへ来る。
おや、あの顔立ちは…?
私は給油の手が留まった。
「すみません、まさかあなたは…?」
「えっと、アルミアです。まさか、あの…?!」
そして互いに見つめあい、互いに一つの言葉に行きついた。
「アルミア・タニティード・エース!!」
「ヴァレト副隊長の弟!!」
まさかと思ったが、そのようだ。こんなところで会えるとは…。
「その車を一目見て気づきましたよ。ヴァレト副隊長の友人であることに。よく彼はアルミアさんと篠崎さんの話をしていましたよ。」
彼は少し慌てているようだった。だが無理もない。事実、私も少しなんといえばいいかわからない。自分の不手際であるかもしれないというあの死を。
「そうでしたか。まあ、ヴァレトさんについては、お気の毒に。」
「いえ。もう気にしていられませんよ。道は進むためにありますから。」
彼の前向きな姿勢に私は思わず黙り込んでしまった。そして、ゆっくり考えた。自分がここに残された本当の意味を。
「…あの、もしよかったらなんですが、兄の代わりに機動隊の一員となってもいいですか?どうしても、
自分もあそこにいれば。という気持ちがあの日から離れないのです。」
「…あれは、君一人じゃどうにもできなかった。無謀とも言えた。それでも、彼はこの青い星のみんなのために戦った。だから、君まで同じ道を行くことはない。」
でも、その瞳の奥には闘士の炎が燃えていた。
「それでも、やはり食い下がれません。せめて、整備班でも…」
諦めきれない彼の姿勢に私は圧倒された。誰にも負けないほどに強い意志を感じた。
「そこまで言うなら…分かった。じゃあ、ついてきてください。篠崎のもとに案内しますよ。」
「本当ですか?!」
「ええ。今では彼が司令官ですよ。」
給油を済ませ、再びあの丘へ走り出した。先頭を私が走りつづけ、高速道路を降りて一時間ほど一般道を走っていくと、
サンダーボルト山の隣の少し高原になったところ、ペイルニア平原についた。
そして、平原に一本、貫くようにまっすぐな海岸沿いの道をひたすらに進むと、行き止まりとともに、一台だけが止まっている駐車場が見えた。
あの純白のボディーが、真っ赤な夕日に照らされていた。
「遅かったね。お隣の人は…って、まさか?」
「そのまさかなんだ。あと相談なんだけど、彼は整備班として、うちらの支部に入りたいようなんだ。どうする?」
意外と答えは単純であった。
「大歓迎だよ。でも、今、教育士官候補のアレクサンダーについてだが、交渉が失敗に終わったそうだ。」
篠崎は、少し考え、頭をひねった。
「どうする?これに限ってはもう他に…」
確かに…それは大きな問題だ。
篠崎と真っ赤な夕日に照らされた岸辺で少し頭をひねらすと、彼が何かを思いついたように、ひねった頭を上げた。
「いや待てよ、あの顔つき、やはりアルミアの言ってたまさかだとすると、彼は恐らく、ヴァレト副隊長の弟、すなわち、もともとヴァレト体調が操縦士で教官を務めてたこともあり、
弟もこれまた、教官には向いてるのではないか?」
「それはありだけども、本人が良ければいいのだけどもね…」
そうして、やはり解決に向けて教官までも雇わなきゃいけないとなると、これまた、大変だ。
真っ赤な丸い塊がだんだん海へ沈むころ、沈黙を破るようにヴァレトの弟は話した。
「なら、教官になります。一応以前までは共感視覚発行院の重役を務めていたので、ざっと何をすればいいかは知ってます。
なので、良かったら任せてください。なんとかやって見せます。」
自分も、篠崎も、下がった顎をもう一度上げ、彼の顔を見た。
「本当か?ならすごいありがたい!」
「もちろん、頑張ります。」
良かった。これで何とか見つかった。教官はすごい大切なものだ。ただ教えるだけだが、それだけではない。
分かりやすく、覚えられるように教えることが、教官には必要だ。だが、きっと、ヴァレトの弟となれば、きっとできるはず。
教官を得て、満足したとき、日はすでに沈んでいた。真っ赤な丸い太陽が海底に見える。
よし、なんで来たかは忘れたが、もう帰ろうか。
「帰らないか?」
「賛成だよ。ところで、彼の名前は?」
確かに聞いていなかった。
「私の名前はジョセフ・ファルコンです。まあ、ジョセフとでも呼んでくださいや。」
「そうかジョセフ、よろしく。」
「ええ、アルミアさん、これからよろしくお願いします。」
すでに夕日が暮れた海辺で、みんな車に乗り込んだ。それぞれが太陽が残したわずかな明かりに照らされていた。
月はまだ見えなかった。
さて、明日からいよいよ、入所面接が始まる。いったい誰が、この部隊の隊員、そしてほかの部隊の部隊長、隊員になるのだろうか。
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