第3話
レイはシリルとすこしずつ距離を縮めていった。レイがシリルの背を追い越しても、シリルはレイを子分のように扱った。ふたりでいるときに見せるシリルの甘い表情に、レイは夢中になった。
十六歳の夏、シリルとレイが公園でキスをしているところをクラスメートに見られた。
狭い街で、噂はあっという間に広まった。ふたりは苛めの対象になった。
振り向きざまに罵られる。汚らわしい言葉が、シリルの机に落書きされる。レイは母親から、シリルと絶対に外で会わないよう忠告された。
レイの母親はシリルを目の敵にしていた。テレビで仲の良い男性同士の映像を観ただけで、チャンネルを変えてしまうようになった。
レイは途方に暮れた。自分たちはそんなに間違っているのだろうか。
僕らはただ、お互いを好きなだけなのに。
シリルは高校へ来なくなった。叔母のデビーが、自分で勉強を教えるから学校へ行かなくていいと告げたのだ。
シリルは日中、デビーのイングリッシュガーデンを手伝っていた。そして、レイが学校から届けるレポートを提出して、学校の単位とすることになった。
レイは高校へ通い続けた。シリルのレポートを届けるために、シリルをこの街から連れ出す力をつけるために。
三月の中旬のセントパトリックス・デーに、レイはイングリッシュガーデンを訪れた。
「元気?」
シリルはシロツメクサの冠を頭に載せて、レイにのんびりと手を挙げた。レイの姿を見ると、叔母のデビーはいつもふたりの邪魔をしないよう姿を消す。今日もデビーはレイに遠くから手を振ると、そのままイングリッシュガーデンを出て行った。
シリルはにやにやしながらレイに近づくと、レイの脇腹をひねり上げた。
「やめろよ!」
「緑のものを身につけてないのが悪い」
「僕は無宗教だから関係ないよ!」
シリルはレイを芝生へ押し倒すと、レイに身体を乗り上げて脇をくすぐった。レイが身をよじらせて笑う。ふたりがゴロゴロと芝生を転がり続ける。
聖パトリックの祝日はアイルランドにキリスト教を広めた聖パトリックの命日で、この日はアメリカじゅうが緑色に染め上げられる。緑のものを身につけていない人の身体をつねっていいという子供たちの遊びの日でもあった。
笑い疲れたふたりが荒い息を吐きながら芝生に寝転がる。視界には白くて細かいレースのようなオルタヤの花、さまざまな色のチューリップのつぼみ、紫の木蓮の花が広がっている。さらに目をやると、満開に咲く白いアーモンドの花の梢と、高く澄んだ青空が見える。
レイが花に見とれていると、シリルがレイの身体に乗り上げてぴったりと寄り添った。自分の胸に頬をすりつけるシリルの赤毛の頭を見て、猫のようだと思う。
「バラに水をやらないと……」
そう言いながらもシリルはレイのオーバーオールにすがりついている。
「お前、寝るなよ。重いんだからな」
「重かったら、下ろして……」
シリルはレイのシャツに手をかけたまま、静かな寝息を立て始めた。
「動けないじゃないか」
レイは声を殺して悪態をつくと、シリルの身体を地面にそっと横たえた。自分もその横に寝転がる。
「――レイ、寒い」
まったく世話が焼ける。レイは唇を曲げながら、シリルの身体を抱きしめた。シリルが満足そうにレイの胸元に額をつける。
本格的に寝てしまったシリルの横顔を眺める。白桃のようにおぼろげな赤色を刷く頬に、うすい色のそばかすが広がっている。すこし尖った鼻に、やわらかく微笑む唇。シリルが起きたら思いきりキスをしたいと、シリルの赤毛の髪を撫でながら考える。
シリルはきれいだとレイは思う。しかし、他人は自分たちの恋を何か汚いもののように扱っている。
僕らの額にカインの印がつけられている。罪を犯した者の印、異端者の烙印だ。
シリルと会うと、身体がふわりと熱くなり、ソワソワと落ち着かなくなる。魂が高いところで共鳴する。男女が恋に落ちたときと同じだ。それなのになぜ、レイの母親は自分たちの恋を毛嫌いするのだろう。
自分にはシリルだけだし、シリルには自分だけだ。何人も相手を変える男女のほうが汚らわしい。僕らは自然に逆らっている。そうかもしれない。それでも、自分たちの恋が罪だとはとうてい思えないのだ。たとえそれがレイの母親を悲しませるものであったとしても。
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