第10話 ギャルとオタク(3)
キナコは接近戦タイプには二種類あると考えていた。
苛烈な攻撃力で相手を圧殺する攻撃タイプと圧倒的な防御力と体力を持って相手に競り勝つ防御タイプ。
キナコは後者だった。
(───重っ!?)
巨大な鉄球をパイルバンカーで撃ち込まれたかのような衝撃。
内臓の全てがひっくり返るような一撃を歯を食いしばって耐えるとオダの衣服を掴もうと手を伸ばす。
「オタク流歩法、デュフ」
しかし水を握り締めるが如くその手は的を捉えず、態勢を崩したキナコの頭部に鋭い蹴りが放たれる。
「っ───て、めぇ!これ以上馬鹿になったらどうする!!」
このままでは削り殺される。
キナコは揺れる脳みそで必死に思考を巡らせていた。
しかし現状を即座に打開するような妙案を閃くことはなかった。
「だー!めんどくせぇ!こうなりゃ我慢比べだ!お洒落とは我慢!お洒落とはギャル!!───即ち我慢とはギャルと心得たり!!!」
キナコはそう叫ぶと両腕を交差させガードの姿勢を取った。
そして力任せにオダに突進をする。
「ふぅむ、破れかぶれで勝てるほど甘くはありませんぞ」
オダは歩法を使うまでもなく突進を躱すと回し蹴りで肺を撃ち抜かんと攻撃をする。
「───っ、堅い!?」
体重を乗せた蹴りは肋骨に受け止められる。
その感触はまるで何重にも重ねられた鉄のようだった。
「───ガード固めたあーしを易々と沈められると思うなよ?」
キナコは隙を晒したオダに攻撃を加えることはなかった。
ただガードを解かないまま突進を繰り出す。
「くっ!?」
オダは避けるしかなかった。
しかしキナコは休むこともなくひたすらオダに突進を続ける。
これは我慢比べ。
どちらか根を上げるまで終わることのない鬼ごっこだ。
「やりますな!拙者に術を抜かせるとは!」
先にゲームから降りたのはオダだ。
不毛な撃ち合いを終わらせんと己の足に術を込める。
「オタク流忍術、七閃抜剣!」
瞬間、キナコの足に七度の打撃が同時に浴びせられた。
「う、お」
がくんとキナコの足が一瞬崩れる。
その隙を見逃すオダではなかった。
「オタク流───」
「───ギャル流忍術!!恋模様!!曇天!!」
キナコは───この時を待っていた。
我慢比べにおいて大事なことは勝つことではない。
やらざる負えなくなる状況を作り出すことだ。
お互いの体力が無くなるまで削り合う泥沼対決なら必ず頑強さに自信の無い相手はどこかで仕掛けなければいけなくなる。
そこをひたすらに待ち、刈り取る。
それがキナコの戦闘スタイルであった。
放った忍術の性質は『重力』
何十倍にも増加させた重力で範囲内の相手を自分ごと押し潰すキナコの必殺技だ。
シンプルながらも自分も巻き込むという制約によって強化されたこの術は何人たりとも逃がすことはない。
───この男を除いては。
「───っ、歩法っ!!オウフッ!!」
肩が重さを感じた瞬間、光と見間違うほどの速さでオダは範囲外へ離脱していた。
残されたのは身体が軋むほどの重力によって膝を付いたままのキナコだけだった。
「ふぅ、ふぅ、ここまでやるとは期待以上でござった。今宵はそろそろお開きと───」
「───準備は整った」
キナコは悲鳴を上げる身体を無理矢理に立ち上がらせる。
その瞳は、燃えるように輝いていた。
「───見せてやるよ。ギャル流忍術奥義!深層大樹『萎』」
危険を感じ、咄嗟に離脱しようとしたオダに通常の数十倍の重力と無数の痛みが襲い掛かった。
「う、おおおぉぉ!?」
オダは、この戦いにおいて初めて膝をついた。
速度を武器とする忍者が足を止めるということは、大空を舞う鳥が翼をもがれることと同義である。
「大したことないっしょ?───あーしの半分なんだから」
キナコはゆっくりと、しかし一歩ずつ地面を踏み砕きながらオダに近付いていく。
「こ、れは、呪術の類いか!?」
「もっと可愛く言えって。これは相手に自分のことを分かってほしいっていう乙女心の表れなんだよ」
これはギャル流の奥義の一つ。
現在の己の状態を半分相手と共有する忍術だ。
オダの推察通り平たく言えば呪術であるが、本来は味方の補助に使用するものだ。
しかしキナコは一般的な忍者にあるまじきダメージ前提の戦法を取ることによってこの術を防御不能の攻撃術へと昇華させていた。
「散々ボコスカいじめてくれたよなぁ。そっちから先に手ぇ出したんだぜ?責任取ってくれるよなぁ?」
キナコの打撃によるカウンターは一度もオダに届きはしなかった。
しかし術のマーキングという点においては確実にカウンターとして成立していたのだ。
「捕まえた」
がしり、とオダの両肩を掴む。
オダはまるで悪霊に取り憑かれたかのような悪寒と重さを感じていた。
「ま、待つでござるキナコ殿!!一旦話を!!」
「どんな歩法も水の中なら意味ないっしょ?どこまで息が続くか我慢比べしよっか」
地面が音を立てながらヒビ割れていく。
そう、ここは埠頭。
人類の叡智によって足場が作られたとはいえ、依然としてその下は母なる海なのだ。
「───あーし、こう見えてけっこう『重い』から」
過剰な重力によって限界を迎えた足場は音を立てて崩れていき、二人の忍者は海へと落ちた。
しばらくの間水面は慌ただしく揺れていたが、やがて魚たちは眠りについた。
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