第8話 ギャルとオタク

「───さむっ!」


時刻は深夜零時、キナコは自分の家から車で三時間ほどの位置にある埠頭に来ていた。

この程度は忍者にとって数分で着く距離ではあるが、女子高生という身分である以上こんな時間にこんな場所に来るようなことは異例である。


「……」


キナコはスマホを起動し再びアヤカからのメッセージを確認する。

そこには暗号も何もない集合時間と住所だけが書かれた簡素な文があった。

不穏ではあるが忍者である以上従わないわけにはいかない。


考えているうちに、こちらに接近する気配があった。


その人物は、不気味だった。

この静かな夜に一切の足音が聞こえない。

ただその独特な呼吸音が静寂に亀裂を入れていた。



「でゅふ、でゅふ、こんばんわキナコ殿」



闇から現れたのは眼鏡をかけた肥満体の男だ。

明らかに弛みきった身体は忍者としての研鑽を積んでいない証拠───。


と、何故か思ってしまうことにキナコは違和感を感じていた。 


(そんなはずはない。この状況は明らかに罠だ。ギャル流を出し抜けるやつが大したことないはずがない) 


───おそらくこれは幻術の類いであろう。

能力を誤認させるタイプの幻術を使う理由は相応の実力者だからに違いない。


キナコは深呼吸をし、己の守るべき主の顔を思い浮かべる。

そして自分の頬を叩いて気合を入れると戦闘態勢を取った。


「───で、アンタ誰?」


「でゅふふ、女性が顔を叩いてはいけませんぞ~」


「うっせぇよ。質問に答えろ」



「し、失礼。拙者はオタク流忍者、オダでござる」



「で?そのオタク流が何の用だよ。世間話でもしにきたん?」


オダは不気味に笑う。


「でゅふふ、じょ、女子高生とのおしゃべりとは胸が高鳴りますが、忍者らしく単刀直入にいきましょう」



「あ、アヤカ殿は死んだ。せ、拙者が、殺した」



キナコの中で様々な疑問のピースがかっちりとはまる音がした。

不自然な呼び出しと指定場所に突如現れたオタク流。

アヤカが殺されたのは高い確率で事実であろう。



「あっそ」



しかしキナコは動揺することも激高して飛びかかるようなこともなかった。


「……つ、冷たいでござるなぁ~。仲間が殺されたのでござるよ?」


以前までのキナコであれば感情に任せて仇討ちを考えただろう。

しかし今のキナコは己が主のためにやるべきことは何かを最優先で考える『忍者』なのである。


「アヤカを殺したことがホントか嘘かは知らないけど、あーしとアヤカの名前を知ってたのは事実。どっちだったとしてもアンタから情報は聞き出さなきゃならない。───やることが同じなら冷静な方がいいっしょ」


「うーん、拙者としてはプリキラみたいな百合百合な友情が見たかったのでござるが……」



そして、空気が一瞬のうちに凍り付く。

忍者同士の一騎討ちの前はいつもこうだ。

空気も、かすかに聞こえていた波の音も、世界すらも止まってしまったかのような静寂。



「ギャル流忍者、キナコ!ぶっ潰す!」



「オタク流忍者、オダ。お互い悔いの無きように」



相対するは忍者と忍者。


思惑渦巻く闇の中。


いざ尋常に、始め。

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