第5話 ギャルとおばちゃん(4)

「今、理解したよ。あんた、風の噂に聞いたギャル流最強の忍者だね」


「……へぇ、ウチの情報が漏れてるなんて。おばちゃん流の井戸端会議の情報収集能力の高さには驚かされるね」


受け答えをしているミユの胸中にはまったく別の疑問が浮かんでいた。



───なぜ、止血をしない?



「最強の理由も考察ができた。───あんたの忍術の正体はコピーだろ?」


ミユはそれに舌打ちで答えた。

これは幸恵による完全な袋小路の問いだった。

コピーによって幸恵の忍術の性質が風と音であることを看破している状況において、会話を続ければ音のスペシャリストである幸恵を欺くことは難しく、口を閉ざせば沈黙が答えとなる。 


しかし能力の正体を知った幸恵は尚も考察を続けていく。


「忍術の掻き消し。あれは逆の性質との衝突による消滅だろ。思えばあんたは常に後手だった。瞬時に術の性質を解析して対になる性質をぶつけた。───それだけでも神業だね。当たり前だが奥義レベルの複雑さであれば完全な解析は困難なようだがね」


ミユは、己の能力が暴かれていくことよりも別の点の不可解を抱えていた。


───こいつは何をベラベラと自分の功績を晒しているのだ。


忍者同士の戦闘において情報を握られるというのは死に等しい。

つまりここまでの情報を把握されたのであれば再戦時や情報を共有された状態の仲間にミユが敗北する可能性は大いにある。

あの追い込まれた状況からここまでの情報を引き出したことは値千金の大金星なのだ。


だというのに、何故目の前の忍者は撤退も降参もせずに盗んだ宝を持ち主に晒すような真似をしているのだ。

ミユは、戦いの場において数年来流したことのない冷や汗が頬を伝うのを感じていた。


「術の相殺を可能とするほどの分析力とコピーの速さは通常ではあり得ない。───つまりあんたのコピーの真髄は身体能力の向上にあるんじゃないのかい?」


ミユの瞳が闇に沈んでいくように感情の光を消す。


「───そこから先は殺すしかなくなるって分かってる?」


「あんたは術を掻き消す時に忍術を使ってなかったんじゃない。既に発動していたんだ。あんたは強化された身体能力によって自分の演算能力を向上させて瞬間的なコピーを可能とした。───今あんたの脳内はあたしが体感してる数十倍の時間を使ってあたしを殺す方法を考えているんだろう?」



「───家に帰る気は、ないみたいだね」



「そうさ、あたしがこれから行くのは地獄だけ。ただし───あんたにも付き合って貰うがねッ!」



───瞬間、ミユの横っ腹に拳が突き刺さった。


「───ごはっ!?」


切り落としたはずの腕が己の腹部に打撃を与えた疑問に答えを出す前に、もう片方の手がミユの首を掴んでいた。



「───我が名は雲野 幸恵。おばちゃん流の頭領にしておっちゃん流と同盟を結ぶ者なり。おばちゃん流の忍術は風と音を主とし、武具『布団叩き』を用いることにより効果を倍増させることが可能。己がテリトリーを領域として使用する秘伝の結界術を用い、範囲内のおばちゃん流忍者の身体能力及び忍術の効果向上させることができる。多くのテリトリーを持つギャル流を打ち倒しテリトリーを広げるために今回の襲撃を行った」



ミユは酸欠に抗いながら視覚化できるほどに立ち上る幸恵の闘気を感じていた。



───必死必殺。



それは、忍者の命である情報を自ら公開することで自らが死ぬか相手を殺すかを行うという忍者の奥の手とも言える精神統一法だ。


ただの精神論と侮るなかれ。

どれだけ熟練の忍者であろうと、人である以上、心がある以上、


だが、必死必殺を行った忍にもはや心はない。


心なき忍はただ切り裂くだけだ。


あらゆる全てを。



「ク、ソ、がぁぁぁぁぁ!!ギャル流忍術ミユ式ィ!!きゃわイタチィ!!!」



跳ねるように接近してきた幸恵に向かってミユは忍術を放った。

不可避の刃は幸恵の首を容易く切断する。

しかし、幸恵の勢いは止まらず切断された首と共にミユに体当たりをした。


(クッソ!!身体が上手く動かない!!腕を剥がすことが出来ない!!何故だ!?考えろ!考え───)


ミユは常人より遥かに強化された触覚が僅かな違和感を覚えていることに気付いた。



───触れている身体の部位が、全て振動している。



「この術の性質は───か!!?」



「───忍者は嘘つき。えすえぬえすと同じくらい信用しちゃダメなのは、常識なんだろ?」



幸恵の切断された腕や首には既に振動の忍術が付与されており、記録された動きをレコーダーのように再生しているだけだ。


「悪いね、あんたは危険すぎる。これ以上成長も学習もさせるわけにはいかない。我が主の障害はここで排除する」



既にミユと幸恵の体内には充分過ぎるほどの振動が蓄積されていた。




「おばちゃん流忍術秘奥義ッッッ!!!大!!騒!!浄!!!」




蓄積された振動が内部から爆発のように解放され、周囲を巻き込み破壊していく。

超振動により身体が分解されていく中、幸恵の口から一つの願いが零れ落ちた。



「バカ息子、王になりなよ───」



翌日、大規模なガス爆発としてニュースが報道された。


このようなニュースが流れるのは、忍者による意図的な情報操作か、忍者にすら隠蔽が難しいほどの大破壊が起こった時のみである。


今回のそれがどちらなのかは、現場の凄惨な痕を見れば一目瞭然であろう。

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