第4話 ギャルとおばちゃん(3)
「あー、うざ。うざうざうざ!これ顔に傷付いてないよね?マジ萎える」
ミユはヒビの入った己の顔面を執拗に触りながら、膝をついた幸恵を蹴り上げた。
───幸恵は理解していた。
これは肉体への攻撃ではなく、心への攻撃だ。
折れかけた戦意にトドメを刺すための、合理的な精神攻撃。
実際、幸恵にはもはや逆転の一手は残されていなかった。
一度崩れた精神を立て直すのは熟練の忍者であっても困難を極め、そのような状態で眼前の怪物を倒せる訳もない。
(奥義まで晒した挙げ句相手の情報すら引き出せないなんて、おばちゃん流の面汚しもいいとこさね)
幸恵は思わず自虐的に笑った。
研鑽してきた技術と積み重ねてきた経験がこうも簡単に破られる。
ギャル流とはこうも恐るべき忍者であるのか。
勝てるわけがない。
その瞬間、脳裏に過去の思い出が蘇った。
それは、己の主にして王に押し上げんとする者との記憶。
幸恵にとっての息子との記憶であった。
主従でありつつも息子がそれを知ることはない。
偽りであるとも母と息子。
幸恵は母として己の息子に言った言葉を思い出していた。
『母ちゃん母ちゃんってうるさいねッ!!どうしたらいいかぐらい自分で考えなッ!』
───幸恵は思わず笑みを浮かべていた。
それは自虐的なものではない。
己のやるべきことを思い出したからだ。
(弱気になるなんてバカじゃないのかい!勝てるわけがない、だって?それじゃ───)
「───うちのバカ息子が、王になれないじゃないかッ!!」
幸恵は立ち上がった。
瞳に闘志を浮かべ、手には布団叩きが握られていた。
(無理やりにでも情報を引きずり出すッ!少しでも多くッ!ギャル流は必ず倒さねばならない障害だッ!)
「うおおおぉぉぉ!!虎流忍術ッ!鎌鼬ぃぃぃぃ!!」
幸恵は死に物狂いで風の刃を乱射した。
それは先程までの熟練の忍者の術ではなく、やけくそで放たれた物量攻撃だ。
「……うざ」
ミユは実際のところあの状況から立ち直った幸恵に心の中で敬意を表したが、それを表に出すような真似はしない。
冷静に全ての風の刃を掻き消すと、己が右腕に精神を集中させた。
この状況から再び心を折るための一手を打つために。
「それさぁ、ダサくね?───ウチならもっと、可愛くするけどね」
幸恵の全身に悪寒が走る。
幾度となく戦場で味わってきた恐るべき必殺の予感。
幸恵はそれを全力で阻止するべく先程以上に鎌鼬を乱射しようとした。
───が。
激痛が走り、思わず布団叩きを手放す。
見れば、己の腕には深々と暗器が刺さっていた。
ミユが身に着けていたアクセサリーの一つ、ピンバッジが。
「───忍者は嘘つき。SNSと同じくらい信じちゃダメって、常識っしょ?」
忍者は基本的に意味のない物を装備したりはしない。
発射準備は既に完了していた。
「ギャル流忍術ミユ式!きゃわイタチ!!」
放たれたのはくりくりの瞳をしたもふもふの動物、イタチであった。
数匹のイタチは無邪気に幸恵に向かって駆け寄っていった。
幸恵は熟練の忍者としての本能としてそれを危険なものと認識していたが、それを避けることは叶わない。
何故なら人間はもふもふの可愛い生き物が迫ってきた時にそれに抗うことはできないからだ。
そして、イタチが幸恵に接触した瞬間、幸恵の両腕は切断された。
痛みが昇ってくる前に、幸恵は瞬時にその術に対する結論を出していた。
これは、虎流の鎌鼬を進化させた新たな術だ。
幸恵は襲い掛かってきた激痛に脳が支配されるのも構わず、一つの覚悟を決めていた。
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