第3話 ギャルとおばちゃん(2)

「おばちゃん流忍術!!強制起床砲!!」


先手を打ったのは幸恵の方だった。

先程の大声とは比べ物にならないほどの破壊を伴った爆音。

つまり、面による攻撃だった。


幸恵の行動は理に適ったものであった。

ミユが大量に身に着けているアクセサリー類。

それを飛び道具と判断したからだ。


忍者は基本的に意味のない物を装備したりはしない。


何故なら忍者同士の戦いにおいて無駄であることは足枷であり、洗練されてない証なのだ。一瞬で勝負が決まる忍者の世界で万全の準備をするのは当たり前の行為であり、それを怠っているという情報は忍者にとっては致命的だ。


つまりこの場合に考えられるのはミユは隠す必要がないほどの徹底した遠距離タイプか、己の技量を過信した若者であるかだ。


どちらにせよ、この一撃に対する対応で答えが出る。



「ウケる」



そう考えていた幸恵の耳に届いたのは、気の抜けたミユの声だった。

その表情は戦闘中とは思えないほどのふやけた笑顔を浮かべていた。



「あのさぁ、何かごちゃごちゃ考えてるみたいだけど、コレ、ただのお洒落。───お前なんて暗器使わなくても倒せるっつーの」



───気付けば、彼女はヘッドホンを装着していた。

それがその忍術に対応するための装備なのかは分からないが、彼女はリズムに乗りながら戦闘態勢に入っていた。



「アゲアゲで、いくっしょ!!」



瞬間、幸恵の放った忍術は跡形もなく消し飛んだ。



「な、にぃ!?忍術も使わずに掻き消しただと!?」


消えていく衝撃波の渦の中からミユが一気に接近する。

幸恵はおばちゃん流固有の武具である『布団叩き』を抜き、忍術を込めて放った。


「ぐぅ、虎流忍術ッ!鎌鼬ッ!!」


それは古より受け継がれし洗練された疾風の刃。

触れたものに防御を許さず問答無用で八つ裂きにする恐るべき術だ。


しかしそれすらもミユを切り裂くことは叶わず、空しく風となり消えてゆく。

だが、一度起きた事象を受け入れず接近を許すほど幸恵は未熟ではなかった。



鎌鼬を目眩ましにして印を既に結び終えていたのだ。



忍術における印とは様々な効力を持ち、印の種類によって異なる効果を与えたり強化したりするものである。

しかし高速戦闘を主とする忍者同士の戦いにおいて印を結ぶ隙はあまりにも大きく、そして術の出を教える行為は死の危険を伴うものとなる。


しかし熟達の忍者である幸恵は咄嗟に必殺の術を出すという状況を盾に印の隙を消すことに成功していたのだ。



幸恵は長年の経験から理解していた。



忍者は勝利を確信した瞬間が最も隙だらけなのだと。



印に込めた効力は『拒否』



「おばちゃん流忍術奥義ッッ!!宗教セールス絶対拒絶圏ッッ!!!」



それは、己の領域内に侵入した者に対するカウンターであった。


範囲を前方に絞り、放たれた凄まじい圧力と衝撃。

印の効力も上乗せされたその奥義は生半可な防御を簡単に砕き、即座に戦闘不能にする必殺の一撃。



───の、はずであった。



衝撃によって吹き飛ばされたミユは空中で錐もみ回転をしながら体内に侵入しようとする衝撃を分散し、猫のようにしなやかに着地した。

そしてヘッドホンやアクセサリーがバラバラと砕け散るとそれを心底憂鬱そうな表情で払った。



「───けっこうやるじゃん。ウチのアクセぶち抜いて化粧にヒビ入れっとか、流石に予想外」



暗器ではなく、防具。




幸恵は己の致命的な読み違えに思わず膝をついた。

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