密封

灯村秋夜(とうむら・しゅうや)

 

 案外、オカルトっぽい話って少ないんですね。もうちょっとあると思ってたんですけど。思いっきりそういう感じのやつ持ってきたので、他のもって思ってたんだけど……なんか浮くっていうか、ウソっぽくなったりしませんか? あ、いいんですね。さっすが、この見た目で入れてもらえるだけあるなー。


 私が小さい頃住んでた場所は、もう廃村になっちゃって、誰もいません。中学の頃くらいまでは限界集落って感じだったと思いますけど、小学生のおしまいごろに事件があって……古くから住んでた人ほど真っ先に、逃げ出しちゃったんです。

 いと――あ、Iって一家がいまして。たぶん、いちばん新しく越してきた人だったのかな。田舎でゆっくり暮らしたい人の典型みたいな感じで、あんまり馴染んでなかった気がします。ひとつ上のハイトくんも、ものすごい悪ガキだったんですよ。スカートめくりくらいならマシで、洗濯物に泥投げつけるわ、干してる玉ねぎとか無人販売の野菜めっちゃくちゃにしていくわ……はっきり言って、度を越してました。知り合いのおっちゃんとかおばあちゃんが本気で怒鳴り散らしてるの、何度も聞きましたね。


 だからですかね、ああいうことしちゃったのも。


 山の手にへんな窪地があって、明らかに空気がおかしいというか……いや、見たら分かるんですけどね。だって、木の色違いますから。コケですかね、え、ちーるい……? 中国語ですか? んー、そういうコケっぽいのがビッシリ生えた木がきれいに円形に並んでて、足元にも白いキノコがみっしり円形に並んでて。ほんとに、おかしい場所なんですよ。絶対誰かわざとやってるっていうか、人の仕業だとしても私有地ですよね。とにかく、白っぽいものばっかりの場所で、中心に大木があるらしい、ってこと以外は、誰も何も知ろうとすらしない場所でした。

 そうなんですよ、ハイトくんが入っちゃって……あのきかん坊ですから、夕方に帰ってこないくらいじゃ誰も心配しないんです。でも、Iさん夫妻だって、門限設けてなくても心配になる時間はあったみたいで、家が近かった私のとこにも聞きに来ました。元気は元気ですけど、お腹が空いたら帰ってくるはずだって。そのときは小学生でしたけど、なにを当然のことを、って思ってましたね。


 あの悪ガキのことだから、なんて偏見もなくて、大人たちが山狩りに出ました。なんだかんだ、ふもとの小学校には一緒に通ってたので、私も行きました。さすがにお父さんといっしょでしたけど、山の中に入っていくのはやっぱり怖かったです。現代っ子でも、禁足地っていうか、あの空気は分かりますから。

 秋ごろだったので、とっくに暗くなってました。七時くらいかな、ほんとに暗くて怖くて、小六ってもうそんな年じゃないのに、お父さんにすがりついてましたね。今思えば、なんで参加するなんて言っちゃったんだろうって……すごい当然の後悔をしてて、ばかじゃないかって思ったりしてます。

 猟銃持った近所のおばさんと、あ、おばさんですよ。当時で三十代くらいかな? だったので、あの人も移住組だと思います。あの人とお父さんと私とで、……わざとじゃないのに、あの窪地にたどり着いてたんです。白い木の向こうで、ハイトくんが何かしてるのが見えました。


 入ったのかって怒鳴るとか、こっちに戻れって叫ぶとか……そういう普通の反応がぜんぜんできなくて、なにかおかしい、としか思いませんでした。噂で聞いてた円形の囲いはそのままでしたけど、もっともっと真っ白い木に囲まれて、真ん中に白くない大木がありました。しめ縄が巻かれた神木か何かに、ハイトくんが何かしてるんです。おばさんもお父さんもまごついてて、何してるのって言ったんですけど……動かなくて。よくよく見てみたら、ハイトくんはしめ縄を外そうとしてるんですよ。

 やめさせよう、って言った瞬間に「そうだな、そうしないと!」って慌てだしました。ごめんなさい、って大声で言いながら木とキノコの円の中に入って、ハイトくんをぶん殴って止めました。いや、あのときからこんな見た目だったわけじゃないですよ。小六でこれって完全におかしい人でしょ。

 あの子はそこで止まって、遊び疲れたのかぐったりしてました。それ以外の理由があるようには見えなくて、おかしくなってるようにも見えなかったんです。何かあるとすれば、家族の方でした。オカルト的な異様さじゃなくて、やたら「うちの子に何したんだ!?」って怒ってるっていうか、息巻いてるっていうか。禁足地に踏み入れてしめ縄外そうとしてた、なんて異常事態を受け止めきれてない……って感じではなかったと思います。


 それで、なんか五人くらい連れてきちゃったんですよ。ヤンキーよりもっと怖い、半グレですかね、やくざかもしれないです。森の方に行って、あの大木を切り倒すんだーとか……ほんとに恐れ知らずの人と知り合いだったっぽいです。なんの伝手で知り合ったのかはぜんぜん。夫婦のどっちかが元ヤンだったのかも、くらいですね。村の方に買い出しに来たときは、思ったより普通に接してくれました。金髪編みこんだお兄さんと、七三分けのお兄さん……あの二人だけ、でしたね。


 帰ってきたのが、です。


 お年寄りはもちろん、猟銃持ったおばさんも参加して「そんなことするな、何が起きても知らないぞ」って止めたんですよ。でも、別ルートで森の方に入って、あの窪地にたどり着いたみたいで……さっき言った二人が、翌朝に村に逃げ帰ってきました。

 あの「白い円」の中に入るまでは大丈夫だった、みたいです。でも、リーダーのおじさんがチェーンソーで切り込んでいくと、周りが何言っても止まらなくなって……切り口から血が出てきても、気付いてない様子だった、って。調べたら、木を伐り倒すときに血が出てくるのは、古い樹木が妖怪だかららしいです。

 絶対にそうしなきゃいけない、そうするのが使命なんだって感じで、疲れ果てて倒れたおじさんの代わりにチェーンソーを使いだした人は必死だったみたいで。そのうちに木の中から祠が出てきて、これが目当てだったんだ、とでも言わんばかりにそれもぶち壊して、中にあった箱も叩いて壊した、ってことでした。


 ご本尊、というか……たぶん信仰と封印がいっしょくたになったみたいな形態で、そうそれ! 祀られてたのは、「恐竜の歯みたいなもの」だったそうです。大昔なんて化石って概念もなかったでしょうし、大木の太さからして、数百年じゃきかないくらいの年月が経ってるはずなんです。そもそも、骨とか歯とか祀るって考えも分かりませんし。

 逃げてきた二人のズボンについてたのは、たぶんキノコか何かの汁だったんじゃないかなと思います。匂いもねばつき具合も、ヤニとは違ったので。あれが木じゃなかったって説も、もしかしたらですね。

 あのあと、大木が生えてた場所は池になってました。ボコっと全部なくなった感じで、窪地全体が湿地になってて、白い円形の場所は跡形もありませんでした。警察には連絡したはずなんですけど、Iさん夫妻とハイトくん、それに二人を除いたあの人たちも、手がかりひとつ見当たらなかったそうです。私が中学に進学するのを機に、私たちもあの村を出て、別の県に引っ越しました。

 後で調べて分かったんですけど、あの辺の集落ってあそこ以外になくて、あの山は全体的に誰もいないみたいです。だから、あそこに何があるのかとか、何を祀ってたのか、伝承とかも……さっぱりでした。民話とかで見ても、あのあたりの歴史がぜんぜん出てこないんです。逆に、研究したら面白いかもしれませんよ。


 ところで、この髪。ブリーチしたつもりなんですけど、……このひと房だけ。なんか根っこから色変わっちゃってるんです。お父さんは若白髪で、お母さんも白髪染め使ってて。


 もしかしたら――私のせいなのかなって。

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密封 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a

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