第11話 迎えに来たルビエール一族
「あれかしら」
ひと際キラキラ輝く馬車が四台止まっているのが見える。
その馬車から、なんだか派手で暖かそうな格好をした年配の男性が駆けてくるのが見えた。
「ルシア!!!」
「ひぇっ!?」
ルシアおばあ様は、とても夫婦の再会の声とは思えない叫び声を上げると、サッとわたしの後ろに隠れた。
いえ、何故わたしの後ろに!?
「お前は! 勝手に家を出て行って! どれだけ心配したと!!」
「ご、ごめんなさい。リカルドが心配だったから、つい……」
「『つい』でこんな極寒の地から大した準備もなく飛び出して、半年も家出するやつがあるか!」
「ごめんなさい~~!」
烈火のごとく怒っているのは、ダークブロンドの髪にちょび髭がダンディな、見るからに高級な毛皮のコートに身を包んだおじ様である。
要するに、ルシアおばあ様の夫のである、前辺境伯ルイス=ルビエール閣下その人だ。
リカルドによると、ルシアおばあ様を溺愛しているという噂だけれども、だからこそ、ルシアおばあ様の家出に対する怒りは収まらないようだ。
だがしかし、その低音ボイスが想定外の人物を震え上がらせてしまっていることに気がついてほしい。
「ルイスおじい様」
「リカルドか! 久しぶりだな、元気そうで何よりだ!」
「はい、お久しぶりです。ええとそれで、おじい様」
「それで、リーディアはどこだ!? マリアさんは!!!」
「は、はい。初めまして、マリアです。ルイスおじい様……」
わたしはなんとか、声を引きつらせながら返事をしたけれども、もう一人は声も出ないようだ。
返事がないことで、ルイスおじい様は、わたしのスカートの陰で震えている銀色娘の姿に気が付いたらしい。
ハッとしたルイスお爺様は、大きい体でリーディアをのぞき込むと、氷のように固まるリーディアをいとも簡単に持ち上げた。
「やあやあ、大きくなったなリーディア! まだ小さいが元気そうじゃないか!」
「やぁーっ!?」
「はっはっは、そうかそうか楽しいか! 高いだろうー!」
「やっ、やああー!? パパ、パパ、パパ―!」
「おじい様、勘弁してやってくださいませんか」
「おっと? そうか、パパの方が背が高いもんな、そっちがいいよな」
「ええと、そうですね」
「パパ、パパ、パパ!!」
低音ボイスのクマのような祖父に抱き上げられたリーディアは、あまりのことにパニックを起こして、パパに引き渡されていた。
ええとなるほど、この強引で元気な感じは、なんとなくルシアおばあ様に通じるものがある。
この活力があるからこそ、この寒さが厳しい土地を問題なく治めることができているに、違いない……。
「いや、マリア。現辺境伯のライアン叔父上は、割とおとなしい感じの方だよ」
わたしの心を読んだリカルドが、プルプル震えるリーディアを抱きかかえながら、それとなく考えを正してくる。
それも、残念な方向に。
「私はルシアに用事があるからな、二人で別の馬車に乗る! 家族と使用人達とで、残り三台を好きに使うといい!」
「ええ!? わ、わたくしはマリアさんとリーディアちゃん達と」
「ルシアは私と乗る。いいな?」
有無を言わさない強面の笑顔に、わたしもリカルドも、さわやかな笑顔で頷く。なお、リーディアは、リカルドの肩口に顔を埋めたまま震えている。
ルイスおじい様は、そんなリーディアを見てちょっと悲しそうにしながらも、ルシアおばあ様を引きずるようにして馬車に乗っていった。
「あんなふうだが、二人きりになるとルシアおばあ様の方が強いらしい」
「ええ!?」
遠い目をしているリカルドに、わたしはなんとなく、知ってはいけないものを知ってしまったような気持ちになりながら、そっと目を伏せた。
うん、今日は楽しい旅行の始まりだ。
土地を楽しむことだけを考えよう。
そう思っていると、別の馬車から、二十代後半と思しき男性が現れた。
ダークブロンドの髪に、柔らかい茶色の瞳がルシアおばあ様にそっくりな、貴族らしい格式ばった出で立ちの美青年である。
「皆様すみません。うちの祖父が失礼をいたしまして」
「レイモンド、久しぶりだな」
「リカルド兄さん! 心配していたんですよ。元気そうじゃないですか!」
挨拶で肩をこづき合う二人に、わたしは目を瞬く。
この容姿、この気安さはもしかして。
リーディアも、チラリと彼の方に顔を向けていて、どうやら声の主が気になっているようだ。
「初めまして、リーディア様、マリア様。次期辺境伯のレイモンド=ルビエールと申します。ようこそルビエール辺境伯領へお越しくださいました。さあ、父の辺境伯も待っていますから、行きましょう」
彼こそが、ルビエール辺境伯の二十七歳の長男、レイモンド=ルビエール。
今回、わたし達一家の視察での案内役を買って出てくれた、夫リカルドの従弟である。
~✿~✿~✿~
「寒くて驚いたでしょう。雪ばかりで、何もなくて」
暖かい馬車の中、ようやく人心地ついたわたし達は、コートの前を開け、背筋の緊張を解く。
しかし、目の前の美青年は、なんだかとても謙虚な人らしい。
「何もないなんてとんでもないですわ。ルビエール辺境伯領は、宝の山ですのに」
「ええ? し、しかし、本当に雪ばかりで、課題も多くて」
「わたし達、今回はルビエール辺境伯領のいいところを沢山学ぶために来たんですよ。ね、リカルド、リーディア」
「そうだな」
「そうなの! キャベツなの!」
「キャベツ?」
「あーっ、あ、その、キャベツはともかく、色々と! 色々ありまして!」
「いや、キャベツだな。私も食べたい」
「リ、リカルド!」
「それは一体、どういう?」
それとなく促され、わたしが渋々キャベツの話をすると、レイモンドは何故か若干頬を染めながら、私の語るキャベツに思いを馳せていた。わ、わたし、何回この話をさせられるのかしら……。しかも、昔の思い出を現地の人に語る恥ずかしさよ。
「その、それは私も、同行しても?」
照れくさそうにこちらを見てくるレイモンドに、わたしがリカルドを見ると、彼は優しく頷いている。
「レイお兄ちゃんも、キャベツ会に来るの?」
「是非。お招きいただけますか、リーディア様」
「! も、もちろんなの。このしゅしゃいしゃのリーが、レイお兄ちゃんもお招きしてあげるの!」
「ありがとうございます」
主導権を渡され、鼻高々なしゅしゃいしゃリーディア様に、レイモンドはクスクス笑っている。
わたしはその微笑ましい様子に、ふと疑問を抱いた。夫リカルドから、次期辺境伯レイモンドは、結婚しておらず、婚約者も居ないと聞いていたけれども、それにしてはリーディアの扱いが上手い。
「レイモンド様は子ども慣れしているんですね。ご結婚されていないとお聞きしていますが、お人柄かしら」
「ああ、確かに、慣れているかもしれません。うちには、エルヴィラがいますから」
「エルヴィラ? ああ、そういえば電報がきていたな」
「そうか、リカルド兄さんはまだ会ったことがないんだったね」
記憶を探るリカルドに、レイモンドは頷く。
「私の弟の娘だよ。エルヴィラ=ルビエール。年はちょうど六歳で、リーディア様と同じくらいじゃないかな」
リーディアと同じ年の、親戚の女の子。
なんだか可愛い子と会える予感に、わたしとリーディアは目を見合わせた後、邸宅に着くまで、ずっとソワソワしていたのだった。
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