第10話 雪に包まれたルビエール辺境伯領



 辿り着いた先は、吹雪だった。


「さささささ寒いのぉおおお」


 がくがくと震える小さな伯爵令嬢は、寒さもさることながら、目の前に広がる光景に、愕然とした表情で釘付けになっている。


 昼日中だというのに空はもはや黒に近い灰色。

 遠くの景色は雪でかき消されている。

 吹きすさぶ雪は、それ自体は粉雪なので一時的に払い落とすのは容易ではあるものの、物量で攻めてくるので、雨でもないのに傘が必要不可欠。


 要するに、南方出身のリーディアには信じがたい光景が広がっていたのだ。


(そういえば今日のお天気は、この間お父さんが見せてくれた写真のものより壮絶かも)


 驚いてその場で震えているリーディアを見て、わたしは思わず苦笑しながら、その手を引いた。

 すると、リーディアは置いていかれそうになっている自分に気が付いたのか、慌てたように片手でわたしの手を握りしめ、もう片方の手でスカートにしがみつく。


 わたし達は今、転送魔法陣の設置された魔法館を出て、馬車の停留所を歩いているところだ。

 屋根があるので雪に埋もれることはないけれども、壁がないので、寒さは防ぐことはできない。


 覚悟はしていたものの、久しぶりの北国の洗礼に、わたしも少し体を震わせた。


「確かに寒いわね。前に来たときよりも寒い気がするわ。もしかしたら、今年のルビエールは一段と寒さが厳しいんじゃないかしら……」

「ママ、ママママ」

「リーディア、歯の根が合ってないぞ。大丈夫か?」

「パパ、パパパパパパ」

「うん、こっちにおいで」


 リカルドは、あまりの寒さに呂律が回っていないリーディアを呼び寄せ、懐から懐中石カイロを取り出す。


「ほら、しばらくパパのも使うといい」

「パパ、ありがとう!」

「リーディア、よかったわね。でも、リカルドは大丈夫?」

「予備のを今から温めるから大丈夫だよ」


 リカルドはそう言うと、新たな懐中石カイロをポケットから取り出し、魔力を込めて石を発熱させる。

 十一月十五日、満を持してやってきたルビエール辺境伯領は、吹雪だった。

 多分、このまま明日には雪が十センチは降り積もるだろうそれに、わたしは思わず、「まだ十一月なのに……」と呟く。


「今年は特に寒さが厳しそうねぇ」

「ルシアおばあ様」

「やはりそうなんですか?」

「ええ。わたくしでも、寒いと思うもの」

「ひいおばあちゃま、寒い、寒いの、大変なの」

「リーディアちゃんは凍えないように、気をつけてね。意外と頭から熱が逃げるから、帽子も外したらだめよ」

「!!」


 言われてさっそく帽子を外した銀色冒険者は「ふぉおおおお」という叫び声と共に慌てて帽子を被り直していた。


「リーディア、こら!」

「ママ! 頭からは意外と熱が逃げるの!」

「分かったから! もう。実証して、リーが氷になったら、ママは泣くからね」

「じっしょ……?」

「いいからほら、暖かくして」


 肩から大きめのマフラーを外してリーディアを包むと、リーディアは「おっきい!」ときゃあきゃあはしゃいでいる。

 わたし達はいま、毛皮のもこもこコートに包まれ、毛皮の帽子を被った状態で、馬車の停留所を歩いている。

 電報によると、この停留所の一番口に、ルビエール辺境伯家の馬車が四台、止まっているはずなのだが……。


「皆も、懐中石カイロは暖かい? 体調は大丈夫?」

「大丈夫です、奥様!」

「く、唇が青いから、気を付けて……!」

「はい!」


 この半月の旅路に共に来てくれた侍従侍女達に声をかけると、返事はいいものの、彼らもモコモコの毛皮のコートにくるまった状態で、リーディアと同じく寒さに慄いている。


 わたしとリカルドとルシアおばあ様は、このルビエール辺境伯領に来たことがあるので分かっていたけれども、この地の冬は相当に厳しいのだ。

 リキュール伯爵領育ちのリーディアや侍従侍女達には、この寒さは相当な驚きだろうと思う。

 下手に薄手のコートを着てこようものなら、歯の根が合わなくなってしまう。特に、今日のように雪が降っている日は、毛皮のコートや風を通さない布で覆った綿のコートで強固に防寒していないと、ほんの少しの間外に出るだけでも凍えてしまうのだ。


 ちなみに、わたしがリーディアに「赤いコート……」と言うと、銀色冒険者は林檎色の頬を膨らませてプルプル震えていたので、頭を撫でて何も聞かなかったことにした。


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