第9話 金色姫(六歳)の悩み ※エルヴィラ視点


 極寒の僻地。

 荒くれ者のるつぼ。

 エタノール王国の火種。

 田舎の象徴。


 このルビエール辺境伯を指す悪口ときたら、枚挙にいとまがない。


 ふわふわの明るいハニーブロンドの髪、水色の大きな瞳の六歳の少女エルヴィラは、雪が舞い散る窓の外をみながら、ぷーっと頬を膨らませていた。


「エルヴィラ。また不機嫌なのかい?」

「仕方がないわよ。エリーは、雪が嫌いなんだから」

「雪なんて、ここでは半年は降ってるじゃあないか。いい加減慣れないと、年がら年中不機嫌な令嬢になってしまうぞ」

「そうよ! エリーはね、ここがきらいなのよ! 早く王都に行くんだから!」


 ぷいっと窓から顔を背け、着せ替え用のお人形を手にしたエルヴィラに、両親は苦笑いする。


 彼女はエルヴィラ=ルビエール。このルビエール辺境伯領の領主であるライアン=ルビエールの二男の長女――要するに、孫である。

 リチャード=ルビエールとナタリー=ナザリットの間に生まれた彼女は、生まれ育ったこのルビエール辺境伯領が大嫌いであった。


 このルビエール辺境伯領は、エタノール王国の北端に位置する領地である。


 年の半分は雪が降る豪雪地帯、北の国境越しには数多の草原の民が存在し、独自の文化と誇りを持つ彼らとの小競り合いや諍いは絶えない。

 寒い土地柄のせいで花を見られる時期は少なく、平民の家であっても二重窓は必須、薪がないと凍え死にする者が出る過酷な環境。


 何より、寒さ対策のため、外では常にモコモコの毛皮コート、室内でも暖かさ重視のデザインの服が多い。


 しかも、ルビエール辺境伯家は、草原の民の王との誓いを交わしており、家の者は、お互いの模様を衣服や装飾品のどこかに取り入れる取り決めとなっていた。


 要するに、王都の流行りの意匠デザインとはかけ離れた服装ばかりで、オシャレが大好きなエルヴィラにとって、これは耐え難いことだったのだ。


(本当に、いやなことばっかり。早く、ここを出ていかなきゃなのよ)


 エルヴィラは今、六歳。

 十二歳になったら、王都のお茶会デビューができるし、十五歳になったら、貴族の子女が三年間通う貴族学園に入学できる。

 そうなったら、エルヴィラはもう、ここに戻るつもりはなかった。

 王都で素敵な婚約者を作って、そのまま王都に残ってしまうのだ。


(完璧な作戦よ! エリーはすごいのよ!)


 ふふふ、とほくそ笑むエルヴィラに、侍女が訪問者の先ぶれを伝える。


 エルヴィラは、細く愛らしい眉を顰めた。

 六歳の令嬢であるエルヴィラへの来訪者など、大方一人しか考えられない。


「やあ、こんにちはエルヴィラ。今日も寒いけど、元気かい?」

「……こんにちは、ディエゴ」


 エルヴィラが躊躇いながらも挨拶を返すと、相手は華が舞い散るような笑顔を浮かべる。


 現れた彼は、ディエゴ=テオス=タラバンテ、十歳。

 白い肌に漆黒の髪、草原の民の衣装に身を包む彼は、エルヴィラの婚約者候補であった。


「今日は外には出ないのかい?」

「出ないわ。エリーはね、今日はお部屋で遊ぶのよ」

「そうか。じゃあ僕もご一緒しようかな」

「勝手にしたらいいのよ」

「うん」


 ふわりと笑う彼を見ると、なんだか胸の奥がムズムズして、エルヴィラはいらいらしてしまう。


 ディエゴは優しい。

 今はそう、柔らかい態度だ。


 だけど、最初はそうじゃなかった。

 何が彼をそうさせたのかは分からないけれど、二回目に会ったときから、彼の態度は一変していたのだ。


 草原の民の服に身を包む、黒髪に若草色の瞳の、現・草原の民の王の子、ディエゴ。

 エルヴィラの理想は、物語に出てくるような、王都の流行りの衣服を身に纏い、洗練された態度で彼女をエスコートしてくれる金髪碧眼の王子様なのだけれども、彼はその理想とは全然違う。態度の変化の理由もよく分からないし、正直、訪問してくるのは半年に一回ぐらいに抑えてほしい。


 しかし彼は、少ないときでも月に二回はエルヴィラの元を訪れる。頻度を抑えてくれと言いたいところだが、彼は草原の王の子として、融和政策の一環で、エルヴィラの友人としてこの領主邸に訪れているのだ。

 建前上、領主一族であるエルヴィラが、友好を求めてやってくる彼を無下に扱うことは許されていない。


(エリーと遊んでも、男の子のディエゴは楽しくないと思うのよ。なのになんで遊びにくるのかしら)


 エルヴィラは、この婚約者候補のことが、とにかく嫌だった。

 好みじゃない上に、訳が分からない存在すぎて、正直エルヴィラの手に余る。


 嫌いな土地に、嫌いな婚約者候補。


 こんなに不幸で可哀想な環境の自分を誰か攫ってくれないかとも思うけれども、国境付近の統治が安定しない豪雪地帯であるルビエール辺境伯領には、新進気鋭の貴族達は寄り付きたがらない。


 昔からいる人々に囲まれた、古き伝統のルビエール辺境伯領。


 エルヴィラは、本当に嫌気がさして、思わずため息をつく。

 そしてそれを、十歳のディエゴは、意外にも冷静な瞳で見つめていたのだった。


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