第24話 エピローグ(第一部・終)
あれから、リカルドとわたしは、本当に夫婦になった。
「いやはや、驚きましたが、よかったよかった。ハハハ、うちの娘で本当に良かったんですかな」
「お父さん!」
契約結婚を勧めたわたしの父・マティーニ男爵は、絶対に驚いていない顔で、わたし達にお祝いを述べた。
「私はマリアさんでないとダメなんです」
「おやおや、これはこれは。我が娘ながら末恐ろしいものだ」
リカルドの告白に、父は興味深そうな顔をしてわたしを見てくる。
わたしはもはや、真っ赤になって俯くことしかできない。
「リーもね、ママはママじゃないとだめなの!」
「そうかそうかー」
「魔法使いさん、リーとママを会わせてくれて、どうもありがとう!」
「どういたしまして、可愛いお姫様」
なにやらわたしが知らない間に、リーディアの中で、父は『魔法使い』なる存在となってしまったらしい。
恰幅の良い腹を揺らしながら、父は尊敬してくる初孫にデレデレしていた。そして、デザートトマト試作品四号をリーディアに与え、「魔法使いさんのトマトは、魔法のトマトなの! あまーい!」と喜ばせていた。わ、わたしがメインで育てていたデザートトマト試作品四号なのに! ずるい!
わたしが父への嫉妬でギリギリ歯噛みしていると、父はリカルドにお歳暮を渡すノリで、わたしの頭にポンと手を乗せた。
「適当に生きてる娘ですが、色々仕込んでおいたから便利に使ってくださいね」
「お父さん!!」
「社交はともかく、帳簿管理と領地経営、畑作と食品売買、宝石類の鑑定辺りは一通りできますから、伯爵夫人もまあなんとかなるでしょう」
「え?」
「……え? あれ、リカルドわたし、言ってませんでしたっけ?」
「聞いてない……」
驚くリカルドに、わたしの方も驚いていた。
道理で本当の夫婦になった後も、わたしの仕事が子守りと手伝いだけのはずだ。リカルドは、わたしが色々できることを知らなかったらしい。
そういえば、伯爵家に来てからも、その話をしたのは、わたし付きの侍女マーサに対してだけだった。そしてマーサは、私の相談ごとと共に、あの夜話したことを秘密にしていてくれたのだ。嬉しくて、マーサにもデザートトマト試作品四号を差し入れておいた。
そんなこんなで、わたしは本当の伯爵夫人として、勉強を開始することとなった。
「旦那様。奥様は逸材です。私達がやっているのは教育や指導ではありません、ただの業務引き継ぎです」
「旦那様、どこでこんな素晴らしい奥様を見つけられたのですか」
「マティーニ男爵領だよ」
「そうでしたね……」
「何故男爵領に……」
伯爵家の文官達の言葉に、リカルドは本当に驚いていた。
そして、自慢げにわたしに報告してきた。
「マリア……私の妻は、本当に凄いんだ……!」
「わ、わたしにそれを伝えてどうするおつもりですか!?」
「喜びを分かち合いたくて」
そこからリカルドは、いかにわたしの能力が高いのかを具体的に語り出したので、わたしは慌ててその口を塞いだ。
大好きな夫が、わたしを褒め殺そうとしてくる。褒め言葉で、呼吸困難寸前である。本当に恐ろしい伯爵様である。
それにしても、嬉しそうにニコニコしている夫は、愛娘のリーディアにそっくりだ。カーラがどうして、こんなに可愛い二人を置いて出ていくことができたのか、わたしは不思議でしょうがない。
一方で、カーラのあの容姿や性格を考えると、純粋可愛い二人とカーラは、もしかしてもの凄く相性が悪かったのかもしれないなとも思う。野菜だって、単体で食べると美味しくて栄養価が高いのに、食べ合わせが良くないものもあるのだ。きゅうりとトマトとか、大根とにんじんとか。調理法次第で解決するのだけれどね。
「そういえば、カーラさんはどうなったの?」
「三年の懲役刑になった。実母という点と、未遂であったことを鑑みての判断だ。罰金を支払う財があれば、懲役は不要だったんだが」
カーラさんはリキュール伯爵家を出奔した後、何度か男を替え、今の相手に落ち着いたらしい。
今のお相手は、後ろ暗いところのある商人らしいのだが、カーラさんの散財を支えることはできず、このまま散財が続くようなら別れると言われていたのだとか。
そこでカーラさんは金策に走り、ふと、自分の娘を売り飛ばせば金になると思いついたらしい。
「売り飛ばす!?」
「その……前にも言っただろう? リキュール伯爵家の子どもは、本当に高値で売れるらしいんだ。もちろん、人身売買は王家がかなりキツく取り締まってはいるんだが……」
リキュール伯爵家の子どもの価値の話は聞いていたけれども、まさか突然現れた実母が、散財のための金策に自分の娘を売り払おうとするなんて想定外だ。カーラとの生きる世界の違いに、改めて目眩を感じながらも、今後リーディアの守りは最高レベルで固めなければと、わたしは手を固く握りしめた。
ちなみに、リカルドがノイローゼになる原因となった王家だけれども、怒り心頭のエドワード王弟殿下が色々と手を入れてくれているらしい。
実は、高位治癒魔法を使うことができるリキュール伯爵家一同は、戦のたびに駆り出されていて、他の貴族よりも出動回数が倍以上に多かったのだ。リキュール伯爵家当主であるリカルドが戦に呼ばれることはないと思うけれども、放っておくと、今後、子ども達が同じように戦に駆り出されてしまう。
王弟殿下は、リキュール伯爵家の出動回数を他の貴族と同レベルに下げ、今までの功績と謝罪の意をこめて、少なくともこれから50年は、戦争への出動はなしということで取り計らってくれているのだ。
実はこの件、大事な孫の命がかかっているということで、父・マティーニ男爵が裏で色々と根回しをし、暗躍したようだ。けれども、何をしたのか知ってしまうと闇が深そうなので、わたしもリカルドも耳を塞ぎ、目を閉じて知らないふりをしている。
こんなふうに色々あるけれども、わたし達三人は、順調に新しい家族としてやっていけていると思う。
リーディアも成長し、少し睡眠時間を減らしたため、夜も家族の団欒時間も少しずつ増えてきた。
今も、伯爵邸の居間のソファに並んで座り、家族の団欒の時間を過ごしているところだ。
「ママ。花かんむりはね、やっぱり午後がいいと思うのよ」
「そう?」
「沢山コスモスを見て、ご飯を食べてから、ここに行って、その後に花かんむりを作るの」
実は今度、家族としての初めてのお出かけに行く予定なのだ。行き先は首都キュリアの外れにある丘陵公園で、色とりどりのコスモス畑が見どころの、リキュール伯爵領の観光名所である。
リーディアは四歳以降、あまり外出をしていなかったようなので、本当に楽しみにしている。特に、この時期の丘陵公園では花冠制作体験ができるので、それを行程のどこに入れるのか、リーディアは毎日のように悩んでいた。
「ほら、リーディア。そろそろ寝る時間だ」
「!? パパ、まだリーは眠くない!」
「嘘はダメよ、リーディア。手がポカポカしてきてるもの。眠たいでしょう?」
「そんなことないもん」
「また明日、皆で考えましょう」
「そうだな。また明日」
「今日がいいのに……」
「急いで決めなくてもいいのよ。パパもママは、明日も明後日も、いつだってリーディアの傍にいるんだから」
わたしがソファを立ち上がり、何気なくそう言うと、リーディアは何故か驚いた顔をした後、にこーっと、それはそれは嬉しそうに微笑んだ。
あまりに眩しい笑顔にわたしが息を呑んでいると、リカルドが背後から抱きしめてきて、「一年だけじゃなくて?」と、こちらも嬉しそうに尋ねてくる。
すると、わたしが答えを言う前に、リーディアが「一年だけじゃなくて!」と、笑顔で正面からしがみついてきた。
急に二人にしがみつかれたわたしは驚いたけれども、笑顔のリカルドとリーディアを見ていると、なんだか胸に込み上げてくるものがあって、じわりと目頭が熱くなる。
「マリア」
「……こういうのがきっと、愛してるってことなのね。わたし、二人のこと、凄く愛してるみたい。一年なんかじゃ絶対離れないわ」
涙を滲ませるわたしに、リカルドは目を見開いた後、こちらが蕩けそうな程の笑顔を見せてくれた。
そこにはもう、女性を見て青ざめていた彼の面影はない。
「マリア、リーディア、愛してるよ」
「リーも! リーもね、パパとママのこと、えっとね、愛してるの!」
背伸びをしたリーディアに、わたしとリカルドは、朗らかに笑った。
始まりは、1年限りの契約結婚。
当初の予定とは全然違う結果になってしまったけれど、契約家族が本当の家族になってくれたおかげで、わたしは予定よりずっとずっと幸せな生活を手に入れることができたのです。
〜 第一部 契約期間はたったの一年間 終わり 〜
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