第14話 いつもと違う二人




『この話は、また、後日にしていいだろうか……』



(後日っていつなのー!?)


 リキュール伯爵に爆弾発言をかました翌日。

 朝食のため、食堂に向かうわたしは、廊下をとぼとぼ歩きながら、心の中で身悶えしていた。


(朝食……伯爵様はいらっしゃるのかしら。わ、わたし……)


「マーサ。やっぱりわたし、自室で」

「あらあらあら奥様、もう食堂は目の前ですよ、急いでくださいまし」

「えっ、あの、待って、あのね」

「奥様ほら、旦那様がお待ちですよ」

「いるの? いらっしゃるの? あの、わたし……」


 よくよく見ると、食堂の前にリキュール伯爵付きの護衛が立っている。

 リキュール伯爵は既に、食堂にいるのだ。


 涙目で後退りしようとするわたしの背中を、マーサは52歳とは思えない腕力でグイグイ押し、他の侍女達は相変わらず人間バリケードでわたしが自室に戻れないようにしていた。

 無言で連携しすぎじゃない!?


 結局、わたしが諦めて食堂に入ると、やはりというか、リキュール伯爵はいつもどおり、わたしを待っていた。

 彼は、わたしを見るなり、パッと華やいだ笑顔を浮かべる。それが、見失ったわたしを見つけた時のリーディアにそっくりで、わたしは否応なしに、彼が私のことを本当に大好きなのだと実感してしまった。


「お、おはよう、マリア」

「おはよう、ございます」

「せ、せ、席に着くといい。朝食を摂ろう」

「は、はい……」


 なんとか会話はしているけれども、この間、わたしは床と皿しか見ていない。

 リキュール伯爵も、わたしが彼の笑顔を見て真っ赤になって固まってしまったせいで、慌てて視線を外していた。彼もおそらく、会話の間、皿しか見ていないと思う。


「……来てくれてよかった。今日は会えないかもしれないと思っていたから」

「会えない?」

「その……気まずくて、自室で食事を摂るのかと」

「そ、そんな、ことは……」

「うん。……私は、マリアの顔が見られて嬉しい。ありがとう」

「……!?」


 わたしは、リキュール伯爵からの直球ストレートを無防備に受けてしまい、致命傷を負った。

 よく考えると、こんなふうに好意を示されたことは、今まで一度もなかった。

 ここでいう一度も、というのは、リキュール伯爵から、ということではない。

 男性から、こういう好意的な発言をされたのが、そもそも初めてです!


 そこから、わたしたちは朝食を摂ったけれども、いつもであれば私の方が沢山喋るのに、今日はリキュール伯爵ばかりが話をしていた。


「マリアは最初に食卓を共にした時から、この胡椒炒めが好きだったな」


「マリアの作る花壇の構図を見せてもらえるのを、楽しみにしているんだ。最近の私の楽しみの一つだ」


「リーディアが、マリアのことを大好きだと言っていた。わ、私も、その、……いや、これは後日だ。後日にする」


「マリアは本当に美味しそうにご飯を食べるから、私はいつも君と食事をするのが楽しみなんだ」


「マリアはうちの屋敷に来てからいつもその……色々な髪型をしていて、とても華やかで、良いと思う」


「マリアは」


「マリア」


「マリ」



「――旦那様、そろそろ時間でございます」


 助け舟を出してくれたのは、執事だった。

 リキュール伯爵は執事の言葉にハッとして顔を上げ、わたしの様子を見る。

 わたしは、あまりの恥ずかしさに、真っ赤になって、涙目で俯いて震えていた。

 そんなわたしを見て、リキュール伯爵自身もジワジワと赤くなっていく。


「旦那様」

「そ、そうか。じゃあ、仕事にいかないとな」


 そう言うと、リキュール伯爵は席を立ち、椅子に座っているわたしの傍までやってきて膝をつき、わたしの手を取った。


「マリア。明日は休日だし、私に時間をくれないだろうか」

「えっ」

「その……君には、色々と急な話だと思う。色々話したいことがあるし、聞きたいことがあったらなんでも答えたいと思っている」

「は、はい。そうです、そうですよね、話をした方がいいですよね」

「うん。だ、だがそれだけじゃなくてだな……というか、それは口実だ」

「口実」

「いや、大事なことではあるんだが! それは分かっているんだ。しかし、その……」


 わたしの手を握るリキュール伯爵の手に力が入る。


「私が、明日一日、君と一緒に過ごしたいんだ……」


 鈍感なわたしでも、流石に気がついた。


 これは、デートのお誘いである!


 それだけでもわたしの処理能力を超えていると言うのに、事態はそれだけでは済まなかった。


 なんというか、目の前の伯爵様から色気がダダ漏れているのだ。


 頰は上気しているし、リーディアと同じ紫色の瞳が潤んでいて、けれども何かを訴えるようにわたしを捉えて離さない。視線でわたしを殺しにかかってくる。恥ずかしさを堪えている様子も胸に迫るものがある。恐ろしい不意打ちである。スナイパーリーディアの父は、やはりスナイパーらしい。


(この父娘おやこ、なんて恐ろしいの……!)


「あ、う、あの、……」

「……いや、急すぎたな。すまない。まずは話を」

「ま、待って!」

「マリア?」

「あっ、いえ、……時間なら、ある、ので、大丈夫です」

「……! そ、そうか。大丈夫か」

「は、はい。大丈夫です」

「そうか、よかった」

「はい、よかったです」

「うん」

「はい」


 段々何の話をしているのか分からなくなりそうになりつつも、わたしとリカルドは必死に頷きあう。

 わたしとリカルドは、しばらくそのまま頷きマシーンと化していたけれども、執事の咳払いによって我に返り、どちらともなく慌てて手を離した。


「で、ではマリア、いってくる」

「は、はい。いってらっしゃいませ」

「うん。……明日は、街に出ようと思う。楽しみにしている」


 そう言って、リキュール伯爵はわたしに微笑みかけると、仕事へと向かっていった。


 リキュール伯爵の手と足が同じ側から出ていたような気がするけれども、きっと気のせいだろう。

 なにしろ、彼の最後の笑顔が本当に嬉しそうで、わたしはもう恥ずかしくて恥ずかしくて、しばらく席についたまま動けなくなっていたから、彼をろくに見送ることができなかったのだ。


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