第8話 義娘リーディアの攻撃! 契約母マリアへの効果は絶大だ! ※リーディアside





 リーディアは浮かれていた。

 なにしろ、『ママにずっとここに居てもらう』という目標に、一歩……いや、十歩は近づいたからだ。



「リーディア、どこに行ってたの? 心配してたのよ」



 鼻歌を歌いながら子ども部屋に帰ってきたリーディアを、マリアは心配そうに迎えてくれた。

 リーディアは、ハッとした。


(いけないのよ。リーは、お手洗いに行くと言って、ここを出てきたのよ……!)


「お、お腹がね、痛かったの……」


 さっきまで鼻歌を歌っていた娘から出たとは思えない発言に、マリアと乳母アリスの腹筋が試されている。


「そう? じゃあお薬を飲んだ方がいいかしら」

「ううん! 大丈夫、もう大丈夫なの」

「本当に? 念の為、外で遊ぶのはやめて、ベッドに入る?」

「いや! いやなの、お外で遊びたい!」

「ふふ、そうなの?」

「うん! 大丈夫なの!」


 いそいそとコートを用意し、外に出かける準備をするリーディアに、マリアと乳母アリスは微笑む。


「あ! そうだ、あのねママ」

「なぁに?」

「パパにね、お願いしたんだけどね」

「うん」

「パパ、ママを落としてくれるって」

「ゴホゴホゴホ」

「ママー!?」


 咳き込んだマリアに、リーディアは仰天する。

 乳母アリスは、目も口もパッカーんと開いて固まった。


「リ、リーディア。どういうことか聞いてもいいかしら」

「ママ、それよりも大丈夫? お顔が赤いの」

「大丈夫よ! 大丈夫。それよりも、ね。お話を聞きたいわ」

「……? あのね、リーがね、パパにママを落とすようにお願いしたの。そうしたら、『いいよ』って」

「『いいよ』!!?」


 真っ赤になって慌てているマリアを、リーディアは不思議そうに見つめる。


「ママ。やっぱり、危ないことなのかな」

「え!?」

「ママは天使だから、お空を飛べるし大丈夫だと思うんだけど、急に怪我をしたら困っちゃうでしょう?」

「ぶ、物理!? 物理なの?」

「…………?? パパは、ママが特別パパを好きにならないとダメなんだって言うの。落とす前に、そういう準備もするみたい」


 リーディアは、首を傾げながらマリアを見つめる。

 マリアは、耳まで真っ赤に染まって、アワアワと言葉にならない声を漏らしていた。

 乳母アリスは、何故か後ろで「リーディアお嬢様、最高ですわ!」とガッツポーズをしている。


「それでね。ママがね、怪我をしないように、先に言っておこうと思って。リーは気遣いができるいい子なの!」

「あ、ありがとう……本当に、ありがとう……大火傷をするところだったわ……」

「火傷なの!? た、大変なのね、先に言っておいてよかったの……」

「本当にそうね……」


 頰に手を当てて涙目になっているマリアに、リーディアはハッと気がつく。


「アリスー! してもらって嬉しいことをしなきゃ、ママはくれないんだもんね?」

「えっ!? え、ええと、あれ? そんな話でしたか!?」

「……アリスさん?」

「あ、あらー、奥様、これには海よりも深い訳が……オホホホ」


 マリアが半目で乳母アリスを見ていると、「ママ、アリスよりリーを見て」とリーディアが上目遣いで服を引っ張った。

 マリアは当然ながら、デレデレの笑顔でリーディアの方を向く。


「なぁに、リーディア」

「あのね。リーはママに好きって言われるのが大好きなの」

「そうなの!? 嬉しいわ、大好きよ、リーディア!」

「きゃーっ」


 マリアがギューっとリーディアを抱きしめると、リーディアは嬉しそうにはしゃいでいる。


「だからね、ママ。パパをいっぱい好きになってもらうために、リーは考えました」

「……うん?」

「あのね、パパに聞いたんだけどね、パパはママのこと大好きだって言ってたよ。ママ、嬉しい?」

「ゲッホゲホゲホゲホ」

「ママァー!!?」


 急に咳き込むマリアに、リーディアは蒼白になる。

 その悲壮な叫びに、乳母アリスの腹筋は崩壊寸前だ。


「ママ、もうお休みした方がいいよ!」

「大丈夫。大丈夫よ、リーディア」

「でも、目もウルウルしてるし、お熱があると思うの!」

「ママは丈夫だから大丈夫」

「きっとね、天使さまの力をパパが吸い取りすぎちゃったんだわ。パパに少し返してもらわなきゃ、呼んでくる」

「ちょちょちょちょーーっと待って待ってお願い待って」


 リーディアにしがみつくマリアに、リーディアは必死に言い募る。


「ママ! これじゃあ、パパを呼びにいけないわ」

「そ、そうね。でも、ちょっと待ってくれるかしら。その、時間が欲しいの」

「……ママが病気になったら、ここが嫌になってすぐにお空に帰っちゃう……」

「お空に帰さないで!? アッ、あー、えーとえーと、熱が出たぐらいならここにいるから大丈夫よ!」

「本当!? よかった……」


 リーディアは心の底から安心して、ほうと息をついた。

 一方、マリアは、知らない間に追加されている設定に混乱している。


(天使はお空に帰る設定なのね……!? 文字どおり昇天させられるのかと思ったわ!)


「リーディアあのね。その……話は分かったわ。ちゃんと伯爵様と、お話をしてみるわね」

「うん!」


 笑顔でいいお返事をしたリーディアに、マリアはようやく安心して微笑む。


(色々と色々と色々と考えなければならないことは沢山ありそうだけど、とにかく今は無心で外に遊びに行く準備をするのよ……!)


「あ、そうだ。ちゃんとね、パパにも言っておいたからね。パパもきっと、ママのこと、もっと好きになったと思うの!」

「え?」

「『ママもパパのこと好きって言ってた』って、ちゃんと伝えておいたよ」


 外遊び用の玩具を取ろうと棚に手を伸ばしていたマリアは、そのまま棚の上に置いてある玩具を全部床に落としてしまった。

 ドンガラガッシャーン! という大音量に、リーディアは「ママ!!?」と驚きの声をあげる。


(す、好き!? 言ったっけ? いつ? どこで? 言ったかしら!!?)


 マリアは必死に、自身の記憶を探る。よくよく思い出せば、リーディアに以前、リキュール伯爵のことを聞かれて、「もちろん尊敬しているわ」「リーと同じくらい好きだよー」と答えた気がする。当たり障りのない家族トークだ。


 しかし、これはなんだか、違った意味で相手に伝わっている気がする!


 マリアはその場で真っ赤になったまま、ヘナヘナとしゃがみ込んだ。

 リーディアは、「今日はママはお休み! 決定!」と言いながら、コートをしまい始めた。


 その側で、乳母アリスは、笑いを堪えながらプルプル震えていた。



 

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