第6話 義娘リーディアは魔法使いに会いたい ※リーディア視点





「リーはね。思うのよ。魔法使いさんの魔法はね、弱すぎると思うの」




 リーディアは、乳母アリスに話しかけた。


 今はちょうど、契約母マリアが朝食のため、席を外しているところだ。

 マリアが席を外すなり、リーディアは乳母アリスを手招きした。そして、「ママがいないときに話さないといけない、重大ななの!」というリーディアに耳を寄せたところ、こんなことを言われたのだ。

 その6歳らしからぬ真剣な様子に、乳母アリスは必死に真剣な顔をしてみせる。


「そうでございますか」

「リーはね、鐘が鳴っても、天使のドレスが消えない方法があっていいと思うの」

「なるほど……」

「他の魔法使いさんにお願いするとかね。色々あると思うのよ。パパはどんな魔法使いさんに、お願いしたのかしら……」

「魔法使い……」


 人の良さそうな笑顔の、恰幅の良いマティーニ男爵を思い浮かべた乳母アリスは、つい笑い出してしまう。

 そんな乳母に、リーディアは憤慨した。


「アリス! リーは真剣なのよ!」

「はい、申し訳ございません。つい、魔法使いさんのことを思い出してしまって」

「アリスは魔法使いさんに会ったことがあるの!?」

「はい、ございますよ。とても優しそうな、器の大きい男性でございます」

「男の人なの!?」

「はい。魔法使いさんは、女性だけとは限らないのですよ」


 クスクス笑いながら教えてくれる乳母アリスに、リーディアは興味深々である。


「アリス! 魔法使いさんに会いたい! 会ってね、魔法の期間を伸ばしてもらうようお願いするの!」

「あらあら。でもお嬢様。多分それは、あまり意味がないと思いますよ」

「えっ、どうして?」

「だって、魔法の力は永遠ではないでしょう?」


 驚くリーディアに、乳母アリスは微笑む。


「それにね、リーディアお嬢様。シンデレラは、天使のドレスを永遠に手に入れたら、それで幸せになれたのでしょうか」

「……違うと思う」

「どうして、シンデレラは幸せになれたんでしょうね?」

「わかんない……」

「大丈夫。きっとリーディアお嬢様は、分かっているはずですよ」


 リーディアは、乳母アリスを振り仰いだ。


 シンデレラ。

 リーディアの知る、素敵な絵本の物語。

 継母と義理の姉二人に虐げられていたシンデレラは、魔法使いの力を借りて、舞踏会を開いている王子様に会いに行く。

 魔法で作った天使のドレスは、0時の鐘が鳴ると消えてしまう。

 けれど、王子様は、シンデレラが落としたガラスの靴を手がかりに、彼女を探し出してくれるのだ。


「シンデレラは、とってもいい子でしたね。魔法使いがくれた天使のドレスがあったことで、王子様はシンデレラと会うことができました。ですが、シンデレラがいい子じゃなかったら、王子様は追いかけてくれたでしょうか?」

「……追いかけてくれないと、思う」

「そうですね。王子様は、シンデレラがいい子で、また会いたいと思ったから、追いかけたんだと思いますよ」


 それを聞いて、リーディアは視線を落とした。

 契約母マリアが作ってくれたウサギのぬいぐるみを手元に引き寄せ、抱きしめる。


「リーはどうしたらいいのかな? ママと、離れたくないの……」


 ポロポロと涙をこぼすリーディアに、乳母アリスは心を痛めながら、そっと彼女を抱きしめた。


「沢山、好きだと伝えてください」

「好き?」

「はい。沢山好きだと伝えて、いっぱい思い出を作ってください。自分がしてもらって嬉しいと思ったことを、マリア様にしてあげてください」

「……そうしたら、ママはずっといてくれるかな?」

「分かりません。それでも、そうやって沢山努力をしたことは、リーディア様の宝物になりますよ」

「それじゃ、嫌なの。ママが居てくれないと、嫌なの……」


 静かに泣いているリーディアに、乳母アリスも涙をこぼした。


 この小さな少女にとって、マリアは、他に代え難いほど大きな存在になってしまっている。

 マリアが本当にあと10ヶ月でこの家を去った場合、リーディアは深い心の傷を負うだろう。

 本来であれば、このような残酷なことをすべきではない。それは、屋敷の中の人間の誰もが分かっている。そして、当の本人であるリキュール伯爵が、一番よく分かっていることだ。


 けれども、仕方がなかったのだ。


 リキュール伯爵の状態が、あまりにも悪かった。

 3年前に、リキュール伯爵の従兄弟夫婦が事故で亡くなり、リキュール伯爵家の血筋を引く者がリキュール伯爵とリーディアの二人になってからというもの、伯爵はずっと、王家に苦しめられてきた。仕事中も、プライベートでも、どこにもかしこにも秋波を漂わせた女性がリキュール伯爵を狙っていた。夜会で部屋に閉じ込められたり、飲み物に媚薬を入れられたこともある。屋敷の使用人として潜り込んできた猛者もいて、あの時は執事が「あの女を雇用したのは私の責任です。私の見る目がありませんでした」と辞表を出してきたくらいだ。リキュール伯爵は、その辞表を破り捨てたけれども。

 そして1年前、リキュール伯爵はとうとう、若い女性を見るだけで吐き気を催すようになってしまった。

 そして、半年前には、娘のリーディアとも接することができなくなってしまったのだ。

 彼がリーディアの手を思わず払ってしまったときの状況は、それはもう悲壮なものだった。


 しかし、このような事態になっても、リキュール伯爵には助けを求めるべき親族がいない。

 伯爵の母方の親族の領地は遠く、使用人達はこの事態を一体どうしたらいいのか、途方に暮れていた。



 その時に、助けてくれたのが、リキュール伯爵領の隣に領地を持つ、マティーニ男爵だったのだ。

 まさに魔法使いである。



 なぜマティーニ男爵が出てきたのかというと、状況を見た王弟殿下が「兄上達はアホか?」と言いながら、貴族学園時代に親しかったマティーニ男爵に、「悪い、お前の領地の隣にある伯爵領なんだけどさ」と声をかけたのがきっかけらしい。

 なぜ下級貴族クラスにいたマティーニ男爵と上級貴族クラスにいた王弟殿下(当時の第三王子)が親しかったのかは分からないし、なぜマティーニ男爵が選ばれたのかも分からない。けれども、とりあえず療養のため、リキュール伯爵は秘密裏に2ヶ月ほど、マティーニ男爵領に避難することとなったのだ。

 リキュール伯爵がマティーニ男爵領に避難している間、リキュール伯爵家にはハニートラップを仕掛けに女性達がわんさかやってきた。しかし、屋敷の面々が鬼の形相で全員弾き返した。あの時は、使用人全員の背後に、修羅がいたと思う。



 そして、帰ってきた時には、何故かリキュール伯爵の隣に、マリア様がいたのだ。



 実はほとんど食事も摂れていなかったリキュール伯爵は、療養から帰ってからも食事を抜きがちではあったが、なんとマリア様のいる前では、必ず普通に食事をするようになっていた。

 そして何より、リキュール伯爵はリーディア様とも、問題なく触れ合うことができるようになっていた。


 使用人一同は、最初はあまりの急展開に面食らっていた。

 しかし、「わたし、働いてないと落ち着かなくてー!」と言いながら使用人にも気安く声をかけてくれる彼女を見て、次第に納得していった。


(あの方は、リーディア様にとっても、リキュール伯爵にとっても……この伯爵家に必要な方だわ)


 乳母アリスはそう思うが、しかし、どうにもマリアは、その辺りに全然気がついていない様子である。


 このままではマリアは、この伯爵家を去ってしまう。

 そして、彼女がここに残ってくれるかどうかの鍵を握る人物は、……多分、いや間違いなく、に狼狽えている様子だ。


「伯爵様が、ちゃんとマリア様を落としてくれるといいのだけれど」


 小さく呟いたその言葉を、泣き疲れて乳母の腕の中でウトウトしていたリーディアは、しっかりと聞き取っていた。



 

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