第5話 伯爵様の恐ろしい虚言 ※過去編
「リーディア、話があるんだ。いいかな?」
「パパー! どうしたの?」
週末。
リーディアの遊ぶ子ども部屋に、リキュール伯爵はやってきた。
近くに控える乳母アリスも、いつリーディアが泣き出してもいいように、タオルを用意している。
わたしはというと、まだ彼女に紹介されていないので、部屋の外で待機していた。
ドキドキする。
ようやく、可愛いあの子に会えるのだ。
今後のことは非常に悩ましいけれども、とりあえずは今この瞬間、彼女に正面から会えると思うと、とても嬉しい!
「紹介したい人がいるんだ」
「……」
リーディアが、ハッと顔を上げる。
その紫色の瞳は、あふれんばかりの希望でキラキラ輝いている。
「マリア、来てくれるか」
呼ばれてしまったので、わたしはおずおずと、扉から顔を出した。
「……は、初めまして、リーディア様」
「……」
リーディアは、何も言わなかった。
口を開け、瞬きもせずに、わたしのことを凝視している。
「彼女はね、リーディア。私の天使なんだ」
「え!?」
「天使さま……」
「!?」
(急に何を言い出すの、この伯爵様はー!?)
しかし、ここで口を挟むことはできない。
きっと、リキュール伯爵には、なにか考えがあるに違いないのだから。
「リーディア。しばらく前、私はひどく調子が悪かった時があっただろう?」
「うん……パパ、リーともしばらく会えなくなったの」
「そうだ。その状態からね、助けてくれたのが彼女なんだ」
「そうなの?」
「ああ。だから、彼女がいるのは、1年だけなんだ」
「1年だけ?」
首を傾げるリーディアに、リキュール伯爵は頷く。
「そうだ。私の体調が回復するように、1年間だけ、秘密の奥さんをやってくれているんだ」
「秘密の……奥さん……」
「でもね、彼女は天使だから。秘密が秘密でなくなると、すぐに消えてしまうんだ」
リーディアは、ハッとした顔でリキュール伯爵を見た。
リキュール伯爵は強く頷く。
「リー知ってる! シンデレラに魔法使いさんがくれた天使のドレスは、秘密を破ると、鐘が鳴ってないのに消えちゃうの!」
「うん、よく知ってるね。私はね、鐘が鳴るより前に、天使のドレスが消えないようにしたいんだ。リーディアはどうしたらいいと思う?」
「秘密にする!」
ギュッと両手を握り拳にするリーディアに、リキュール伯爵は微笑み、頭を撫でた。
「いい子だ、リーディア。このことはね、屋敷の中の人だけの秘密なんだ」
「屋敷の中の人だけ……リーは? 今まで知らなかったの……」
「屋敷の中の人、それも、大人だけの秘密なんだ。……リーディアは先月、6歳になったな。立派なお姉さんになったと見込んで、こうして秘密の仲間にしたくて、話したんだ。リーディアは秘密を守れるかな?」
「……!!!」
頰を上気させ、目をキラキラ輝かせながら、リーディアは何度も頷いた。
「大丈夫! リーはお姉さんだから、大丈夫!!」
「そうか。それは心強いな」
「天使さま、よろしくね!」
「……よ、よろしくお願いします、リーディア様」
どういうことだ。
気がついたら、わたしは天使になっていた。
こんな普通顔の、平凡な天使がいていいのだろうか。
天使といえば、どちらかというと、キラッキラの美形のリキュール伯爵や、ベリーキュートな美少女のリーディアの方ではないか?
「そ、それでね、天使さま……」
「マリアとお呼びください、リーディア様」
「マリアさま? ……あのね」
リーディアは、銀色の絹糸のような髪をサラサラと揺らしながら、リキュール伯爵の服の裾を握ったまま、わたしの方を見上げてくる。
「マリアさまは、パパの奥さんなの?」
「……そう、ですね」
「じゃあ、リーのママなの?」
期待に満ちた瞳に、わたしはウッと思わず怯む。
そして、(助けて!)とリキュール伯爵の方に視線を投げると、リキュール伯爵はリーディアに問いかけた。
「リーディアはどうしたい?」
「……」
リーディアは、恥ずかしそうに俯くと、ポツリとつぶやいた。
「1年だけでいいから、ママになってほしい……」
この可愛い申し出を断れる人間がいるだろうか。
こうして、わたしはリーディアとも、契約親子関係を結ぶことになったのだ。
1年後のことは、ともかくとして。
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