詠唱っていいよね
うーん、流石に本気出すと一瞬で終わっちゃうんだよなぁ。いくらか手加減しないと勝負にもならんだろうし。
ちょうどいいレベルの手加減、どうすっかな。
あ、そうだ。
「お前の方の体系に合わせた力で戦ってやるよ」
「お心遣い痛み入ります。……私はそのレベルで相手になりませんか」
「うん、ならない。だがお前のせいじゃない。あまり気に病むなよ」
「承知しました。では、始めましょう」
まずは出方を見てやるか。どれどれ。
俺が観察に回ったのを見て、ジジイ──まあシアンって呼んでやるか。シアンが詠唱を始める。
いいねぇ、与えられた利を活かす初動だ。馬鹿はさっきのやり取りを挑発だと捉えて突っ込んでくるからな。
「
唱え終わった瞬間、複数の気配が現れる。だがどこに姿は見えない。息遣いも、足音もない。だがそこにいる。
俺の目にも見えない獣たちか。素晴らしい。
「旧きものたち。よく使いこなせるな」
「長年の研究の賜物ですね。では、頼みましたよ」
おお、襲いかかってきた。音の速さを超える速度で俺に飛びつき、夥しい呪詛を帯びた牙で噛みつこうとしてくきたので首根っこを掴んでやる。おいおい足元に齧り付くなよ、はは。よしよし、面白いなお前ら。
「おーすごい、なかなかのスペックじゃないの。ちょっと鬱陶しいな。よし、反撃するか」
えーっと、詠唱ってどうやるんだったっけ。ちょっ思い出してるんだから首元に噛みついてくるんじゃありません。息が掛かってくすぐったいって。つーか呪いくせぇよ。
「……全くダメージが通らないとは。大体の存在は一瞬で殺せる子たちなんですがね」
「そんな有象無象と比べられても……あっ思い出した。よーし詠唱すっか」
詠唱って割と好きだわ。浪漫を感じる。そう思うのはほとんどアニメの影響だけどな。さて。
「
最初はこんなもんでいいか。あっ獣ども消えてった。ウケる。
「……旧きものたちを、たった二小節で消し去りましたか。本当に多才ですね、あなたは」
「あー、力技すぎたか。悪いな。もうちょい真面目にやるわ」
「いいえ。一応、時間は稼げましたからね」
お?
シアンの周りにオドが集中しているのが見える。重なり、合わさり、黄昏色の束になっていく。
やがてシアンの手の中に一つの剣が収まっていた。
「トワイライトソードって名前だったりする?」
「それは今だと版権的に不味そうですね。この剣に名前はないのです」
見せた相手は誰も生きていないので。と。
言い終わるや否や一瞬で俺の後ろに移動し首元を切りつけてくる。いい太刀筋だ、当たったら傷くらい付くかもな。振り返り、剣をちょんと指でつまんでやる。
ほーん。斬りつけた相手の命を揺らがし、揺蕩わせる力。つまり黄昏そのものか、この剣は。他のやつだったら触れるだけで生という概念を喪失しているな。
おっと、このままじゃ動けないか。離してあげよう。
「早い重い鋭い、素晴らしい。剣の腕さえ常人が届かぬ頂きにあるな」
「軽々と、止められて、そう言われても、なかなか素直に受け取れませんが!」
そこからは剣の乱舞が始まり、恐ろしく鋭い斬撃が俺を襲い続ける。まあ全部避けるんだけど。
魔法も飛んでくる、いいぞ。
単純なエレメンタルによる攻撃。炎氷雷風土ありとあらゆる現象が形を成して襲ってくる。当たり前だが効かない。俺の身体に触れる前に魔素崩壊を起こし消えていく。
次は概念的な攻撃魔法か。これは運動機能そのものを殺す呪詛だな。効かんけど。お、意識を異界に飛ばす魔法だな。効かんけど。おおっ、この黄昏の空間にいるやつの五感を全て奪う魔法か。これは凄い。効かんけど。
強い強い。いいね、割といい感じの運動になるわ。楽しい楽しい。
「ここまで何も通じないと、逆に笑えてきますね」
「ま、そういうもんだ。気楽に攻撃してこい」
「では、全力で」
ん?力の高まりを感じる。何がくるかな〜?
剣をふるいながらシアンが詠唱を始める。
「
足元の水が跳ねて掛かるたびに、俺の存在を揺らがし、夕焼けの中に溶かそうとする。もちろん効かないが、いやらしい罠だ。普通なら少しでも気を抜けば力を奪われるだろう。文字通り力をな。
シアンが距離を取り、詠唱を続けながら斬撃を振るう。当たり前に飛んでくる斬撃に敬意を払って全て避けてやる。
「
シアンが作り出した世界が彼の言葉で震えていく。言葉の一片一片が力を持っている。常人が聞けばこれだけで死ぬだろう。いや即死多いな本当。
「
詠唱が完了する。世界がその相貌を変える。へえ。これはなかなか。
「
黄昏が歪み、捻じ曲がり、太陽が大きな禍々しい目になる。この世全ての生命を揺らがさんとする黄昏の瞳。そしてそれは今、俺を見つめている。
黄昏を見たことをあるもの、黄昏を知っているもの。それら全ての始まりと終わりを消す魔法か。恐ろしいほど高度な力だ。神域に片足どころか全身ずっぷり突っ込んでるぞ。おそらく名のある神ですらまともに喰らえば無事では済まない。俺には効かんけど。
あっ黄昏の目が潰れた。ごめんて。そんな瞳で見つめるからだ。
無詠唱で使ったどの魔法も素晴らしいが、この魔法は別格だ。これほどの魔法を生贄も儀式もなしで使うとは、本当に素晴らしい魔法使いだと改めて思い知る。どれほど研鑽を重ねればこの境地に辿り着くのか、想像もつかない。
「……勝負にもなりませんか」
「いや良い線いってるよ。超越前の俺なら終わっていた。今効かないのは気にすんな、しょうがないから」
「……しょうがない、ですか。黄昏の魔法、誰にも破られたことはなかったんですがねぇ……」
「そこはほら、俺だから」
出鱈目な、とため息が聞こえる。出鱈目で申し訳ない。俺マジで硬いんだよな。あらゆる面で。
んー、しかしこのままじゃあっちに勝ち目が万に一つもないな。……よし。
「勝利条件をあげよう」
「……内容は?」
「俺がこれから使う魔法をすごいって思ったら俺の勝ち。そうじゃなければ俺の負け」
シアンが訝しげな顔をする。そりゃそうだ、条件が曖昧すぎる。何より相手は魔法の深淵に足を踏み込んでいる者であり、一つの到達点だ。倒す魔法ならともかく、すごいと思わせる、これのなんと難しいことか。
ま、俺ならできるけどね。
シアンがにやりと笑う。
「魔法を極めたとは到底言えません。ですが、私はあらゆる神秘を目にしてきた。その私に"すごい"と思わせる魔法……是非、見てみたい。お願いします」
できるものなら。と言いたげな顔しやがって。
いいぜ。見てろよ。
目ん玉ひん剥いてやらぁ。
「
シアンの顔色が変わる。早いな、この段階でもう気がついたか。
そうだ。お前の想像通りだ。
「
お前が目指し、たどり着いた場所と真逆。お前が捨て去った理想の果て。
「
揺れる。風景が。揺らぐ。世界が。
さぁ、五感の全てで感じろ。
この俺の、力を!
「
私の黄昏が消え去って、そこには。
青い、青い空があった。広い山々と草原が広がり、大きな湖がそばにある。
気がつけば私は花畑の中に立っていた。蝶が飛んでいる。小鳥たちの囀りも、どこかから聞こえてくる。
ハッと気がつく。まさかと思い湖を覗くと、星々の広がる夜空があった。三日月が顔を覗かせ、夜風が優しく草たちを撫でているのが見える。
これは。
「
私の魔法を、黄昏の世界を。完全に真逆の世界に塗り替えたのだ。
私がかつて目指し、そして諦めた、この世界に。
「綺麗だろ。世界は」
顔を上げると、湖の上に彼は立っていた。
穏やかに──あまりにも穏やかに笑う、彼が。
「俺ってすごいだろ?」
素晴らしいものを見た。
人を超えてなお、人であろうとする者を。
世の苦しみを知ってなお、その美しさを信じる者を。
私も貴方のような強さが欲しかった。
それほどの力を持ちながら、世界を信じられる強さが。
「ええ。あなたは、すごいですよ」
限りない敬意をあなたに。ミスター天童。
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過去に色々あったけど特に語られない予定です
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