黒蛇、そして黄昏の主

 え、もしかして二番煎じだった?うわ、恥ずかしい……どうすんだよこの空気。



「やってる場合か!人がやられてんだぞ!」



 先輩に言われてハッとする。そういえばそうだった。ほーら怪我人くんたちこっちにおいで。

 ポンと空間ごと2人を手繰りよせてから状態を見る。うん、死にかけだわ。遅くなって申し訳ないね。


 まあ……治すか。えい。

 手をかざすだけであら不思議。致命傷から外傷の全て、なんなら腰痛なんかも治療完了。



「……マジかよ。ほぼ奇跡だろそれは」


「死後の復活は流石に面倒だけどな」


「冗談だよな?な?」



 さてどうでしょう。ぶっちゃけ死後数分なら蘇生余裕だけどね。あ、ガキはどうだ?



「あ、あのう……助けていただきありがとうございます……」


「怪我は……かすり傷くらいか。これに懲りたらもう危ない場所に近づくなよ」



 そもそも今回の件、多分けどな。言うこともないだろう、これを教訓にして強く生きてくれ。



「あの、不治神様は……?」


「フジガミ?あぁ、あの黒蛇ね。まだ生きてるけど虫の息だろうな」



 どうでもよすぎて意識の外にやっていたそいつの姿を見る。2回目むかついて強めに叩いちゃったからなー、思ったより死にかけてら。ウケる。



「……不治神様も、助けてくれませんか?」



 ほお。自分を殺そうとしたものを助けて欲しい、か。



「なぜ?」


「不治神様は、昔はいい神様だったらしくて。たくさんの村人を救ってくれたらしいんです。今はあんなんですけど、村人がやったことを考えると不憫で……」


「ああ、違う違う。アレはそんないいものじゃない」



 伝承はやはり不完全なものになるし、人の主観ってのはいつだって自分たちに都合がいいな。



「アレは元来、怪我や病気などの穢れを喰らう怪物だ。別に善意でやっていたわけではないし、エサをくれる上で大層もてなしてくれるこの村の居心地が良くて住み着いただけ」



 別にそれだけならいいんだけどな。



「欲に溺れたんだよ。アレは。いつしか信仰によって知恵を得て神となり、穢れ以外も食いたくなった。その結果があのザマだ」



 ただの馬鹿の自業自得、としか言いようがない。信仰され、もてはやされ、己の領分を超えて罪を犯した。故に罰を受けた。それだけの話。



「……たとえそうだったとしても、不治神様に助けられた人がいて……それなのに、このまま、殺されちゃうのは」



 悲しいです。と、消えいるように呟く。

 人を喰らった神の末路として当然だと思うがね。だが、まあ。



「善性故の祈り、か」



 俺はそれを断れんよ。

 不治神とやらの顔に手を伸ばし、頭に触れる。もう二度と調子に乗るなよ。


 溜まっていた膨大な穢れを消してやる。不治神の身体が淡く光り、ざぁっと黒い灰のように穢れが散っていく。


 そこには、小さな1匹の白い蛇だけが残っていた。



「また間違えば次は殺す。いいな?」



 白蛇は恐る恐る、と言ったように頷いて、少年のそばに近づいていく。おい。


 そのまま少年の手をちろちろと舐める。舐めた部分から、かすり傷は消えていた。助かったから早速食事ってか?殺したろうか?あ?

 殺気を込めて眺めていると少年の方があたふたと蛇の前にたち、庇い始めた。



「あ、あの!違います!これは、感謝の気持ち、らしいです」


「……心を通わせたか」



 今度はしっかり守り神やりますってことね。おめぇ縁繋いだから変なことやったらすぐいくからな覚えてろよ。


 殺気を感じているのか白蛇がぶるりと震えながら一生懸命に頷く。ったく。



「よし。先輩!帰るぞ」


「……俺、何もしてねぇなぁ」



 何言ってんだこの人。



「そもそも先輩が俺に依頼しなかったら助けられなかった人たちでしょうが。それに責任持ってついてきてくれたでしょ」


「いやそりゃ俺が頼んだことだし着いていかないとな」



 そういうとこだぞほんと。真面目すぎるんだから。



「あの!ありがとうございました!」


「礼なら先輩に言いなさい」


「先輩もありがとうございました!!!」



 こら。先輩って何だ……?って思うな。失礼でしょ。先輩は先輩じゃい。


 ……あ?



「すまん先輩。先に帰すわ」


「え?ちょ……またあれ?いや勘弁オワー!」



 とりあえず先輩を先に自宅に送る。あんたは双子といちゃついててください。



「おい蛇。おじいさんと坊さん寺の中に運んどけ。それくらいできるだろ?」



 蛇がえっ私がやるんですか?って顔をする。やれ。殺すぞ。

 慌てて蛇が動く。最初からやれや。



「あ、あの……?」


「気にすんな。寺の中で眠っとけ。あと夜が明けるまで外に出るなよ」


「……わかりました」



 おずおずと少年が寺の中に入っていく。やっぱり人間素直が一番!






 そして誰もいなくなったあと、静寂が訪れる。呼ばないと来ないつもりかよお前。



「さっさと出てこんかい」


「まあ気づかれてますよね。当然」



 何もない空間からぬぅっと老紳士が出てくる。

 オールバックの黒髪、顎に黒い髭。黒いスーツにモノクル、白手袋に白い靴。見た目は60代くらいか。ガタイはかなり良い。胡散臭さの体現かお前は。

 何より印象的なのは黄昏のように昏い瞳、か。



「一か八かにかけるのは相手への敬意がねぇぞ」


「少しでも可能性があるなら試していいと思いますけどね、わたくしは」



 こいつ絶対読みじゃなくてブッパするタイプの人間だろ、許せん。

 まぁとりあえず対話するか。



「あの蛇解放したのお前だろ」


「そうですね。私観光でこの国に訪れているのですが、ついでにそこら辺の神や妖を回収してまして。ああ、もちろん問題なさそうなものを選んでますよ」



 ふぅん。そこら辺はどうでも良いが。

 見る。相手をよく見る。て、て、て、る。



「あの程度の神格を取り逃がす技量じゃねぇだろ。わざとやったな」


「うちの部下から蛇を数刻泳がせれば面白い出会いがあると連絡がありまして。実際、あなたと出会えたわけです。そうでしょう、ミスター天童」


「俺もどうやら有名人らしい」


「配信の方、いつも楽しく見ていますよ。非常にユニークな内容だと思います。企画はもう少し練られた方が良いと思いますがね」



 うるせぇ。企画に言及すんなダボカスが。



「神秘を広める俺が気に食わなくて殺しに来たか?」


「私個人としてはあの活動は気に入っています。神秘を秘匿する時代はそろそろ終わりを迎えた方が良い。限界も近いでしょう」



 ほう。話がわかるじゃねぇか。相当歳もいってるだろうに、頭の柔らかい爺さんだこと。

 ただ。



「組織としてはどうだ?」


「悲しいかな、皆私のように柔軟ではないようです。あなたの殺害計画が100を超えたところで嫌になって日本に旅行に来ましたよ」


「モテモテで困ったもんだ」


「あなたは魅力的ですからね。さぞ多くの方から狙われるでしょう」



 俺自身が狙われるのはどうでも良いけどなぁ。



「俺の周りに手を出したらダメだって部下に伝えといてくれよ」


「そもそも、でしょう?ずいぶん多くの力をお持ちのようで」



 こいつ先輩見た時に勘付いてるな。めんどくせぇ。



「蛇が一般人に被害を与えたらどうするつもりだったんだ?」


「もしあなたが間に合わなかったり、敗れるようでしたら私の方で回収して一般人の方は治療する予定でした。万が一にもあり得ませんが。あなたは強いし、部下の予言は優秀だ」



 ギリギリまで待ったので多少ヒヤヒヤしましたがね、とぼやく。一応良識はあるらしい。わざわざリスクを取るなよって話ではあるが、許せなくはない。



「ああそうだ、私だけ名を知っているのも失礼ですね。こちらも名乗らせてもらいましょう」



 モノクルを触りながら、こちらの目を見つめてくる。雰囲気が変わったな。




「結社【黄昏の旅人】、第一位。ウェルトラス・ルーゼシアンと申します。気軽にシアンとお呼びください」




 その言葉と共に。


 世界が昏く塗り替えられる。


 命そのものが揺らぎ、存在の境界は溶け出していく。


 星々の煌めきも燦々たる陽の光も届かない黄昏だけが目の前に広がる。


 ふむ。なるほどね。名そのものが力を持っている。



「"超越"済みか」


「そういうことです。もっとも、あなたの前ではなんの自慢にもならないでしょうが」



 恥じらうように顔を手で隠す。やめんかジジイ似合わねーぞその仕草おい。



「一応、組織人としてあなたと会ったならば戦わないと立場的に部下に顔向けできないのですよ」


「第一位ってんなら好きに振る舞っても問題なさそうだがね」


「はい、全て言い訳です。実のところ、貴方とお手合わせがしたいだけなんですよね」



 そっちの本音の方が好きだぜ、俺は。


 膨大な魔力が大気に渦巻く。沈みかけた日が向こう側に見える。地面は延々と続き、薄く揺蕩う水が夕焼けを反射している。



「では私は全力で殺しに掛かるので、適当にあしらってもらえれば幸いです」


「あいよー」



 いいね。

 こいつ、それなりに強い。


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