お前あの祠壊したんか!?
「お前あの祠壊したんか!?」
じいちゃんに急にそう言われた時はびっくりした。突然のことだったのもあるし、随分聞き慣れたフレーズだったからだ。主にSNSで。
「じいちゃんも流行りに乗ったりするんだね。でもそれちょっと古いよ、今の流行りはね〜」
「なんの話をしとるかわからんが多分違うぞ!お前、裏山の祠を壊しただろう!」
どうやらじいちゃんは必死になって若者の流行についていこうとしているわけではないらしい。この顔は本当に焦っている顔だ。でも、なんのことだろう。裏山の祠……?
あっ。そういえば昨日裏山を探検して遊んでる時、木に登ったんだった。それで落ちた時に何かを下敷きにして壊しちゃったような?
「あー、多分壊しちゃったかも。ごめんなさい、大事なものだった……?」
「なんということだ……!あそこには近づくなと言ってあったろう……!」
じいちゃんが頭を抱えている。えっ。これ本物だったりする?あっ僕死ぬ流れ?えっ?まさかね。
「すぐに寺に行くぞ!あそこならなんとかしてくれるかもしれん!」
「うわぁマジか……本当にそういう流れなんだ……」
まさか自分の身にこんなことが起きてしまうなんて。僕は半ば諦めながら『お前あの祠壊したんか!?ってリアルで聞いて今感動してる』とSNSで呟いた。
「これは無理ですね。もう助かりません」
「そんな……!そこをなんとか……!たった1人の孫なんです……!」
「ネタみたいな流れでも自分で味わうのって普通に怖くてやだな……」
寺まで来て言われた第一声がこれだとまるで現実感がない。悪い夢だろこれ。SNS中毒のガキに対する罰としては重すぎませんか?
「不治神様の強いお怒りを感じます。少なくとも私の力の及ぶ領分では……」
「あぁ…………大丈夫だ、大丈夫、オレがなんとかしてやるからな……」
「ちょっじいちゃんやめて!犠牲になろうとしないで!祠壊したの僕なんだから僕だけ死ぬから!」
いや死にたくないけどじいちゃんまで巻き込まれるのは嫌だ!完全に僕が悪いし!死にたくないけど!
現実感を完全に失いながら僕がじいちゃんに縋り付いていると、住職さんが急にあっと声を上げる。
「いえ、なんとかなるかもしれません。あなた方は時期が良かった」
「「本当ですか!?」」
ここから逆転できる方法があるってマジ!?誰でもいいから助けてくれー!
「私の知る限りもっとも頼りになるであろう方と、今なら縁が繋がるかもしれません。とにかく試してみます」
「おぉ……!」
よく分からないけどありがたい!正直めちゃくちゃ助かりたいです!なんでもするので!
「依頼募集ページ……あった。よし。
【依頼をお願いしたいです。私はずっと蘇我山様のファンで、配信当初から動画は全て視聴済みであり、グッズなども誰よりも先んじて集めておりました。個人的には恐山回も相当好きなのですが、やはり隠れた名作回として一発ギャグ100連発〜with桐ヶ崎峰〜がもっとも素晴らしいと思います。初期特有のあの迷走感、今では見ることのできないお二人の初々しいお姿、本当にありがとうございました。あの気まずい空気、何度見ても(これアーカイブ消さなくて大丈夫なの?)と思わずにいられません。
思わず熱く語ってしまいましたが、話を戻しますと近所の子供が土地神様に呪われてしまいました。解決は難しいかもしれませんが、報酬は惜しみません。住所は○○県の不治村です。何卒よろしくお願いいたします。】送信、と。あとは蘇我山様と天童様にお任せしましょう」
「なんか前半全然関係ない強火のきついファンメじゃなかった?」
誰に何を送ってるんだこの人?本当に大丈夫?これやっぱダメなやつじゃない?
「これで大丈夫なはずです。上手くいけば蘇我山様が来てくださるはず」
「おぉ、ありがたや……」
「……Vtuberでそんな人いたような……」
なぜVtuberに依頼を……?と思ったがこの状況、何が起こっているかも把握していない僕に発言する権利はないだろう。そもそも悪いのは僕だし、助けてもらえるのならこれ以上ありがたいことはない。
「とりあえず今日一晩はこの寺に泊まっていきなさい。今夜だけならなんとか耐えられます」
「ありがとう、ございます……!よかったなぁ……!」
「じいちゃん……ありがとうございます。ごめんなさい」
迷惑をかけてごめんなさい。
僕のためにここまでしてくれてありがとう。
生きてたら、絶対に恩は返します。何年掛かっても。
夜。森が寝静まった頃。
僕たちは部屋の中に3人で集まっていた。
「とりあえず簡易的な結界は敷きました。一晩ならなんとか耐えられるはずです」
「あの、本当にありがとうございます……聞きたいことがあるんですけど、不治神様ってどんな神様なんですか?」
流れでここまで来てしまったが、僕は自分が祠を壊してしまった神様さえ知らないのだ。自分がやってしまったことが如何にまずいのか、多少は知っておきたい、と思う。
「不治神様はな、この村の村の守り神だったんだ……」
そして、じいちゃんの方が話し始めてくれた。
「あるとき怪我をした村人がおってな。もう助からんほどの怪我よ。そのままいけば死ぬしかなかった。そこにな、白い蛇が来て怪我がある部分を喰らったんだ。喰らった部分からは怪我だけ消えて、すっかり元通りになっていた」
……いい神様じゃないか。僕は、そんな神様を怒らせちゃったんだ……
「村人たちは不治神様を大いにもてなした。不治神様もここを気に入り、土地の守り神になってくださった。捧げ物と引き換えに、どんな怪我も、病さえも治してくださった」
……不治神様にも、謝らないと。祠を壊してしまったことを、ちゃんと謝罪しなければならないなと。改めてそう思った。
「故にここは不治神様が居られる村として不治村と名前が改められた。……だがなぁ」
ん?
「傷を喰らえば喰らうほど、不治神様は黒く、そして大きくなっていったらしい。そして……そして、不治様はとうとう傷や病以外も喰らうようになった」
あれ?なんか不穏じゃない?大丈夫?
「オレたちのせいだ。何でもかんでも不治神様に頼りすぎたんだ」
あっこれあかんやつだ。
「オレたちは、不治神様に毒を盛った……そして動けなくなった身体をバラバラにして、祠へと封じ込めた」
オチがやばすぎる!これもしかして先祖代々までめちゃくちゃ恨まれてませんか?やばくない?マジでやばくない?やばい語彙が死ぬ。
「ただ、あの場所は普通には近づかないように有刺鉄線やフェンスなどで守っていたはず。……おそらく招かれましたね」
めちゃくちゃ慌てているとそんな不穏な言葉が聞こえる。招かれた……?
「おそらく君を利用して封印から逃れようとしていたのでしょう。しかし、毎年必ず封印を確認していたのにこうなるとは……祠を壊したとき、下から何か出てきませんでしたか?蛇の体の一部のような」
「いえ、なにも……特になかったと思います」
住職さんの顔が険しくなる。何かぶつぶつと考え事をしている。あれっこれもしかして祠を壊したこと以外にもなんか問題が発生してたりする……?
「身体がなかったということは、招いたのではない?……身体が、何者かにすでに持ち出されていたのか……?まさか!」
そのとき。
どぉん!と外から大きな音がした。
何か大きなものが、ぶつかる音。
そして、僕の目線の先には。
「分体ではない!これは既に本来の力を取り戻している!」
巨大な、黒い蛇がいた。
「まずい、結界が……!」
黒い蛇がもう一度突進してくると、空間に派手なヒビが入る。そして、粉々に薄い膜のようなそれは砕け散ってしまった。
「せめて、子供だけでも……!早く逃げてくれ!」
「ゔぉォォォォォ!」
じいちゃんが叫びながら蛇に向かっていって、当たり前に吹き飛ばされた。
住職さんが僕を背にして立ち、お経を唱え始める。黒蛇は意にも介さずその身体を大きく動かし住職さんを弾き飛ばした。
「あ……」
もう既に、蛇の口は目の前にあった。
これは、助からない。
ごめんなさい。
「ただのキーック!」
黒蛇がありえないくらい吹っ飛んだ。
え?
「こ、こわかった……もうやめてくれよこれ……」
「ごめんて。見積もりが甘かったわ。すっ飛ばしてくるしかなかったんよ」
そこには、黒蛇の代わりに2人の男の人がいた。1人はフードを被り狐のお面をつけていて、もう1人は素顔のまま。ちなみに吹き飛ばしたのは素顔の人の方だ。
「さてさて。いやこの状況、まさしくだな。ここで言わざるしていつ言うというのか。うむ。まさに天機」
「いやあの、ふざけてる場合じゃなくね……?あの黒蛇やばいだろ……」
うんうんと頷きながら独り言を言っている人と、それを宥めるフードの人。あの姿で仮面フードの方がまともなことあるんだ……
わけもわからずぼんやりと眺めていると、黒蛇がすごい勢いでこちらに向かってくるのが見える。あぁっ!ダメだ!
「ちょっと大人しくしてろ馬鹿」
平手打ちでもう一度黒蛇を馬鹿みたいに吹っ飛ばした。えぇ……
「えぇ……」
ほらフードの人も呆れてるよ。
ごほん、と男が咳払いをして。僕を指さして言った。
「お前、あの祠壊したんか!」
「…………それ、昨日聞きました……」
なんなんだこのひと……
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