魔法少女になりたかった男の話

 僕の人生は、端的に言って膿んでいた。


 小さい頃に見た魔法少女が出てくるアニメに憧れた。好きだったんだ。いや、今でも好きだ。その気持ちは否定できない。


 さまざまな姿に変身し、可憐に戦う姿が好きだった。鮮やかで力強い魔法が好きだった。絆を信じ、仲間と共に世界を守る彼女たちが好きだった。


 親に伝えると苦笑いされた。子供心に、ああこの人たちは僕がこれを好きなのが嫌だと思ってるんだ、と感じた。


 成長するにつれて、僕は女の子になりたいと思うようになった。いや、正確には、女の子になりたいというよりは、可愛くなりたかったのだと思う。僕はまだ魔法少女になりたかったんだ。


 学校では当たり前のようにいじめられた。男女、オカマ、もやし。散々な言われようだった。高校生になって髪を伸ばせるようになって、喜んで伸ばした艶々の髪は引っ張られ、切られ、むしられた。


 僕が悪い。


 僕は可愛くなりたかった。可愛くなれば、女の子のような格好をすれば何かが変わるんじゃないかと思っていた。だから母の服を貸してもらった。


 服を着た僕は自分で言うのもなんだけど割と可愛かったと思う。母も私そういうの理解あるのよって顔して応援してくれた。ただ、父に見られたのが良くなかった。怒鳴られ、殴られた。男なんだから男らしく生きろと。


 それをきっかけに両親は一気に不仲になった。離婚こそしていないが、両親にとってお互いは存在してないも同然になっていた。


 これも僕が悪い。


 おかしな僕が悪いのだ。僕がおかしくなければ、両親の温かな日々は壊れることなく、いじめに遭うこともなかった。


 僕がいなければ良かったのかな。


 そのまま僕は社会に出ることができず、引きこもりになった。最初のうちは泣きながら布団の中で親に謝り続けていたけど、そのうち環境に慣れてしまった。


 何をする気力もなく、引きこもり続けた。ただパソコンの画面に映る鮮やかな情報だけが僕の世界になった。


 そして僕はVtuberを見つけた。


 当たり前のように憧れた。現実とは違う姿で、現実とは違う世界観で生きている彼ら彼女らになりたいと思った。


 だけど、Vtuberオーディションに行けるような度胸は僕にはなかったし、自力でVtuberになれるような技量も僕にはなかった。ただ憧れるだけ。


 憧れて、憧れて。ずっと見ていた。楽しそうに笑うあの人たちをずっと見ていた。多分、生きる支えになっていたと思う。


 変わりたいと思った。変えなければいけないと。外の世界に出て、自分を変えなくちゃ、何も変わらないと。


 僕は部屋の外に出た。親の驚いた顔が、少し誇らしかった。スーツを着て、就職活動をして。やがて一つの会社に就職することができた。


 そこは地獄だった。僕はゴミのように使い潰された。


 休みの日、外でぼーっとしていたら、少しも、ほんの少しも動けなくなって、立ち上がらなくちゃ、立ち上がらなくちゃと思っているのに身体が動かない。そのうち夜になって、僕を探しにきた両親に病院に連れて行かれた。どうやら鬱という病気になっていたらしい。


 僕はまた自分の部屋から一歩も出ることができなくなった。今度は涙も出なかった。


 動くこともできず、寝ることもできず。ただぼーっとしていた。悪い考えだけが頭の中を巡っていて、死のうと思った回数なんてとても数に表せないくらいだった。


 そんな日々がただ過ぎていって。僕はまた、Vtuberを見始めた。


 こんな風になりたかったな。こんな風に生きたかったな。うるさい、蛆虫が。僕みたいなのが何になれるって言うんだ?頭の声がこんがらがって言葉がぐちゃぐちゃになる。


 魔法が欲しかった。


 この膿んだ僕の世界を変える魔法が。



 そうして僕は、神様を見つけた。



『うーい聞こえてる?』


 神様は不思議な力を持っていて、逃亡中だった殺人犯を自らの手で自白させた。そのネットニュースからたまたま僕は神様を知った。ゲームも当たり前のように超人的に上手で、パソコンの前にいる人間のことをなんでも読み取れて。まるで全てを持っているようだった。


 神様みたいな力が僕にもあれば。僕は神様の動画を何度も何度も何度も何度も何度も見ていた。


 神様が大きな怪物たちを、一瞬で蹴散らして行く姿を見た。姿形は違えど、まるで魔法少女のようだと思った。


 神様、神様、ああ神様。僕にも、僕にもどうか。どうかください。世界を変える力を。世界が変わってしまうような力を。


 そう願って、願って、願っていると、神様は望みを叶えてくれた。


 望むならば力をくれると。そう言ってくれた。


 やっぱり神様は神様なんだ。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。僕に力をください。魔法をください。魔法、魔法を。



『これだけ聞いてもまだ力を欲しがる奴らはただの馬鹿なのか、それとも大物か』



 魔法を!魔法を!魔法を!魔法を!魔法をください!僕に!


 お願いします。


 全てを捨てたっていいんです。


 他に何もいらないから。


 魔法をください。



■■■、■■■■■■■■求めよ さらば与えられん



 まず初めに、ぐにゃりと自分自身が歪んだ。全身が軋み、当然に僕の方から漏れた悲鳴に気がつきもしなかった。


 次に世界の声が聞こえた。祈りが、悲鳴が、叫びが。この世の全ての声が聞こえた。


 そして僕は、生まれて初めて目を開いた。自分が今まで見ていたものが全て偽りだったことに気がついた。世界はもっと鮮やかで、命に満ち溢れていた。


 変わっていく。自分が変わっていく。世界が変わる。変わる。


 そうして何もかもが変わってしまった後、僕は倒れ込んでいたことに気がつく。


 感じる。自分の中に満ちる力を。


 感じる。世界を巡る力を。


 魔法を、感じる。


 喜びが、圧倒的な喜びが爆発する寸前に──



「お前に必要なのは魔法じゃなくてメンタルカウンセリングじゃねぇかなぁ」



 後ろから声が聞こえて。振り返るとそこには神様がいた。

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