第9話 噛ませ令息、魔神を召喚する
魔法陣がよりいっそう強く光った。
「ん。何か出てくる」
「ラル!! 姉ちゃんと一緒に捕まってた女の子と部屋の外に出てろ!!」
「あ、う、うん!! 分かったよ、領主様!!」
「代行な!!」
ラルが慌てて部屋から出て行く。
これで子供たちが俺とアリルのやらかしに巻き込まれることはないだろう。
「――問おう」
空気が重くなった気がした。
部屋全体に邪悪な魔力が満ち溢れ、俺は思わず後ずさる。
逆にアリルは前に出た。
いつもは無表情であるアリルが全身の毛を逆立てて好戦的な笑みを浮かべている。
ちょっと引いた。
ゲームのアリルは別に戦闘狂ではなかったのだが、何故この子はちょっと楽しそうにしているのだろうか。
俺がレベリングをさせたからか?
そんな呑気なことを考えていると、光が収まって中から人が出てきた。
「お主が、妾の召喚者か?」
俺に向かってそう言ったのは、十歳くらいの幼い少女だった。
ピンクブロンドの長い髪と美しい青い瞳。
華奢で小柄な体躯をしているが、身にまとう衣装は露出度が高く扇情的で、筆舌に尽くしがたい色気を放っていた。
頭からは禍々しい角、腰の辺りからはコウモリを彷彿とさせる翼と竜の尾が生えている。
「こ、これが、魔神……」
……どうしよう。
すごく運命っぽい台詞を言う魔神が姿を現しやがった。
いや、そうじゃない。
ゲームでも同じ台詞を言って登場した魔神だが、そこはいいのだ。
問題は――
「な、なんか、小さいな……」
「ん。小っちゃくてかわいい」
というかゲームに登場した魔神はもっとこう、禍々しい怪物だった。
どうして露出度高めのロリなのか。
あ、まだ時期的に早いから、召喚用の魔法陣が未完成だったのかな。
「おい、貴様ら。妾のこの美しい姿を見て抱いた感想が小さいだけとは――待て。お主らやたらデカイな」
「いや、俺たちが大きいわけじゃないぞ」
「……おい、待て。ちょっと待つのじゃ。お主ら、鏡は持っておらんかの?」
「ん。部屋の隅に姿見がある」
アリルが部屋の隅に置いてあった姿見を指差すと、魔神は慌てた様子でその中に映る自分の姿を見た。
「な、ななな、何じゃこれは――ッ!!!!」
「何だと言われても、な?」
「ん。小っちゃくてかわいい」
「ええい、黙らぬか!! 本来の妾はもっと強大で竜のような姿をした大魔神なのじゃぞ!!」
知っている。
作中では完全な召喚に失敗したため、大分小柄な怪物だったが、本来は街よりも大きな竜のような怪物と語られていた。
今回の場合は失敗の中の失敗、大失敗召喚だったのだろう。
「ふ、ふん、まあよいのじゃ。妾はどのような姿であれ魔神。召喚者はそこの小僧じゃな?」
「不本意ながらな」
「……ほう。お主、死相が出ておるのう」
「死相?」
「うむ、妾には見えるぞ。お主はそう遠くない未来、大いなる災いに巻き込まれて死ぬであろう」
本来なら鼻で笑いたくなるような胡散臭い魔神の予言に、俺は思わず身体を硬直させた。
大いなる災い。
最近はカタストロ領の整備に頭がいっぱいで考えていなかったが、俺には魔神の予言に心当たりがあった。
魔神がニヤリと邪悪に笑う。
「よいのうよいのう、その顔。不思議な形をした魂といい、お主の魂の味が気になって仕方ないのじゃ」
「……契約はしないぞ。魂を食べられたくないからな」
「ほう、よいのかの? お主が大いなる災いを退ける上で妾の力はさぞ役に立つはずなのじゃ」
こちらが契約したくなるように誘惑してくる厭らしい魔神である。
「契約はしない。アリル、撤収するぞ。この部屋にある素材は使えそうなものばかりだから、あるだけ掻っ払え」
「ん。レッツ押し入り強盗」
俺とアリルは行動を開始した。
院長が隠し部屋に保管していた魔物の素材や錬金釜で合成したアイテムを袋に詰め込む。
それに焦りを見せたのは、魔神だった。
「ま、まあまあ、そう言わずにゆっくり話でもしようではないか」
「遠慮しとく」
「待て待て!! そうか、お主は妾の力の偉大さを理解しておらんのじゃな? 仕方ないのう!! お試しとして力を見せてやるのじゃ」
「いや、要らな――」
「まずは金なのじゃ!! 妾の力があれば金には困らぬぞ!! ほれほれ!!」
そう言って魔神は何十枚もの金貨を生み出し、地面に放った。
俺はその一枚を拾って本物か確かめる。
「……本物だな」
「ん。金ピカ」
「くふふ、偽物を作るなどセコイことはせぬのじゃ!!」
俺は無言で金貨を拾い、懐に入れる。
「じゃ」
「ん。お試しの金貨はありがたくもらう」
この金貨はあくまでもお試し。
いわば試供品だ。スーパーの試食と同じと思っていいだろう。
つまり、持ち帰ってオッケーなのだ。
今度こそ帰ろうとすると、魔神は更に慌てた様子で俺たちを呼び止めた。
「ちょ、待て待て待て待て!! お主ら本当に待ってほしいのじゃ!! そ、そうじゃ!! 魔力はどうじゃ!? お主に無限の魔力をくれてやろうぞ!!」
「んー。ちょっと魅力的だけど、遠慮しとく」
「遠慮するでないのじゃ!! 何事もチャレンジしてみるものじゃぞ!! 挑む心こそが人間を成長させるのじゃ!!」
必死に俺に契約を迫る魔神を見て、アリルが首を傾げた。
「ん。どうして魔神はそこまで必死なの?」
「こいつらは召喚者と契約しないと召喚された場所から動けないんだよ。放っておいたら消滅して魔界に強制送還される」
だからまあ、契約者が何もしないなら基本的に魔神は無害なのだ。
院長は主人公らに追い詰められて、召喚した魔神に主人公らの抹殺を命じるため戦闘に突入するのだが……。
今回は召喚者が俺なので無視すればヨシ。
「ま、待て!! お願いなのじゃ、待ってくれぇ!! もう魔界は嫌なのじゃ!! あんな真っ暗で何もない場所にいとうないのじゃあ!!」
そんな悲痛な魔神の声は無視して隠し部屋を出ようとすると。
アリルがピタッと足を止めた。
「……おい、アリル。相手は魔神だ。変な同情はするな」
「ん。主様の命令は絶対。……でも……」
「……はあー」
アリルは俺にかなり従順だ。
それが奴隷としての立場を弁えているからか、それとも単純な好感度から取る行動かは俺には分からない。
でも少なくとも、ここで魔神を無視したらアリルとの関係に変化が生じるだろう。
正直、不要なリスクは負いたくない。
でも同時に、魔神の言う大いなる災いや今後いつ関わるか分からないイベントに対処するにはアリルの力が必須だ。
「ったく、仕方ねーな」
「ん。主様はやっぱりカッコいい」
「勘違いするな。ちょうど今、面白いことを考えただけだ」
俺は魔神の前に立ち、契約を持ちかける。
「おい、魔神。契約してやってもいいぞ」
「!? ほ、ほほう!! お主は何を欲する? 金か? 魔力か? はっ!! それとも妾だったり?」
「……まあ、最後のは強ち間違ってないな」
「ほぇ?」
俺の言葉に魔神が目をぱちくりさせた。
すると、次第に顔を耳まで真っ赤にして捲し立てるように早口で話す。
「ま、待て待て!! 妾は魔神じゃぞ!? これでも一応、人類の敵対存在で……そ、そもそもこのちんちくりんな姿は本来の妾ではないし、急にそんなこと言われても、こ、困るのじゃ。い、いや、嬉しくないかと言われたらそうではないのじゃが!! もう少しそう言うのはお互いのことを知ってからの方がいいと思うのじゃ!!」
「……いや、勘違いさせる言い回しをしたのは謝る。俺がお前と交わしたい契約は――」
俺は契約の内容を告げた。
「お主、悪魔か?」
「魔神に言われるのは心外だぞ」
「ん。主様は鬼畜。でもそこがカッコイイ」
「おいコラ、アリルおいコラ。ご主人様のことを鬼畜呼ばわりはやめてもらおうか」
俺はニヤリと笑って魔神と対峙する。
魔神は眉間を親指で軽くマッサージしながら唸り始めた。
「う、ううむ。じゃが、その契約では妾は役立たずじゃぞ? よいのか? 本当に?」
「そっちが嫌ならいいんだぞ」
「むぅ、背に腹は代えられぬのじゃ。よかろう、お主と契約を結ぶのじゃ」
俺はガッツポーズをした。
俺が魔神に持ちかけた契約はそう難しいものではない。
ただ『俺の死後、俺の魂を奪わない』という内容の契約である。
これで俺は魂を取られる心配はない。
しかし、この地に残る以上は魔神も大いなる災いから身を守らねばならない。
魔神はジョーカーだ。
災いには魔神をぶつけるんだよ、の精神で切り札として取っておくのである。
「さて、もうここに用はない。撤収するぞ」
「あ、待つのじゃ。まだ大切なことを言ってなかったのじゃ」
「ん?」
魔神が俺を呼び止める。今度は何だろうか。
「妾はイヴリス。魔神イヴリスなのじゃ」
「……俺はシュトラウス。カタストロ領の領主代行だ」
「ん。私はアリル。主様の忠実な下僕」
こうして俺は魔神改めイヴリスと契約したのであった。
錬金釜も手に入ったし、細かいことは気にしなくていいよな!!
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「人知を越えた力持ってる系幼女がチョロいと色々興奮する」
シュ「お巡りさん、こいつです」
「必死な魔神で笑った」「魔神ちゃんチョロい」「この作者はいい加減捕まった方がいい」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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