第8話 噛ませ令息、犯人を確保する





 俺たちは三日かけてルネ村に向かった。


 ラルは一刻も早く姉を助けたいようだったが、そうはいかない。


 下手したら戦闘になる可能性があるからだ。


 それにゲームのシナリオ通りならラルの姉も無事なはず。

 ならばより安全にイベントを終わらせるためにアリルをレベリングしたい。


 というわけで、道中で見かけた魔物を片っ端から倒しながらルネ村に向かった。


 もうこの辺りの魔物が群れて襲ってきてもアリル一人で討伐できるため、レベル15くらいはあるだろう。


 俺の支援魔法を掛けたら適性レベル20くらいの魔物を相手取っても負けることはないはずだ。



「ここがルネ村か」



 到着したルネ村は、何というか普通だった。


 田畑はどこも荒れているが、カタストロ領ではよく見られる景色だ。



「ラル、孤児院はあっちだな」


「う、うん。なんで知ってんの?」


「俺に知らないことはないのさ」



 俺はルネ村の孤児院に向かう途中、アリルに支援魔法をかけておく。



「いつでも戦えるようにしておけ、アリル」


「ん。戦闘?」


「そうだ、誘拐の犯人が現れたら合図を出す。一気に制圧しろ」


「ん。了解」



 アリルと軽い打ち合わせを済ませ、俺たちは孤児院に到着した。


 ルネ村の孤児院は外壁がボロボロになっており、老朽化していると一目で分かる。

 孤児院の門を潜り、ラルが玄関の扉を開けると人が出てきた。


 人が良さそうな眼鏡をかけた糸目の青年だ。



「ラル!! どこに行っていたのですか!! 心配したのですよ!!」


「院長先生!! 領主様を連れてきたんだ!! 姉ちゃんを探してくれるって!!」



 青年はルネ村の孤児院の院長だった。


 ラルの様子を見るに、かなり慕われているであろうことが分かる。


 俺は青年を指差して一言。



「確保――ッ!!!!」


「「え?」」



 俺の合図に間の抜けた顔を見せるラルと院長。



「ん。制圧する」


「え、ちょ!?」


「よーし、これにて一件落着!!」



 俺の合図と同時にアリルが院長を拘束する。


 それを見たラルは信じられないものを見るような目で俺を睨んだ。



「なっ、院長先生に何するんだよ!!」


「何するも何も、お前の姉を拐ったのはこの男だぞ」


「そ、そんなわけないだろ!!」


「そ、そうですよ!! 誘拐? 身に覚えがありません!! 馬鹿馬鹿しい!! 領主代行なら何をしてもいいと思っているのですか!!」



 ラルと院長が一緒になって騒ぐが、こういう時は論より証拠。


 院長をふん縛り、俺は孤児院の中に入った。



「お、おい、どこ行くんだよ!!」


「お前の姉が院長室の隠し部屋に監禁されている。他にも何人か捕まってるはずだ」


「んな、馬鹿な……」



 俺は疑いの目を向けてくるラルを連れて院長室に入り、部屋の角に置いてある本棚の前に立った。



「えーと、たしか赤い背表紙の本を手前に倒せば――」


「!?」



 ガチャン。


 という何か金属がハマるような音が聞こえ、本棚が横にズレる。


 本棚の向こう側には薄暗い通路があった。



「ま、まじで隠し部屋が……」



 唖然としているラルを置いて、俺は遠慮なく隠し部屋へと入った。


 隠し部屋には窓がなく、薄暗い。


 湿気が多いのかじめじめしており、ちょっと変な匂いがした。


 アリルが不機嫌そうに眉を寄せる。



「どうした、アリル?」


「……ん。ちょっと奴隷だった時のことを思い出した」



 む。言われてみれば、たしかにアリルが入れられていた部屋と似たような環境だ。



「って、『だった』じゃないだろ。今でも俺の奴隷だろうが」


「ん。私は主様の奴隷。心も身体も、全部」


「あ、そう」



 アリルの言動を無視して隠し部屋を探索していると、鍵の付いた牢屋を発見した。

 その牢屋の中で十代半ばと思わしき少女たちが眠っている。



「ね、姉ちゃん!?」


「んぅ……あ、あれ? ラル? ラルなの!?」



 感動の再会を果たすラルとその姉。


 ラルの姉以外にも捕まっている少女たちは元気こそないが、目立った外傷はなさそうだった。


 ゲームではラルの姉含めて精神が壊れてしまっている子ばかりだったが……。

 救出するタイミングが早いからか、まだ大丈夫そうだった。


 いや、でも結構目が死んでるな。


 メンタルケア的なものをした方がいいのかも知れないが、そんな人材はうちのカタストロ領にいないからなあ。


 どうしたものか。



「主様、ここは何の部屋なの?」


「ん? ああ、あの院長は魔神崇拝者でな。魔神を召喚するために生贄やら儀式に必要な道具やらを集めたり、作ったりしてたのさ。――この錬金釜でな!!」



 俺は部屋の隅に設置してあった大きな釜を抱えてニヤリと笑う。


 この錬金釜こそ、俺が欲しかったアイテム。


 練金釜に魔物の骨や皮、鉱石のような素材を中に入れて放置しておくと便利なアイテムを作り出してくれる。


 主人公はこの錬金釜を使って装備を整え、次の戦いに備えるのだ。


 これがあれば金策は解決したも同然。



「いやあ、領内の犯罪者が一人減るし、錬金釜も手に入るし。最高っすわー!!」



 と、俺が一人でニヤニヤしていると。


 アリルが隠し部屋の床に真っ赤な塗料で描かれている魔法陣に気付いた。



「主様、これは?」


「あ、それは魔神を召喚するための魔法陣だ。あの院長が処女、つまりは拐った女の子たちの血を採取して描いたんだよ」


「これで魔神を呼べる?」


「ああ、院長は独学で描いたから完全な召喚には至らないけどな」



 レベルで言うと25くらいか。


 ゲームでは魔神崇拝者である院長が主人公に追い詰められて苦し紛れに召喚するのだ。


 序盤のボスだな。


 院長は最初こそ奴隷商人から買った処女の奴隷を使い、その奴隷から血を少しずつ抜き取って魔神召喚について研究していたが……。


 血は新鮮な方が魔神の召喚に成功しやすいと気付いてやり方を変える。


 より完全な形で魔神を召喚するため、より新鮮な血を捧げようと孤児院の子供たちを実験に使うようになるのだ。


 そして、その最初の被害者がラルの姉。


 この場にいる他の女の子たちは院長が奴隷商人から買い取った奴隷だろう。


 ……この奴隷たちの扱いも考えないとな。



「ん。どうすれば召喚できる?」


「やり方は簡単だぞ。まず召喚陣の中心に木彫りの魔神像を置くんだ。あとは呪文を唱えたら魔神が召喚される」


「ん。こんな感じ?」


「そうそう」


「ん。呪文はどういうの?」


「えーと、たしか『魔界より現れ出でよ。汝、我が願いを叶えよ』だっけか。これで願いを叶えてくれる魔神が召喚されて――ちょっと待て」



 俺はバッとアリルの方を見た。


 アリルは木彫りの魔神像を魔法陣の中心に設置していた。


 そして、俺は呪文を唱えてしまった。



「何やってんの!? ねぇ、なんで魔神像置いちゃったの!?」


「ん。魔神を見てみたかった」


「それだけの理由!? まじ何やってんの!?」


「ん。大丈夫、主様は私が守る」


「お前が言うな!!」



 いや、待て。まだ慌てる時間じゃない。


 魔神は召喚者の魂と引き換えに願いを叶える存在だ。

 上手く断れば何事もなくお帰りいただけるかも知れない。


 今回の場合、召喚者は呪文を唱えた俺だ。


 俺は妖しく光り輝く魔法陣を神妙な面持ちで見つめるのであった。


 


 



―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「これはシュトラウスが戦犯」


シュ「!?」



「秒で捕まる半人前w」「アリルやらかしてて草」「作者アリルの味方で草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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