第6話 噛ませ令息、横領犯を断罪する





 早朝。


 俺は大きな欠伸をしながら、硬いベッドで目を覚ます。



「ふぁーあ、よく寝た……。ん?」


「ん。おはよう、主様」


「なんで俺のベッドで寝てんだ?」



 一体どういうわけか、アリルが同じベッドで眠っていた。



「ん。主様が許可したから」


「俺が許したのは隣のベッドで寝ることな!! 狭いだろ!!」


「ん。主様、細かいことを気にするとハゲる」



 ハゲねーわ!!


 ……いや、遺伝子的にはハゲる可能性も十分あるのか。

 肉親よ親父がハゲだからな。抜け毛には細心の注意を払わねば。



「っと、夜中は何ともなかったか?」


「ん。ハエがうるさかったくらい」


「ハエ? ……スンスン。たしかに俺たち、ちょっと匂うな」


「ん。主様はいい匂いがする」


「お前の鼻、匂いに慣れておかしくなってるぞ」



 それから俺たちは宿の裏手にある井戸から水を貰って身体を拭いた。


 本音を言えば風呂に入りたい。


 しかし、風呂はこの世界で貴族や金持ちしか持つことを許されない代物だ。


 一種のステータスと言っても過言ではないため、見えっ張りな親父は高い金を払って領主邸に設置していたが……。


 勘当される前に入っておけば良かった。


 前世の記憶を思い出したせいか、風呂に入らないともぞもぞする。


 川で水浴びでもしたらさっぱりするだろうか。



「さて、これからどうしようかね……」



 勘当されてしまった以上、俺は市井に下って生きていくしかない。

 しかし、カタストロ領では悪徳領主の息子である俺はかなり嫌われている。


 他の土地に移って生活せねばならない。


 定職が見つかるまでは冒険者でもやって生活費を賄うべきか。


 少なくとも魔王軍の幹部が接触してこないよう、アーベント王国から遠く離れた地まで移動する必要があるだろう。


 と、思っていたのだが……。



「は? 親父が失踪した?」


「は、はい……」



 カタストロ領を出発しようと準備していた折に来客があった。

 領主邸で執事長をしている、ジルクニフという老齢の男性だった。



「今朝から姿が見えず、領主邸で働く皆で探したのですが、書斎にこれが」


「手紙?」


「その手紙にはただ旅に出る、と」



 到底信じられないが、たしかに手紙にはそう書かれていた。


 ゲームとはまるで違う展開だ。


 本当なら親父はシュトラウスのやらかしを謝罪するという名目で王都で暮らす勇者に媚びを売ろうと近づくはず。


 まあ、それも王女や公爵令嬢から悪評を聞いていた勇者には無意味だったが。


 急に失踪するという展開はない。


 もしかしたら俺の行動がシナリオに何か影響を与えたのかも知れないとも思ったが、その線も薄いだろう。


 主人公を決闘終わりでぶん殴った以外、俺はシナリオに沿って行動しているからな。


 考えても分からない。


 俺が一人で唸っていると、ジルクニフが言いづらそうに口を開いた。



「王国法に則るのであれば、シュトラウス様には領主代行をしていただきたく」


「俺は勘当された身だぞ?」


「しかし、シュトラウス様が戻らねば国に領地を没収されてしまいます」


「その方がいいんじゃないか? 領民だって税で苦しんでるだろうし」


「そ、それは……」



 額の汗を拭うジルクニフ。


 少なくとも領民にとってはいい話のはずだが、何か不都合でもあるのだろうか。



「……まあ、分かった。領主代行なら引き受けてもいいぞ。ちょうど風呂に入りたかったし」


「ほ、本当ですか!?」


「おう」



 こうして俺は領主邸へと戻った。



「主様、領主代行って何をするの?」


「さあ? 取り敢えずインフラ整備しときゃいいんじゃないか? あと領内の治安維持とか、魔物から領民を守ったりとか」



 生憎と俺は領主としての役割を学ぶ前に学園を退学になってしまったからな。


 前世で読み漁っていた内政無双系ライトノベルでやっていたことをなぞってみるくらいしか出来ない。


 まあ、取り敢えず。



「おい、ジルクニフ。ひとまず親父の趣味の悪い調度品は全部売り払っちまえ」


「え!? よ、よろしいのですか?」


「こういうのは他者に財力を見せつけるためのモンだろ。俺は親父みたいにただでさえ少ない金を贅沢のために使う気はない」


「か、かしこまりました」



 調度品は無駄に高そうなものばかりだし、そこそこまとまった金になるだろう。



「あとジルクニフ、領主邸で働く人間も減らせ」


「使用人をクビになさるのですか!?」


「暇を出すって言え。真面目に働いていて、やる気のある奴は残してくれ」



 領主邸は広さの割に使用人が多い。


 仕事をしないで同僚と駄弁っているような奴も何度か見たことあるし、人件費削減ついでに人員整理だ。



「あ、そうだ。ジルクニフ、伯爵家の帳簿を持ってこい」


「!? な、何故そのようなものを?」


「何故って、そりゃ領主代行だからな。金の出入りを管理するのは当然だろ。たしかジルクニフが親父に任されてなかったか?」


「そ、そうですが……」



 俺がそう言うと、何故か視線を泳がせるジルクニフ。



「……怪しいな」


「!? な、何が怪しいのですかな!?」


「まさかとは思うけどさ、ジルクニフ。お前、伯爵家の金をちょろまかしたりしてないよな?」


「し、心外です!! 私は真面目に伯爵家のために働いて――」


「じゃあ帳簿を持ってこい」


「わ、分かりました」



 ジルクニフは顔色を悪くしながら親父から任されていたであろう帳簿を持ってきた。


 俺はその中身をパラパラ捲って確認する。



「……一見するとおかしなところはないな。不自然な点もない」


「そ、そうでしょうとも!!」


「でもこれ、偽物だろ。多分、親父にバレそうになった時の言い訳用に作ったやつ」


「!?」



 ジルクニフがギョッとして目を見開いた。



「な、何故、何を根拠に!!」


「俺がちょろまかすならそうするから。あと単純にお前の焦り具合が怪しすぎる。アリル、ジルクニフの使用人部屋を漁ってこい」


「ん。了解」



 ジルクニフは顔面蒼白となり、その場で立ち尽くしていた。


 しばらくして、アリルが戻ってくる。



「主様、あった。引き出しの底が二重になっていて、そこに隠してあった」


「二重底か。厳重だな」


「シュ、シュトラウス様!! わ、私は――」


「アリル、ジルクニフを黙らせろ」


「ん」



 ジルクニフをアリルが取り押さえる。


 言い訳を必死に喚いているジルクニフだったが、俺は構わず帳簿の中身を確認した。


 ……ふむふむ。



「お? 十年くらい前から収入と支出に差があるな。年を経るごとに差が大きくなってやがる」


「っ、そ、それは……」


「言い訳は要らん。この金をどうしたかも聞かない」


「!?」



 俺の言葉に顔色を良くするジルクニフ。


 まさかとは思うが、俺が黙認してやるとでも思ったのだろうか。



「アリル、お前なら金の臭いが分かるよな」


「ん。このジジイの部屋の床下から妙に金物の臭いがした。多分そこに隠してる」


「よし、じゃあジルクニフは死刑だな。王国法に則るなら横領は立派な犯罪だ」



 俺の決定にジルクニフは間の抜けたような顔をする。



「お、お待ちを!! わ、わた、私は今までカタストロ伯爵家を支えて――」


「いや、どんな言い訳でも横領は許さん。晒し首にして各村を巡ってもらう。汗水流して働いた領民が納めた金を横領したんだ。ヘイト役になってもらうぞ」



 これで俺に対する領民のヘイトがマシになったらいいのだが……。


 逆に冷酷だと恐れられるか?


 まあ、それなら恐怖支配というのも手か。そのためには軍事力を拡大しないと。


 領主代行って大変そうだなあ。







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「ネームドはすぐ死ぬ」


シュ「殺してる張本人はアンタやで」



「アリルかわいい」「死刑死刑死刑死刑」「あとがきで笑った」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る