第5話 ヒロイン少女、完全犯罪する






 夜。


 私は人の気配を感じ取って、硬いベッドから身体を起こした。



『確かにここか?』


『ああ、間違いない』


『お、おい、本当にやるのかよ?』



 三人組の男が小声で話している内容を私の耳が明確に聞き取った。


 ここは主様の故郷、カタストロ領にある小さな村の宿屋。

 にも関わらず主様を狙っている狼藉者は部屋の外で突入準備をしているようだった。


 宿の亭主が手引きしたのか、はたまた狼藉者どもが勝手に侵入してきたのかは分からない。


 でも私の役目は分かっている。


 私は隣で眠っている主様を起こさないよう静かにベッドを抜けた。


 そして、部屋の扉の前に立つ。



『あの領主にはもう我慢できねぇ。ガキを人質にすりゃ身代金くらいは手に入るはずだ』


『その金でオレたちは他の領地に移住する!! そして、やり直すんだ!!』


『で、でもよぉ、もし捕まっちまったら処刑されちまうんじゃ……』



 賊の数は三人。でもうち一人は乗り気ではないらしい。


 私は扉を開いた。



「「「え?」」」



 間の抜けたような声を漏らす三人。


 その声で主様に敵意を抱いている二人を判断し、騒がれる前に爪で喉を裂いた。



「がひゅっ!?」


「ほぎゅ!?」


「え、は? な、何が――」



 唯一主様を襲うことに乗り気ではなかった様子の青年は攻撃しない。

 私は三人に物音を立てないよう、人差し指を口に当てて言う。



「ん。全員静かにして。主様を起こしちゃう」


「「「!?」」」



 主様は一度眠ったら中々起きないが、流石に部屋の外でドンパチやったら目覚めてしまうだろう。


 寝起きの主様は機嫌が悪い。


 カタストロ領へ来る途中、野宿している時に私の寝相の悪さが原因で起こしてしまい、本気で叱られてしまった。


 気を付けないと。



「うぐっ、お、おま、お前!! あのガキに無理やり従わされてんだよな? だったら協力しろ!! オレたちが逆らえねぇお前の代わりにあのガキを殺して――」



 黙らせようと思って喉を裂いたが、傷が浅かったらしい。

 仕方ないので三人組のリーダーと思わしき男の胸に爪を突き立てた。


 ずぶりと生々しい感触が伝わってくる。



「え……?」


「ん。魔物を殺すのとは違った感触」


「は、え? な、なん、で……」



 私は爪を引き抜いて、ハッとする。



「ん。しまった。この殺し方は色々と汚れる」


「こ、このガキ、よくもカッサンを!! ぶっ殺してやる!!」


「騒ぐなと言った」


「!? な、なんだ、速っ――がひゅ!?」



 私は男の反撃を躱し、跳躍して側頭部に回し蹴りを打ち込む。


 意識を刈り取ることに成功した。


 あとは人気のない森で息の根を止めてしまえば解決だ。



「ひ、ひいっ!! た、助け、助けてくれ!! オ、オレは二人に無理やり誘われただけなんだ!!」


「……私はずっと騒ぐなと言っている」



 私がそう言うと、気の弱そうな男は涙目のまま慌てて口を塞いだ。



「ん、それでいい。お前は血の痕を掃除しろ。それと今見たことは全て忘れろ。そうしたら、お前には何もしない。でも誰かに話したら殺す。私は耳がいい。お前がどこにいても、話したら分かる」


「い、言わない!! 女神様に誓う!!」


「……どうして静かにしろと言っているのに大きな声を出すの?」


「ひぃ!?」



 血で汚れた廊下を男が掃除するのを見届け、走り去る男の背を見送る。


 絶命した男二人を担いで、私はすぐ近くの森に向かった。

 私は耳が良いので、主様に異変が数キロ離れていても気付くことができる。


 男二人を運ぶのは私が身体能力に優れる獣人であっても難しい。


 ましてや私の身体は小さい。


 でも、私は平然と男二人を担いで素早く移動することができた。

 これは主様が眠る前に、私に速度と力を強化する支援魔法をかけてくれたからだ。


 流石は主様。凄い。



「ん。これでよし」



 森に死体を放置する。


 この森に強い魔物がいる気配はないが、死体はスライムの好物だ。


 彼らはどこにでもいる。


 翌朝には何も残らないか、残っていたとしても骨だろう。



「主様の睡眠は、私が守る」



 決意を新たに私は主様が眠る宿屋に戻った。


 主様は静かに寝息を立てており、子供のような寝顔を浮かべている。


 かわいい。


 このまま襲いたいけど、今の貧相な私の身体ではダメだ。

 もっと沢山お肉を食べて大きくなって、主様好みの身体の美少女にならねば。


 幸いにも私は容姿が整っている方だ。


 スタイルさえボンキュッボンになれば主様も興味を持ってくれるはず。



「……主様」



 私はそっと主様の頬を指先で撫でる。


 主様は「うへへ」と涎を垂らしながら変な笑い方をしていた。


 やっぱり主様はかわいい。


 いや、かわいいだけじゃない。主様は私を人として扱ってくれる。


 服もくれて、ご飯もくれて、同じベッドで寝てくれる。

 苦しかった病気も安くはないお金を出してまで治してくれた。


 私は主様が好き。


 主様に酷いことをする奴は大嫌い。ぶっ殺してしまいたい。



「そうだ。殺さなきゃ」



 まだ主様に酷いことをした奴がいる。


 主様はハゲデブクズのことを「血の繋がっている他人だ」と言っていた。

 他人なら、主様をいじめた奴を生かしておく理由はない。



「ん。大丈夫、主様。主様をいじめる奴らは全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部、私がぶっ殺す」



 私は静かに宿を出た。


 主様をお側で守らなきゃいけないけど、これは必要なことだ。


 家を追い出されてしまった主様が家に戻る方法。


 あのハゲデブクズを行方不明にしてしまえば、主様が領主代行とやらになる。


 殺したらダメだ。

 領地を国に没収されて、主様の居場所がなくなってしまうから。


 だから行方不明にさせよう。


 屋敷には警備の兵士もいるだろうけど、今の私なら問題ない。


 元々隠れるのは得意だ。


 それにカタストロ領に来るまで、かなりの壁を超えてきた。

 誰にも見つからず、こっそり侵入してハゲデブクズを人知れず消すなんて余裕。



「主様、喜んでくれるかな」



 私はウキウキしながら犯行に及んだ。


 大丈夫。誰にも見られていないし、気付かれてもいない。


 完全犯罪である。








―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「うーん、これは病みヒロイン」


シュ「何の話?」



「うーん、アウト」「ええやん」「シュの字が認知してなくて草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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