第3話 噛ませ令息、レベルアップする





「あ、あの」


「……今度はなんだ?」


「これ、は、食べてもいい……の?」



 出された定食を前にアリルが首を傾げておかしなことを問うてくる。



「他に誰が食べるんだ。早く食え」


「……ん……」



 アリルは一心不乱に定食を食べ始めた。


 しかし、途中で何やら口を押さえて苦しそうにしている。


 具合が悪いのだろうか。



「あっ」



 俺は遅れて気付いた。


 そうだ、アリルはさっきまで奴隷商の地下室で長らく放置されていたのだ。


 まともな食事などロクに食べていないはず。


 いや、身体の痩せ細り具合から見て全く食べ物を与えられなかったのではないか。


 そんな状態でいきなり固形物を与えたら、胃が驚いて色々吐き出してしまうのは普通に考えたら分かることだ。


 ここで吐かれるのはまずい。


 アリル本人と病を治すための薬を買ったせいで俺の懐は少し寂しい。


 なので食事を無駄にすることは許容できない。


 俺は咄嗟にアリルの背中をさすり、ある魔法を発動した。



「――フィジカルブースト」


「ん……ぁえ?」



 俺が使ったのは身体能力を向上させる魔法だ。


 胃の機能が低下しているなら無理やり強化してやれば吐かないはず。多分。


 俺の根拠のない予想は偶然にも的中し、アリルは胃の中のものを吐き戻すことなく飲み込むことができた。



「……主様、すごい。今の、なに?」


「ただの支援魔法だ」



 俺は支援魔法に適性がある。


 そもそも魔法は一定の魔力があれば誰でも身に付けられるものだが、何事にも才能というものがある。


 適性の無い魔法を練習したところで成長には限界があるのだ。


 その点、俺は支援魔法に才能があった。


 他者のあらゆる能力を強化することができる支援魔法は集団戦において強さを発揮する。


 シュトラウスが学園で主人公と行った決闘や二度目の戦いに取り巻きや奴隷を連れていたのはそのためだ。


 まあ、支援とは他者にするもの。


 自分を強化することはできないが、シュトラウス本人を叩けば支援魔法を解除させられるため、簡単に倒すことができる。


 ゲームでもシュトラウスを真っ先に倒すのは攻略のポイントだったしな。


 シュトラウスはこの力を使って弱り切っているアリルを並みの兵士くらいに強化し、護衛にすることで故郷まで帰るのだ。


 ……話が逸れてしまったな。


 とにかく、しばらくはアリルに支援魔法をかけて食事を補佐してやらないとまともに食事ができないだろう。


 薬代含めて銀貨十枚以上したのだ。


 精々健康になってもらって死ぬまで俺の役に立ってもらおうじゃないか。



「飯食ったら適当に装備を揃えて明日の定期馬車便の席を取る。今日は安宿を借りて日の出と同時に――」


「主様」



 と、そこでアリルが俺の話を遮った。



「なんだ? ご主人様の話を遮るとはいい度胸だ」


「主様はどうして、私に優しくするの?」


「おい、無視するのはやめてもらおうか。で、なんだって? 俺がいつお前に優しくした? ……まあ、厳しくしたつもりもないが」



 まったく身に覚えのないことを言われて俺は困惑してしまった。


 こいつは何を言っているのだろうか。



「……普通は、死にかけの奴隷に薬を与えたりしない。美味しいご飯も与えない。綺麗な服も与えない。奴隷の背中をさすったり、しない」


「それはお前の優しさの基準が低いだけなんじゃないか?」


「ん。でも今まで、誰も私にそんなことをしてはくれなかった」


「む。そ、そうか」



 俺は言葉を詰まらせる。


 まさかアリルが主人公に惚れるフラグをへし折るため、と言うわけにはいかないだろう。


 どうしたものか。



「主様、どうして?」


「ただの同情と、自分の利益を考えてのことだ。正義感でも何でもないから、そこは勘違いするなよ」


「ん。ならよかった」


「……何がいいんだ?」


「私は主様に助けられた。主様の役に立てることがあるなら、何でもする」



 この子、話を聞いていたのだろうか。



「俺はお前を助けたわけじゃないぞ」


「ん。でも私は助けられた」


「ちょ、一旦落ち着こうか。まず俺の話を聞け。俺は、お前を、助けたわけじゃない」


「ん。でも助けられた」



 こ、このガキ!!


 全く人の話を聞こうとしないアリルに少しイライラし始めた時だった。



「あの暗い場所から連れ出してくれた。それは変わらない事実。主様は私を助けてくれた。主様がどう思おうと、これは私にとっての真実。だから主様のために頑張る」


「……なんか俺への好感度高くないか? バグか?」


「ん。私は主様が好き」



 アリルってゲームだともっとこう、警戒心の強いキャラだった気がする。


 少なくとも好きとか言うキャラじゃない。


 俺がちょっと丁寧に扱ったからか? いや、そうだとしたらチョロすぎるぞ。


 何か良からぬことを考えているのでは……。



「主様? そんなに熱い視線を向けられると、照れる」


「……お前みたいなガリガリのガキを見ても何とも思わん」


「むぅ。ならもっと食べて肉を付ける。おかわり」


「ちょ、おま!?」


「大丈夫。食べた分は働いて返す。命を賭けても」



 いや、そういう問題じゃないんだが!!


 結局その後、アリルは十回もおかわりして俺の懐はかなり寂しくなった。

 定期馬車便の料金くらいは払えるが、もう無いも同然だ。


 ぐぬぬぬ、こうなったら学園の制服を売ってしまおう。


 学園の制服は魔法防御が施されているため、防具屋で売りに出せば高値で売れる。

 ゲームでも序盤の資金不足を補うちょっとした裏技だったからな。


 アリルには食った分、しっかり働いてもらわねば。







 翌日、俺はアリルを連れて王都を出発した。


 定期馬車便で街道を進み、途中で道を外れてカタストロ領に向かう。


 道中で何度か魔物に襲われたが、まだこの辺りは序盤のフィールドだ。

 俺の支援魔法で強化したアリルの敵ではなく、一人で歩くよりは格段に安全な旅路だった。


 そして、一つ想定外の出来事があった。



「ん? 急に魔力が上がった……?」



 急に俺の身体能力がいくらか向上したのだ。


 身体の奥底から力が湧いてきたような、不思議な感覚だった。


 アリルが俺にパチパチと拍手する。



「ん。主様も限界の壁を越えた」


「限界の壁? ……ああ、レベルアップのことか」



 この世界では魔物を倒すとレベルアップする。


 冒険者や兵士ならともかく、俺のような貴族は魔物と戦う経験などない。


 いや、ゲームでは学園の授業で魔物と戦ってレベルアップするが、俺はその授業を受ける前に退学になってしまったからな……。



「今のがレベルアップか。生まれて初めての感覚だ。……ん? ちょっと待て」



 冷静に考えてみると、俺は何もしていない。


 道中に出現した魔物は全てアリルが倒しているのに俺のレベルまで上がるのか?


 いや、ゲームでは戦闘に参加したら経験値が貰えるシステムだったし、別に何もおかしくないのだが。


 俺は支援魔法でアリルを強化しているだけで強くなるのはどうなのだろうか。



「ま、細かいことは気にしなくていいか」


「ん。主様、あっちに魔物がいる。仕留める」


「あ、ちょ!! お前の役目は俺の護衛だろうが!! 勝手に進むな!!」



 色々ありながらも、俺は無事に故郷の領地にあるカタストロ伯爵邸へ辿り着くのであった。









―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「村人の平均レベルは3、兵士で10、騎士で20くらい」


シュ「ほぇー」



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