第2話 噛ませ令息、ヒロインを買う






「まさかその日のうちに退学になるとは……」



 決闘が終わったのに主人公をぶん殴ったせいか、俺は学園の教師たちに白い目で見られながら追い出されてしまった。


 寮まで荷物を取りに行く時間があったのが幸いだろう。

 大して入っていないが、財布を持っているのといないのとでは精神的にも安心感がある。



「さて、これからどうしたものか」



 取り敢えずゲームのシュトラウスの行動をなぞるべきだろうか。


 領地に帰って両親に土下座で許しを乞えば、勘当は免れられるかも知れないしな。


 しかし、そうなると一つ問題がある。



「どうやって帰ろうか」



 そう、俺の故郷であるカタストロ伯爵領は王都からかなり離れている。


 それでいて立地が最悪で、街道も整っておらず、定期馬車便で移動するにしても途中から徒歩を強いられるのだ。


 定期馬車便を使うなら護衛も付いてくるため、賊や魔物に襲われる心配もないが……。


 あくまでも護衛が守るのは馬車そのもの。


 途中で降りる客を最後まで守ってくれるわけではないため、個人的な護衛が必要になる。



「……厳しいよなあ」



 財布の中を見ながら俺は溜め息を漏らす。


 俺はカタストロ家の長男だが、実家自体裕福ではないため、お小遣いも少ない。

 しっかり節制すれば毎月の生活に困らないが、欠片も贅沢はできない懐事情なのだ。



「よし、ここはゲームのシュトラウスと同じ行動を取るしかないな」



 俺は王都の大通りを外れて、路地裏に入った。


 活気で満ち溢れている大通りとは空気が打って変わって、どことなく重苦しい雰囲気だ。


 道端で駄弁っている柄の悪いおっちゃんたちにギロリと睨まれながら、俺は目的の店を探して回った。



「お、発見」



 小汚ない店の中に入った。


 すると、店主と思わしき胡散臭い雰囲気の小柄な男が話しかけてくる。



「おや、これはこれは。学園の生徒さんがうちにご入り用ですかネ?」


「ん? よく俺が学園の生徒って分かったな」


「それはもう。制服を着ていらっしゃいますからネ」



 そこまで言われて俺はハッとする。


 そりゃ学園の制服を着て歩いてたら馬鹿でも分かるよな。


 それに気付かなかった俺が馬鹿なのだ。


 俺は恥ずかしさを誤魔化そうと、精一杯表情を取り繕うことにした。



「しょ、商品を見せてくれ」


「ハイ!! うちの店は南の帝国から取り寄せた高級魔導具も取り揃えて――」


「あ、そっちじゃない。地下にある商品のことだ」


「おや!! そうでしたかそうでしたか!! それは失礼しましたネ!! こちらです。ちなみにご予算の方は?」


「銀貨十枚。一番安いもので頼む」



 俺の要求にニヤリと微笑む店主。



「そのご予算ですと、品質は最低限になってしまいますが……よろしいですかネ?」


「構わん」



 それから俺は店の地下へ案内される。


 狭い上に薄暗く、湿気が多い地下には無数の鉄格子があった。


 その中にもぞもぞと動く人影が。



「しかし、よくこの店が奴隷を扱っているとお分かりになりましたネ」


「ま、まあな。こう見えても俺は情報通なんだよ」



 一瞬ドキッとした。


 そう、この店は表向きこそただの魔導具店だが、こっそり奴隷売買も行っている。


 アーベント王国では人間の奴隷こそ法律で禁止されているが、それ以外の種族なら特に咎められない。


 エルフや獣人、ドワーフや竜人を奴隷にしている人間の国は少なくないのだ。


 でもまあ、流石にその種族が治める国と国際問題になってしまうため、大っぴらにならないよう販売しているそうだ。


 この店は裏の界隈では結構有名らしい。


 ゲームのシュトラウスがどうやってこの店に辿り着いたのかは分からないが、彼はここで一人の奴隷を買う。



「して、どのような奴隷をご所望ですかネ?」


「とにかく安い奴を。五体満足なら病気でもいい」


「承知しました、こちらへ」



 店主が案内したのは地下室の更に奥。


 何かが腐ったような、鼻を刺激する悪臭漂う部屋だった。

 店主はその部屋の中から一人の少女を連れ出して俺の前に立たせる。



「こちらの獣人など如何でしょう?」


「……今にも死にそうだな」


「人間にとってはただの風邪ですがネ。獣人には命に関わる病ですヨ。まあ、獣人は体力が人間を遥かに上回るので数週間は持ちまス」



 店主が厭らしい笑みを浮かべて言う。


 黒髪の少女には狼のようなピンと伸びたケモミミと尻尾が生えており、黄金の瞳を薄暗い地下で月のように輝いていた。


 身体はガリガリに痩せており、肌は青白い。


 病を患っているのは本当のようで、ゴホゴホと咳をしている。



「いくらだ?」


「全く売れない処分待ちの商品なので、銀貨十枚で結構ですヨ」


「主従契約魔法の手数料も含めてか?」


「……含めておきますヨ」


「指摘しなかったら後で毟り取るつもりだったな、店主」



 主従契約魔法というのは、奴隷を主に服従させるための魔法だ。


 この魔法を施すことで奴隷は逆らえなくなる。


 これをしておかないと奴隷に寝首を掻かれて死ぬこともザラにあるとゲームにあった。



「ンッンー!! いいですネ!! アナタ、学園を卒業したらこの店で働きませんカ?」


「生憎と学園は退学になった。期待しないでくれ」


「おや、訳有りのようですネ」


「詮索はするな。それより学生だからって足元を見ようとしたんだ。服もおまけしてくれ。上等なものじゃなくてもいい。奴隷だと分からない程度の衣服を頼む」


「ンッンー!! 見くびっていたこちらに非がありますからネ!! それくらいならお安いごようですヨ!!」


「助かる」



 俺は獣人の少女と主従契約を済ませ、服を着替えさせた。


 そのまま少女を連れて店を出る。



「ごほっ、けほっ」


「……まずは薬だな。付いてこい、アリル」


「……え? どうし、て、私の名前――ごほっ」



 少女の名前を呼ぶと、彼女は不思議そうに俺を見つめてきた。


 俺はこの少女を――アリルを知っている。


 何故ならこの少女はシュトラウスが魔王軍の手先となって主人公に二度目の戦いを仕掛けた際、彼に従わされていた奴隷だからな。


 主人公がシュトラウスを倒したことで奴隷の立場から解放され、勇者一行の仲間になる。


 つまりはヒロイン枠だな。


 今はガリガリで痩せ細っているが、最終的には黒髪ショートカットの美少女になる。


 俺が奴隷商の店を知っていたのもアリルが主人公の仲間になった際、あの店で売られていたことを暴露するからだ。


 ゲームのアリルはシュトラウスに限界まで酷使されていた。


 それでもシュトラウスは死なない程度には世話をしていたようで、アリル自身はあまり気にしていなかったようだが……。


 俺は酷いことをしない。


 何故ならアリルは数年後にはボンキュッボンの絶世の美少女になっているから!!


 美少女が酷い目に遭うのは一部界隈で需要こそあるだろうが、少なくとも俺はハッピーエンド厨なので認めない。


 それにここで優しくしておけば主人公とアリルのフラグをへし折ることができる。


 アリルは主人公から「理不尽な目に遭ったのならもっと怒っていい」と諭されて惚れるからな。

 これからはそれなりの扱いで接してやろうと思う。


 え? 主人公がハッピーエンドじゃなくてもいいのか、だって?


 ……ふむ。


 俺はアイツが嫌いだからな。これはシュトラウスとしての感情だ。


 逆にアリルへ抱いているのはプレイヤーとしての感情。

 この世界で会ったことのない相手にはそっちの思いが湧いてくるのかも知れない。


 と、そこまで考えて俺は舌打ちする。



「……ちっ。主人公のことを考えちまった」



 あの主人公が頭をチラつくだけでイライラしてしまう。

 更に王女や公爵令嬢からもモテモテだったことを思い出して腹が立ってきた。


 俺は薬屋で買った薬をアリルに投げ渡す。



「薬だ。飲んどけ」


「あ、あの……」


「なんだ?」


「……苦い、のは……嫌……」



 俺はちょっと驚いた。


 ゲームのアリルはあまり自己主張しない、無口なヒロインだった。


 まさか薬が苦いから飲みたくないと言うとは。



「良薬口に苦し、だ。あとその薬、お前の半分の値段がしたんだ。わがまま言わないでさっさと飲め」



 俺がそう言うと主従契約魔法が発動し、アリルは嫌々ながら薬を飲んだ。


 アリルの咳が止まり、顔色が幾分か良くなる。


 流石はファンタジーRPGの世界。薬を一つ飲めば治るから凄い。


 と、その時だった。


 アリルのお腹から「きゅるるるるる」という可愛らしい音がした。



「……そう言えば、今日は何も食っていなかったな。適当に飯でも食うか」



 俺はアリルを連れて、適当な飲食店に入る。


 人間の国であるアーベント王国では獣人が珍しいため、他の客から視線を集めたが……。


 まあ、気にしても仕方ない。


 俺は一番安い定食を二つ注文して料理が到着するのを待った。








―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「拙者、不幸なヒロインを幸せにしたい侍」


シュ「分かる」



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