〈四跳〉

真夜中の高速道路で大型トラックとのデートを楽しむバスの中で、私はカエルさんの隣で脱力し今にも溶けてしまいそうな体を座席に深く預けていた。


カエルさんは漫画を読んでいた。パーキングエリアで買ったトマトジュースを飲みながら慣れた手つきでページをめくる様子を見ていると、カエルさんはカエルでは無いように思えてきた。でも何度目を凝らしてみてもカエルさんはカエルだった。鮮やかな緑の背中と白くポテッとしたお腹。水かきの付いた可愛らしい手足。カエルの学校があったらきっとモテるだろうなと思った。もっとも、少なくともカエルさんはタバコを吸える年齢に達しているのだろうから、学校はとうの昔に卒業しているかもしれない。


カエルさんの読んでいる漫画はケーキ屋さんの女の子が主題だった。そういえば、私も小さい頃はケーキ屋さんを目指していた。美味しいショートケーキとモンブランに囲まれて、甘い空間で甘い恋をする、そんな夢。いつから諦めたのだろう。分からない。この日から夢を諦めたとか、明確な日なんてなかったのだろうと思う。ただ憧れて夢を見て、段々と忘れた。そして今は、初任給だとかボーナスだとか、福利厚生だとかで判断して特に興味もないような企業に媚びを売っている。現実的になったのだ。将来の夢を持っているだけで褒められるシーズンは永久に失われ、現実的に語れる人が褒められるシーズンが恒久に続いている。


バスに乗る前だったら、私は自分の昔の夢なんて思い出せなかっだろう。正直限界が来ていた。全てを投げ出しても良いと思っていた。早くに認知症になった母も、素行不良の弟も。価値感じない自分自身も、全てを終わらせようとすら考えていた。


でも今は違った、カエルさんが私を慰めてくれた。だからちゃんと思い出せた。ケーキ屋さんだけじゃない。お天気アナウンサーとか、お洋服を作る人とか飛行機のお姉さんとか。ちょっと怖いと思ったけど、可愛いドレスに身を包んでぷにぷにとした妖精と悪者に立ち向かう女の子にもなりたかった。無数の夢と選択肢があった。そしてそれは今も存在してる。死んでいない。私の中で、現実という重い漬物石が蓋をしているだけで、確かに存在しているのだ。そう自覚するだけで未来への不安が消えていくような気がした。今の私がもしダメでも、また別の可能性が残っている。だからもっと気楽にやっても良いんだと気づいた。現実的に夢を見ようと思えた。


カエルさんは漫画を読み終えると再び目を閉じ、睡眠とのダンスに出かける。私も目を閉じる。現実的に夢を見るために。意識がぼんやりとする。誰かが私の意識にお布団をかける。おやすみと声をかける。


誰だろう。


私だった、そしてカエルさんだった。

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