第1話 アムルラビットの真紅の爪付き肉球(4)

 一同のなかでは一番年上にあたるネネアが、屈託なく聞いてきた。と同時に、背後のユメリアが一瞬身を強ばらせたのをリオナは感じた。

「いまのバケットちゃんの話だと、相手は二人、しかも一人はエレメント持ちだったんでしょ? それをリオナ君一人で、さらに素手で!」

「あ、ネネアさん、ずるい! 師匠、私も、私も師匠の話聞きたいです! これからどれだけ修行をしていったら、私もそんなに強くなれますか?」

 ネネアとクローゼ、さらにバケットも興味深そうにこちらを見てくるので、リオナは、さてどうするか、と思案した。

「あー。お前たち、そろそろ……」

 ユメリアが、軽い咳払いと共になにかを切り出そうとした。その時だった。事務室の扉が勢いよく開いた。

「失礼する、ユメリア氏はいるか!」

 大声とともに現れたのは、すらりとした長身の白衣の女性だった。

 げんなりとした顔で、呼ばれたユメリアが座ったまま応じる。

「プラム、そんな大声出さなくても見りゃ分かるだろ。ここに居るよ」

「おう、おはよう。相変わらず、館長殿はちっこいのに偉そうだな」

「ほっとけ。お前こそ、肩書きや背丈のでかさの割に貧弱な胸しやがって。うちの受付のネネアちゃんを見習え。そんでもって、ちゃんと入館料を払って出直してこい」

「ふふん。そんな口を聞いていいのかな? せっかく、また新しいレアアイテム案件を持ってきてやったのに」

「え、本当ですか、プラムさん!」

 その発言にいちはやくバケットが眼を輝かせた。

「おう、バケットもいたか。ちょうどいい……って、その目の下の隈はどうした?」

「いえ、過酷な労働を、非情な上司に言いつけられまして。おかげでほぼ徹夜ですよ」

「おいおい、じゃあ先に仮眠をとった方がいいんじゃないのか」

「いいえ、睡眠欲よりレアアイテム、ですよ。ああ、また館内の目録が充実していく……」

「もう、バケ。プラムさんの言うとおり、先に少し寝たらどう?」

 陶酔した様子のバケットに、彼女と同い年のクローゼが心配そうに声をかける。

 バケットは、このレアアイテム博物館に於ける、唯一の学芸員だった。レアアイテムは、基本、今し方訪れてきた国立モンスター研究所の研究員、プラム経由で収集されてくる。バケットは、その数々のレアアイテムの、展示方法の考案、目録作成等の管理、そして市民への啓蒙活動といった、まさに博物館の中身そのものともいえる一切の活動を、館長であるユメリアから一任されている立場にあり、そしてそれを自らの天職だと言いきれるほど、レアアイテムへの魅力に取り憑かれている人物なのだった。

「それで、それはどのモンスターの、どんな種類のアイテムで、その入手方法は一体、どんな冒険者が、どこで、いつ?」

「ああ、それがちょっと問題があってな……」

 プラムはとりあえず、といった様子でリオナのはす向かいの椅子に座り、何も言わずすぐ隣のバケットの前にあるお菓子に手を伸ばした。

「うん、旨い。やっぱり、食べ物は植物か動物性由来のものに限るな」

「えー、そうですか? モンスター食も、食べてみると美味しいですよ。特にこの間食べた、キャッチャーマイマイの炒め物なんか、食感といい香りといい……思い出しただけで、ヨダレが……」

 ネネアが陶酔した表情を浮かべる。やれやれ、とユメリアが大げさに肩をすくめた。

「プラム、この子たちは放っといて、とっとと本題に入ってくれ。もうすぐ開館の準備をしなくちゃいけないんだよ」

「そうするか。しかし、ユメリア氏、相変わらずここは面白い人材が揃っているな。館長がそうだから、部下もそんな人材が集まるのかな。そこの美男子も、これだけの美女揃いの中、表情を一切緩めないじゃないか」

「余計なお世話だ。それに、リオナちゃんはいいんだよ。私だけにぞっこんなんだからな」

 プラムが驚きに満ちた目をこちらに向けてきた。

「なに! そ、そうか、幼女趣味なのか。人は見かけによらないな……」

「おい、誰が幼女だ!」

 何か自分に関してとんでもない会話が為されているようだが、相手をするにしても放っておくにしても泥沼になりそうな雰囲気なので、その間を取り、リオナは黙って話を聞いてから帰ることにしようと思った。


「事の発端は、数日前、研究所に新しいアイテムが持ちこまれたからなんだが」

 プラムは続けた。その持ってきた冒険者が言うには、シェルナを出て、舗装された道を一日も行けば辿り着ける森にて、そのアイテムを発見したということらしい。

「ん? シェルナから一日で行ける森といったら……」

 バケットの眼から、好奇の色が消えた。

「さすが、察しがいいな。アムルの森のことだ」

 アムルの森。そこは、リオナもよく知る場所だった。

「それはおかしいですよ。アムルの森なんて、とうの昔に、全てのモンスターの調査は終わっているはずです。もちろん、手に入るアイテムも、レアなものはあるにせよ、その入手法はみな確定されています。未発見のものがあるなんて、考えられません」

 バケットの言葉に、ユメリアが反応する。

「意外だな。バケットならこういうとき、『えー、まだ未発見のレアアイテムがあったんですかー。うっひょー、たまりましぇーん』なんて言うと思ったけど」

「……アムルの森なんて、冒険者なら修練のため誰でも行くような場所です。もっと街から離れた、強いモンスターがいるところならともかく、アムルの森で新しいレアアイテムが見つかっただなんて、それはむしろ……」

「その持ってきた冒険者が偽物を作り上げ、でっちあげの報告をしている、という疑いの方が強い、ということだろう?」

「その通りです。でも……」

「そんな、バレた時のリスクが高くて、しかも分かりやすい嘘の報告を、わざわざしてくるとは思えない、か」

 ユメリアが言葉を継いだ。

 新発見のアイテムを見つけた時、冒険者はそれを、プラムの所属する国立モンスター研究所に、発見時の詳細と共に報告し持ち込むことが国家の法律で義務づけされている。そこでは、発見されたアイテムに関しての精査と、なぜその入手条件で手に入れられるのか、そもそもその条件に虚偽はないか、などの調査も行われる。また研究所付属の冒険者が、必要に応じて実地に赴き、その条件でモンスターの討伐を行うこともある。

「しかもだな、その申告された入手条件が、また厄介でな」

「厄介? エレメント持ちの武器や、特殊な気候下ってことですか?」

「もっとシンプルだよ。それがな」

 そこで一呼吸置いたプラムは、ため息交じりに続けた。

「剣で斬り倒したら手に入った、って言うんだ」

 バケットが唖然とする。

「そんな……ありえませんよ。一体どれほど多くの冒険者が、剣をメイン武器にしていると思ってるんですか。やっぱりそれ、偽物なんじゃないですか」

「とにかくだな、持ってきたから見てくれ」

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