第2話 猫手川、潮風に宇宙の真球を知る
1
その夜、
無音の部屋には
ふと、目を覚ました
「……エリー?」
まだ
水中のような藍色の夜のなか、絹のように
猫手川は、この黒猫『エリー』の『
「エリー? 眠れないのか?」
猫手川は問いかけたが、エリーは返事をしなかった。
夜の
一瞬、エリーの横顔が、強く
満月の色をした
「……エリー?」
呼びかけたが、返事はない。
エリーは、じっ──、と、窓の向こうを見つめていた。
猫手川はしばらくの間、そのようなエリーの姿を無言のうちに見つめていたが、やがてまた、いつの間にか眠りの世界に
翌朝!
「海へ、いくわよ」
と、エリーは言った。
「オレもいくにゃ」
「ボクもいく」
「海?」
「ええ」
「なんで?」
猫手川がたずねると、
「……言う必要があると思っているの?」
エリーは
あらかじめ、答えはわかっていた。
猫手川は冷ややかなエリーの視線をふりきり、外出の準備を終えると、ふたつのトートバッグを肩にかけた。
猫手川は
猫のキャリーバッグというわけだ。
これまではひとつのトートバッグでこと足りていたのだが、収納猫数的に、今日はふたつのトートバッグが必要だと思い、両の肩にかけた次第であった。しかし……、
「それは、いらない」
と、エリーは言った。
「……何で? 海となると、少し遠出になるぞ?」
「今日は、バスにも、電車にも乗らない」
エリーは言い、そうして、一行は部屋をでた。
猫手川の住む部屋は、
洋館の一階で『
この洋館の管理人である、
「……コデマリさん?」
「あら猫手川さん。今日は、みなさんでおでかけですか?」
「ええ、まあ……」
と、返事が歯切れの悪いものになってしまうのは、猫手川が、その外出の理由を知らないからだった。いつものことである。
「いつも、うちの宇宙がすみません」
小出毬は丁寧に、ぺこり、と、お
この白い長毛種の猫、宇宙は小出毬の飼い猫である。
「いえいえ! いつでもおまかせください!」
と、猫手川は、ことさらはっきりとそう告げた。
小出毬は、猫手川の思い人でもある。
「あら、エリーちゃん、かわいいポーチね」
と、小出毬は
エリーは小さく「にゃう」と、鳴いた。
エリーの胸元には、見慣れぬ、がまぐち風のポーチがゆれていた。
「ところで、コデマリさんは、何をしているんですか?」
と、猫手川は、
「
と、小出毬は
「朝からずっと探しているのですけど、見つからないのです。もしどこかで見かけましたら、わたしにお教えください。青くてまるい、大きな宝石のついた指環ですので、見ればすぐにわかると思いますわ」
───いますぐにでも、一緒になって探してあげたい!
猫手川は思ったが、エリーの冷ややかな、それでいて異常なまでの圧力をもった視線が、それをさせない。
───できるだけ早く用事をすませて、帰ってきます!
猫手川は、そう、心に誓った。
2
坂をくだる。
猫手川の住む洋館は、小高い丘のうえにある。
そのようなわけで、どこへいくにも、まず、くだることとなる。
一行は、エリーを先頭に、陽気な遠足といった
歩きつづければ、わずかに汗ばむ、そのような時期だった。
海までのみちのりは、それほど非道く遠いというわけではない。しかし、歩くとなれば、それなりの距離がある。
「海まで歩くのか?」
猫手川はたずねた。
バスに乗れば、
そこからは、海まで、至近の距離だった。
「歩かないわ」
と、エリーは言った。
「じゃあ、どうやっていくんだ……?」
坂の終わりには、川と公園があった。
はるみ川、と呼ばれるその川にせりだす公園のポーチに、
「……
「そう。今日はこれで、海までいくのよ」
エリーは、ふふん、と、鼻を鳴らした。
とりたてて観光名所でもない、はるみ川。
もちろん、渡し船のサービスなど、ない……。
はずなのだが、
「いくわよ」
と、エリーは
渡し船は、すべるように、
「エリーちゃん、バスが嫌いなのにゃ。だから船に乗ったのにゃ」
と、宇宙は陽気に言った。
「……余計なことは言わないで」
「お前、そんなにバスが嫌いなのか?」
しかし、それにはうすうす、気がついていた。
「
「なっ! なぜそれをっ⁉」
「いつもバスに乗るたび、トートバッグから汗がしみだしてるから」
「なっ⁉」
「バスいいじゃにゃいかー。オレ、バス好きにゃ」
「ボクも好きだよ、バス!」
「バスバス言わないでくれるかしら! あー、忌々しい……」
と、エリーはそっぽをむいてしまった。
エリーはバスの騒音が苦手なのだ。あるいは、それは、聴覚の発達した猫にとっては、ごく自然なことなのかもしれない。そうでない宇宙と橘みやびが、おかしいとも言える。
そして猫は、
この尋常ならざる気品あふれる、黒猫、エリーにしても、それは例外ではない。
エリーは、からかわれることや、自分の失態を認めることが、大きらいなのだった。
渡し船は、川をくだっていった。
海、といっても、リゾート地にあるような、白い砂浜や、トロピカルな珊瑚礁、等があるわけではない。
このあたりは、埋め立て地のうえに建つ工業地帯であり、目につくものといえば、そのほとんどが、工場と、貨物船だった。
見て楽しいものといえば、近辺に大型商業施設があるくらいのものだ。
「やっぱり工場はいいにゃー! わくわくするにゃ!」
「工場いいよね! 見学とか、楽しいよね!」
「貨物船もいいわね!
前文修正──
このあたりは、埋め立て地のうえに建つ工業地帯であり、目につくものといえば、そのほとんどが、わくわくするような、とりわけ見学が楽しい工場と、浪漫あふれる貨物船だった。
渡し船は、さらにすすみ、眼前には巨大な、市のランドマークタワーが見えてきた。
「ここよ」
と、エリーは言った。
渡し船は、ランドマークタワーにある、人工的な、小さな砂浜に乗りあげた。
「とうちゃくー!」
と、橘みやびが、元気よく飛びだした。
エリーは真っ直ぐに、砂浜を走っていった。
宇宙もそれにつづく。
海のうえを、
小出毬に、
猫手川は、そう思ったのだが、砂浜には、さざれた貝殻の
近景には工場の無機物が居並び、遠景には、優雅さよりは、機能主義を美とする貨物船が
それでも海は、はかり知れない開放感をもって、そこにあった。
波は、その身におだやかな三角形を
胸を
しばらくの間、砂浜を嗅ぎまわっていたエリーが、その動きをとめた。
「これ……、かしら?」
と、エリーは首をかしげた。
そこには、ビー玉くらいの大きさの、鉄のような、まるい石がおちていた。
「なんなんだ、これ?」
「とりあえず、拾いなさい」
猫手川は、エリーの言うままに、それを拾いあげた。
「なんなんだ、これ?」
「宇宙に見せなさい」
猫手川は、エリーの言うままに、それを宇宙に差しだした。
「なんなんだ、これ?」
「どう?」
と、エリーは、宇宙にたずねた。
「……ちがうにゃ…」
宇宙は、ふるふる、と、首を横にふった。
「そう……」
「…………」
「…………」
そうして、ふたりは、
「だから、なんなんだよこれっ!」
いい
「
と、エリーは、ぶっきらぼうに答えた。
「……い、隕石⁉」
「そうよ」
「隕石って、あの、
「そうよ」
「今日は、これを探しにきたのか?」
「そうよ」
「……お目当てのものを見つけたのに、なんでふたりして溜め息なんかついてるんだ?」
「……別に、なんでもないわ」
なんでもない、と言うわりには、その表情には普段の煌めきが不足している。
このような冴えない表情をするエリーは、あまり見たことがない。元気はつらつが猫の形態をとっているだけの、宇宙までもが、そのような表情をしているのだ。
心配にもなる……。
「なあ、お前ら、どうしたんだ?」
「……なんでもない、と、言ったはずよ」
「でもさ──」
「ちょっと、あなた!」
「ど、どうした?」
「……帰るわよ」
と、エリーは言った。
宇宙は黙って、エリーの言葉にうなずいた。
そのとき……、
「猫手川くん! ソフトクリーム食べよう!」
あたりを走りまわっていた橘みやびが、元気に帰ってきた。
「あのタワーの売店に売ってるんだって! ねえ、買ってきてよ!」
「……ソフトクリームにゃ?」
宇宙がぴくりと、耳をたてた。
そのトパーズ色の双眸に、わずかな煌めきがもどってくる。
「……よし、買ってこよう」
と、猫手川は言った。
「いいから、もう帰るわよ」
エリーはかたくなに、帰りたがった。
「せっかくこうして、海まできたんだ。ソフトクリームくらい食べてもいいだろ?」
「そうだよ! エリちゃんもソフトクリーム食べよう!」
「そうだにゃ! ソフトクリーム食べようにゃ!」
「でも……」
「じゃあ、買ってくるぞ」
「やったー!」
「お前たちは、さんにんでひとつでいいな?」
猫手川がそう言うと、
「やだよ!」
「やだにゃ!」
と、すぐさま非難の声がわきあがり、
「ひとりにつき、ひとつのソフトクリームを
エリーは当たり前のように、そう言った。
太陽は
「うまー!」
橘みやびは、満面の笑みを浮かべた。
一行は、砂浜を一望する
エリーは先ほどから少し離れたところで、
猫手川には、そのように感じられたのだった。
上機嫌になった宇宙に、猫手川はそっとたずねた。
「これって、一体、なんだったんだ?」
猫手川の手には、いまだ、隕石がにぎられている。
「エリーちゃんは、オレのために、隕石を探してくれたのにゃ」
と、口のまわりをクリームでべたべたにした、宇宙は言った。
「……どういうことだ?」
猫手川は、その口元をふいてやりながら、宇宙にたずねた。
「コデマリの指環の石をなくしてしまったのを、エリーちゃんに相談したのにゃ。そうしたら今日の朝、エリーちゃんがきて、それを見つけたって言ったのにゃ」
「コデマリさんの指環?」
「そうにゃ──」
3
数日前の、ある日のこと。
宇宙は、青くてまるい宝石のついた、指環を見つけた。それは、日々の
『これはいいものを見つけたと、思ったにゃ』
まずは、指先で転がして遊んでいた。
人であれば、気の遠くなるほどの時間、転がしたあと、今度は、サッカーボールの要領で、リフティングをしてみた。しかし、転がして遊ぶほどは面白くはなかったという。
『こいつは、そろそろ
すると青い石が、ころり、と、はずれた。
『それはそのまま、外に転がっていったにゃ』
宇宙は、その青い石を追って外にでた。
『車にはねられたにゃ』
車にはねられた石は、ぽーんと、宙に舞った。
『カラスがキャッチしたにゃ』
カラスは光りものに目がない。
目の前にあらわれたそれを、すぐさまくわえると、そのまま、どこかに飛んでいった。
『オレは、そのカラスを、おっかけたのにゃ』
宇宙が鳥たちの協力を得てカラスをつかまえたのは、海沿いに建つ、製鉄所の上空だったという。
『石はそのまま、
そうして、見るも美しい青い石は、
そういうことであった。
「…………」
───そんなことってあるんだぁー⁉
「まあるい、きれいな、青い石だったにゃ……」
そうつぶやくと、宇宙は耳をふせて、また、おちこんでしまった。
猫手川は、宇宙の頭をやさしくなでながら、昨日の夜の、蒼く輝いたエリーの横顔を思いだしていた。
───なるほどね…。
エリーはきっと、あの蒼い光りを見て、それが指環の石の代用品になると、そう思ったのだろう。
しかしその蒼は、砕け散った流星の、プラズマの光り。
いま猫手川の手のなかにあるこの隕石は、鉄のように煌めく、まるい石だった。
───これはこれで、きれいだけどな……。
「その石は、青い宝石だったんだよな?」
「そうだにゃ」
「透き徹っていたか?」
「それはもう、透き徹っていたにゃ」
「なあ、エリー?」
猫手川は、エリーに声をかけた。
「そのポーチのなかにあるもの、見せてくれないか?」
「……なんでよ?」
「いいから」
「…………」
エリーは、
なかには、猫手川の予想通り、小出毬の指環が入っていた。
おそらくは
「けっこうな大きさだな」
その台座から想像するに、それは、なかなかの大きさをした石だった。ビー玉くらいの大きさはあるだろう。
「青い宝石か……」
と、猫手川は、つぶやいた。
質のよさそうな白金が、上品に煌めいていた。
この指環に合いそうな、透き徹る青い宝石といえば、サファイアくらいしか思いつかない。
ビー玉ほどの大きさのサファイアとなれば、おいそれと手に入るものではないだろう。
小出毬が、必死になって探していた理由も、非道くおちこんでいた理由も、よくわかる。
猫手川は、彼らが今日、ここへきた目的がようやく理解できた。
───さて、どうしたものか……。
あたまを
───素直に、あやまるしかないな。
と、猫手川は結論づけた。
猫手川が確信しているのは、きっと小出毬は、宇宙を許すであろう、ということだった。
猫手川の
そうして、小出毬の納得する、サファイアの代わりとなるものを
───そのために、僕はなんでもしよう。
こうしてエリーが宇宙のためにほねを折って、海までやってきたように。
猫手川は、愛情のこもった双眸でエリーを見つめた。
上質な絹より遥かに美しい黒色が、太陽の光りをたっぷりとふくんで、きらきらと煌めいていた。
わずかな
けれども、蒼い閃光を見て、それを青い隕石だと思ってしまうエリーは、もっともっと、ちょっと、とんでもなくかわいいと思った。
「……ちょっと、あなた?」
と、エリーは言った。
「ん、どうしたエリー?」
「なによ、そのしたり顔は?」
「し、したり顔⁉」
「ええ。すべて知ってます的な、その顔。やめてくれないかしら」
「そんな顔してない!」
「してるわよ。しょうがないから言っておくけど、わたしはただ、隕石をとりにきただけなんだから。
「…………」
───負け惜しみだろっ‼
「エリーちゃん、負け惜しみだにゃ」
「ちがうもんっ‼」
「じゃあさ、せっかく海にきたんだし、もっと遊んでいこう!」
なんの
ひとしきり遊んだ。
「あー、のどかわいた。猫手川くん、なんか飲み物、買って!」
「……お前ら、食うか、飲むか、遊ぶかしかないのか?」
「あなただってそうじゃない」
「のどかわいたにゃ~」
「ラムネ~。おいしいラムネはいらんかね~」
「あっ、ラムネ屋さんだっ!」
「ラムネ飲みたいにゃ!」
「キンキンに冷えた、アンティーク
「…………」
───まあ、僕ものどが渇いてるし、いいか。
「毎度っ!」
「うまー!」
一行は、砂浜を一望する
波はここちのよいリズムで、寄せては帰し、あとには洗われるような波の音が、身体と融け逢うように残っている。
じっとりと汗ばんだ身体に、冷たいラムネがしみわたった。
硝子瓶のうちがわで、ビー玉が、軽やかな音をたてた。
「このビー玉って、どうやってなかに入れてるんだろう」
猫手川は、昔からの疑問を舌に乗せた。
「このビー玉がどうしてもほしくてさ、色々ためしたけど、結局とれなかったな……」
瓶を割ることはしなかった。それを壊してまで、手に入れようとは思わなかったのだ。
「でも、こうして見ると、やっぱりほしくなるな」
太陽に
エリーは黙って、猫手川を見つめている。
「割っちゃおうか?」
と、橘みやびが言った。
「……だめだろ。ほら──」
猫手川の視線の先で、ラムネ屋さんが目をギラつかせている。
「ラムネ屋さん、オレたちを見張っているにゃ?」
「瓶は返せって、言ってたからな」
わずかにかかとを浮かせ、いつ
「な?」
「う、うん……」
「ほしいの?」
と、エリーは言った。
「ほしいけど、瓶を壊してまではな……」
「そう……」
結局、ビー玉はあきらめて、ラムネ屋さんに瓶を返した。
4
帰りも、渡し船に乗った。
当初の目的はどこへやら。結局、海へと遊びにいったという、そんな一日だった。
小高い丘のうえに、猫手川の住む洋館はある。
玄関ホールにつくと「はい」と、エリーがなにかを差しだした。
「……ビー玉?」
それは、青く透き徹るビー玉だった。
「そうよ」
と、エリーはそっけなく言った。
「お前、あの瓶、壊したのか⁉」
「ちがうわよ」
「じゃあ、どうやって⁉」
「お願いしたのよ」
「……ラムネ屋さんに?」
あれほど厳重に瓶の
「ちがうわよ」
エリーは冷ややかに、
「ビー玉によ」
と、言った。
「…………」
───はぁ?
「ビー玉に、でてきなさいと、お願いしただけよ」
エリーは言い、猫手川に青く透き徹るビー玉を渡した。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! それってどういうことなんだ⁉」
「あー、あきれた。ものがなにでできてるかも、知らないなんて……」
「え?」
「この世のものは、全部、同じものでできてるんだから、お話するくらい当たり前じゃない」
人の目線よりも
「その手があったにゃー!」
と、宇宙は非道く、くやしがり、
「いいなー! 猫手川くんいいなー! …………いいなあぁーー!」
と、橘みやびは非道く、うらやましがった。
「おかえりなさい。みなさん、玄関先でどうしたんですか──」
「ああっ!」
突然、悲鳴のような声をあげた。
「それ……」
猫手川を指さす小出毬の手が、わずかに震えていた。
「それ? このビー玉がなにか?」
「わたしのA玉っ‼」
「え、え、エー、玉……?」
「ありがとうございます、猫手川さんっ‼」
猫手川は、予期せぬ熱い
白金の台座に、ラムネのビー玉が鎮座している。
小出毬は
猫手川はエリーを見た。
エリーは、こくり、と、うなずいた。
そうして、ふいっと顔をそむけると、どこかへいってしまった。
「A玉と言うんです」
と、小出毬は言った。
「A級の『A』なんです。ラムネの栓に使われるものは、それほど精巧につくられたものなのですよ」
審査をパスした、
ビー玉には、そのような語源もあるらしい。
「それにこれは、いまではほとんど見られなくなった、オールガラス製のラムネ瓶に使われていた、かなり古いA玉なんです。手に入れようと思っても、なかなか手に入らない逸品です」
「…………」
───ラムネ屋さんグッジョブ!
幼いころ、瓶からとりだしたそのA玉は、小出毬の宝物だった。
それをある時、小出毬の祖母が、指環に仕立ててくれたのだそうだ。
宇宙のいたずらが引きおこした騒動も、真球のA玉のように、すべてがまるくおさまったようだ。
しかし、猫手川には、どうしても気になることがあった。
「コデマリさん、どうやってA玉をとったんですか? やっぱり、瓶を壊しました?」
「えっ? そんな、瓶を壊したりなんかしませんよ!」
「じゃあ、どうやって?」
と、猫手川がたずねると、
「いえ、普通に……。A玉にお願いしましたけど?」
と、小出毬は、おだやかに微笑んだ。
上機嫌に、軽やかに、舞う、シェフ小出毬。
今日の料理は、いつにも増して、抜群においしかった。
食後のコーヒーまでもが小出毬の上機嫌にあおられて、その
そのような至福の時をすごして、部屋へと帰ってきた猫手川。
エリーはすでに、ベッドのうえで、まるくなっていた。
猫手川は、エリーにお礼を述べた。
隕石のことは空振りだったかもしれないが、結局のところ、小出毬のA玉を手にいれたのはエリーに他ならず、それを小出毬にゆずることを許してくれたのも、やはり、エリーなのだった。
ちなみに、持ち帰った隕石は、窓辺におかれた
発光するように透き徹る
猫手川のお礼の言葉に、エリーの耳が、ぴくり、と、反応した。
しかし、エリーは、その絹のように艶やかな背中をこちらに向けたまま、返事をしなかった。
そう、
エリーは、プライドの高い猫だ……。
ある日の深夜。
エリーは窓辺に立っていた。
あの日以来、エリーは、夜空を見ることが多くなった。
この夜もまた、エリーは、じっ──と、窓の外を見つめている。
一瞬、エリーの横顔が、強い緑色の光りに照らしだされた。
エリーは、すぐさま猫手川の
「痛っ⁉」
「いくわよ!」
と、エリーは言った。
「……どこへ?」
まだ夢現つのまま、頬をさする猫手川は、そうたずねた。
「あの距離、あの角度、あの光り方……、それに、わたしの野性の
エリーはぶつぶつとつぶやき、
「アルストツカよっ!」
と、熱っぽく言った。
「どこだよっ⁉ いいから早よ寝ろ!」
「あら、あなたは知らなかったのかしら? 世界を股にかける隕石ハンターとは、わたしのことよ! あなたはいまだに、
「…………」
───時として、自らを納得させることは、人を説得するよりも遥かにむずかしい……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます