第18話 潜入開始!

潜入開始間近になったある日のこと。

ICPO top secret 002の紅忍くれないしのぶがソロで夜に出動を終え、仮眠室でシャワーを浴びた後にラウンジへと寄ると、FBI top secret 007の斎槻いつきとFBI top secret 002の霧雨きりさめが居た。



《――とうっ!!歯磨きマン参上!あなたのお口をリフレーッシュ!》



テレビからは教育系の特撮モノだろうか。とても楽しそうな音声が聞こえてきた。

……左上に表記されている時間と現在時刻が一致していない。きっと録画かストリーミングサービスを繋いで再生しているのだろう思えた。



《で、出たな歯磨きマン!!》

《患者くん、もう大丈夫だ。私が来たからには、虫歯イキンの好きにはさせないぞ!》



歯磨きマンはオールバックで、眼鏡をかけている。顔だけ見ると、どこにでも居そうな30代後半のおじさんだった。

だが、歯磨きマンは名前通り【歯磨き粉を具現化した】ような、首元まである濃紺のコスチュームを着ていた。

頭と肩、靴の上には赤と白と青の歯磨き粉が絞り出されていて。

靴や肩章エポレット、帽子の色は白で歯ブラシをイメージしているのだろう。

背中の長い赤のマントはヒーローだからだろうか。ベルトも歯磨き粉の3色になっているようだ。

少々ダサいが、一発でどんなキャラクターなのか想像がつき、子ども受けもよさそうだ。


対して虫歯イキンは2本の↑のようなツノがついた黒色の全身タイツを身にまとっている。

手にはよく悪魔が持っているフォークのような武器が握られていた。



《ハミガキチェンジ!――必殺!!歯磨きミラーチェック!!》



どうやら登場時に持っていた巨大な歯ブラシを使用して敵と戦うようだ。

歯磨きマンは巨大な歯ブラシをデンタルミラーに変化させ、患者の口の中の様子をうかがう。


《ぐあっ!!み、見つかった~!!》


どうやら歯磨きマンは、患者の口腔内で虫歯イキン(虫歯菌)と戦うらしい。

武器は歯医者でよく見かける治療道具だった。

虫歯イキンを倒した後は歯ブラシでのお掃除になるらしい。……まんま歯医者だな。



「はみがきまん、がんばれー!!」



斎槻いつきは元気いっぱいの様子でテレビの中のヒーローを応援している。

ソファに座ってテレビを見ている斎槻の腕の中には大きなぬいぐるみがあった。きっと遊園地で買ってもらったのだろう。


霧雨は近くの椅子に座ってコーヒーを飲んでいる。


霧雨は有休をもぎ取って、平日に息子である斎槻いつきと遊園地へと繰り出したらしい。

斎槻は小学校での惨殺事件がトラウマになっているのだろう。あの日以降学校の校舎に入れず、不登校になっていた。


突如入った仕事でゴールデンウィークが潰れる可能性が大きかった以外に、いつでも遊びに行ける状況も大きかったのだろう。霧雨は朝から夕方まで息子の斎槻とはしゃいでいたため疲れてはいたものの、斎槻を見つめる表情はとても嬉しそうだった。



霧兄きりにい、今良いか?」

「――?うん。何かあった?」


ICPO top secret 002の紅忍くれないしのぶは、霧雨に声をかける。


「……斎槻いつきにゃんはこの後、どうするつもりだ?」


忍は単刀直入に問うた。


忍としては霧雨と斎槻が心配だった。

霧雨は現在斎槻と2人暮らし――シングルファーザーのような生活をしているのだ。

奥さんは日系アメリカ人でアメリカ在住のCAらしく、日本には住んでいなかった。



「……それは……。」


途端に霧雨の顔が曇る。

……どうやら相当困っているらしい。



忍の予想通り、霧雨は息子(斎槻)の預け先にかなり困っていた。


普段は不登校の子どもの為のスクーリングや、カウンセラーとの面談で日中は該当施設に斎槻を預けているのだが、ゴールデンウィーク期間はそれができない。施設が閉まるのだ。


血縁者に預けようにも top secret の任務が入った場合や毎日強制参加の朝練で怪しまれてしまう。特に安井司令が課した朝練がネックだった。どう考えても幼い子供が早朝から家を出て行くのはおかし過ぎる。

日中だけ親に預けようにも斎槻に対して top secret の任務が入った場合、言い訳ができない。また、休みのはずなのに日中居ない霧雨の事も不審に思うだろう。

ならばキッズシッターはどうかと考えるが、 top secret の職務上、知らない人を家に上げたくはない。なので、キッズシッターを雇う選択肢が消えるし、任務が入った場合は斎槻が隙を付いて逃げ出すことになる。その結果、何も悪いことをしていないシッターが、所属している会社から責められてしまう原因にもなり得た。


ならばICPO日本支部内で留守番……と言いたいが、シッターとなる大人が居ない。エリックさんに頼もうにも日中は仕事をしている。一人にさせてしまう可能性が高いと思われた。


休みの期間は霧雨が家に居るはずだったが、【有栖川】のせいで黒磨の会社に潜入しなければならない。1人暮らしの黒磨こくま十字石じゅうじせきに頼もうにも、今回の潜入メンバーだから頼れなかった。


斎槻は事件のことがあり精神的に不安定な状態だ。出来ることなら1人にしたくはない。

だが、どう考えても預け先が無いのだ。



「うちで良ければ預かりますけど。」


忍は霧雨に、息子を預かると提案した。


忍はICPO top secret 005の鬼火おにびと出会った後、霧雨たちと会っていた時期がある。そのため「霧兄」と呼ぶし、仲も良かった。


この3ヶ月間で個人情報に触れない程度に、再開するまでの期間のことを話すこともあった。

その結果、今回の提案に至った。



「えっ。――忍が?」


霧雨は驚いて聞き返した。


「……気持ちはありがたいけど……その、一人暮らしなの?」

「俺は祖父との2人暮らしです。家のある場所は山の中だ。」

「いや、おじいさんに悪いよ……。」

「あー、……まぁ、俺が色々拾ってくるのはいつものことですし。弟子の件も話したでしょう?ついでに裏山で鍛えますよ。時折弟子が修行に来てもいいなら。」


霧雨は忍が叶奈かなを拾った経緯を知っていた。

鬼火と絡んでいる時に話したことがあったし、再開して以降も多少は話していた。


「それに、忍者の朝は早い。いつも俺が勝手にウロウロしているから、連れて行っても疑われないだろ。」


提案した一番の理由はこれだ。

忍の家なら誰にも疑われず、早朝にICPO日本支部へ行けるのだ。



忍の言葉を聞き、霧雨は逡巡した。


霧雨は今、FBI top secret 004の一縷いちるに頼もうか悩んでいた。一縷は両親の都合で一人暮らしなのだ。

だが、一人っ子で育った上に育児経験はなく、また15歳の少年に小学生の子供を預けるのは色んな意味で心配だった。荷が重いのだ。


忍も17歳の少年ではあるが、過去に子供を拾って育てていた経験がある。

叶奈の件が一番大きいが、倒れていた鬼火も一時期自宅に連れ帰って看病していた。祖父も詳しいことは聞かず、忍のすることを見逃していたようだった。

また、忍の手が及ばないところは忍の祖父がカバーするだろう。



――忍はいつも斎槻の面倒をよく見てくれている。……適任だろう。



top secret には未成年が多く、それぞれが家族と暮らしている。

手が空いていて、受け入れ態勢が整っているのは――忍だけだった。



「……本当にいいの?正直俺は助かるけど、おじいさんは困らない?」

「じーちゃん……祖父には事前に打診して許可をもらっている。あと、祖父はかなりの子供好きだから、寂しくはないと思うぞ。」

「え、そうなの?」

「不安なら鬼火と弟子に聞いてみろ。うちに居る期間、めっちゃ構われてたから。」


忍は叶奈を拾ってきた頃と、鬼火を介抱していた頃の状況を思い出しながら発言した。

祖父はとにかく子供好きなのだ。……孫が忍一人だけということを寂しがる程に。



「それなら……息子の事、どうかよろしく頼みます。」


霧雨は忍に頭を下げた。


「任せとけ。鍛えるついでに、山で一日中はしゃがせとくから。あ、洗濯はするから、数日分のお泊りセットだけ持ってきてくれ。」

「わかった。……さぞかし楽しそうなお泊りになるだろうね。」


忍の言葉に霧雨は笑った。

これにて霧雨の一番の不安は解消されたのだった。



---------------



夕方。

安井やすい司令によって潜入前のミーティングが開始された。

黒磨こくまは席に着き周囲を見回す。このミーティングには全 top secret が参加していた。


「間近に迫ってきたわ。再度【有栖川ありすがわ】について確認するわよ。」


安井が切り出し、この前と同じ有栖川の詳細を語る。


「タレコミがあったとはいえ、【有栖川】が別のところに現れる可能性もあるわ。万が一の時の為に、日替わりでチームごとに待機しなさい。」


どうやら3チームを日替わりでICPO日本支部に置いていてくれるらしい。

バックアップ要員が居るのは心強かった。


安井はホワイトボードに日付とチームを書き、必ず誰かが居るように決めた。

都合が悪い場合は各々で交渉すればいいのだろう。


「あ、そうそう。【有栖川】は粛清対象者ではあるけれど、状況によって警察が面倒だと思うなら、殺さなくても良いわ。」

「え。」

「人数も不明だし、なにより人目がとても多いから。……よく考えたら身バレもあるし、そもそも過度に武器を持っていたら、こっちまで探られる。 top secret は明かせないの。」

「あ、はい。わかりました。」



――いいのかよ……。



潜入を担当する十字石じゅうじせき霧雨きりさめ黒磨こくまは驚きつつも納得した。



――まぁ、確かに【有栖川】を警察に捕まえて貰う方が、丸く収まるだろうけど。



会社のオフィスには防犯カメラもある。色々と露見する可能性が高かったので、殺さなくていいのは非常に助かった。


だが、露見を防ぐのであれば、あまり武器を持って行くことは出来ない。よって、持って行けるのは最低限の護身用具。……物凄く心もとない。

持てたとしてペッパースプレー、ク〇タン程度だろうか。


普段のFBI top secret 006の朝吹あさぶき同様、有り物で戦うしかなかった。



――ゴツめのボールペン、武器として使えるかな。



再度、掃除用具入れも確認しておこう。そして、最悪清掃用具でぶん殴ろう。



「では解散!」


安井は指示を出したのち指令室へと帰っていった。



「明後日からだな。頑張ろうぜ。」

「一緒に頑張ろ。」


十字石と霧雨が声をかけてくる。


今回の役割は一般人の護衛兼一般人の脱出の手伝いと思っていたほうが上手くいく――そんな気がした。

初めてすぎる護衛任務に緊張するが、黒磨は自分が勤めている会社なのでやるしかなかった。



---------------



「おはようございまーす……。」


FBI top secret 003の黒曜石こくようせき(通称:黒磨こくま)こと、黒瀬計磨くろせかずまは少々緊張した面持ちでオフィスに出勤した。

なにせ、潜入1日目になのだ。【有栖川】がいつ現れるかわからないため、同僚たちに気付かれない程度に周囲を警戒していた。



――オフィスの雰囲気はいつもとは違うが、今のところは大丈夫そうだな。



デスクに荷物を置くが、周囲の雰囲気はいつもと違った。業務前、オフィスはざわついていたのだ。

その原因は――期間限定で働くあの人。



「え、待ってあの人超カッコいい!!」

「名前、清水しみずさんだって!上司に聞いてきた!!」

「彼女とかいるのかな!?え、めっちゃビジュ好みなんだけど!!」

「やめとけ。指に結婚指輪嵌まってた。――不倫になるぞ。」

「えーっ!嘘ぉっ!」

「うわ、残念ー……!付き合えない!!」

「……やっぱり、優良株はさっさと売れていくのね……。はぁ、彼氏欲しい。」

「でも、目の保養ではある。……今日から楽しみだわ。」

「そうそう!!」

「それなー!!」



話に興じる女性社員の視線の先に居るのは、スーツを着た清水葵しみずあおい――FBI top secret 002の霧雨きりさめが居た。


本来なら正体を隠して潜入になる予定だったが、霧雨の職業は保育士。子どもを預けている親と会う可能性が高い。

また、今回の敵は【有栖川】。事情聴取などで警察の追求が来る可能性が高かったため、本名での潜入となった。


設定も【知り合いの紹介で、ゴールデンウィーク期間のみピンチヒッターとして来た現職の保育士】ということになっていた。

即戦力にはならないだろうが、霧雨は容量が良いので細々としたことはやってくれるだろう。



――霧兄きりにい、そりゃモテるよなぁ……。一時期上司の指示でハニートラップもやってたから、女性の扱いも相当上手いし。



黒磨は「初日から馴染んでるなぁ」と、のんびりした気持ちでデスクから霧雨を見つめた。



ちなみに、十字石と黒磨以下は「未成年にはさせられません。絶対に。」という霧雨の強硬姿勢のお陰でハニートラップは免除されていた。


当時の日本では20歳で成人だった。

霧雨は「自分たちは日本人だから」と日本のルールをFBIの別の上司にごり押しして通した。霧雨は当時まだ19歳だったが、霧雨は年長者として自分より若い仲間を守ったのだ。


霧雨がハニートラップ業務を全て引き受けた結果、後に成人を迎えた黒磨にお鉢が回ってくることはなく、霧雨のお陰で黒磨は平穏に過ごせていた。……感謝してもしきれなかった。



「お疲れ様でーす。あ、よろしくお願いしまーす。」



軽く挨拶をしながら入り口から入ってきたのは、警備員の服を着た速川海斗はやかわかいと――FBI top secret 001の十字石じゅうじせきだ。

会社オフィスが入っているビルの警備を担当するアルバイトの設定だった。

十字石も【有栖川】のせいで警察の追求が来る可能性が高かったため、本名で通っていた。


本来ならインターンとして社内にぶち込みたかったが、急すぎて疑わしいし、そもそも募集していなかったため警備員としての潜入となった。

要は現場にいち早く到着できればいいのだ。ビルに合法的に入れたらそれで良かった。



黒磨は周囲の声に耳を傾けつつ、パソコンの電源を入れる。

他にあまり変わったことはなさそうだ。



――てっきり【有栖川】も潜入みたいなことをしてくると思っていたのだが……。



外れたか。

なら、犯行日に突然押しかけてくる可能性が高いということ。

それか、黒磨の入社前から居たか……。


どちらにせよ、やることは変わらない。


黒磨は仕事に集中しつつ、周囲の変化を見逃さないよう気を配ることにした。



---------------



大型ショッピングモールの中を歩く1人の男が居た。

片手にはコーヒー、反対側の手にはスマートフォンが握られている。


〔下見完了。決行は明日、予定通りだ〕


男はスマートフォンでSNSを開き、メッセージを送った。

すぐに既読がつく。


〔りょ〕

〔wktk〕

〔いよいよですね〕

〔お待ちかねの季節ですww〕

〔久々に大人数でオフ会〕

〔明日に備えて都内に潜伏中〕

〔俺も〕

〔上に同じく〕

〔明日は楽しみましょう〕

〔今回時間無いからさっさと多数殺して離脱になりそ。〕

〔時間さえあればバラバラにするのに残念〕

〔警備室襲う担当頑張れ。俺はオフィス狙う担当なんだわ。〕

〔はーい。監視カメラ壊しまーす〕

〔いいなー。楽しんで来いよ〕

〔俺も仕事だったわ。クッソ次回は絶対参加する〕

〔おうww殺人オフ会楽しむわww〕



各々盛り上がっているらしい。

何せ、待ちに待った大型連休の季節。自分を含めて心は踊っていた。


〔よろしく〕


男は短いメッセージを返し、スマートフォンをポケットにしまう。



【有栖川】はチーム名だ。

予め多数決で日程を決め、都合がつく人同士で集まって犯行を行っていた。そのため、人数と犯行の規模が比例する。

メンバーとはSNSで繋がっているだけなので、本名は誰一人知らない。職業もバラバラだった。


犯行日が大型連休なのは、大型連休の方が都合がつきやすいからだ。

サービス業の奴は稼ぎ時ではあるが、何日かは休める。その日を狙って行動を起こしていた。



男はショッピングモール内に置いてある、手ごろなソファに腰かける。

コーヒーを飲み、一息ついた。



――いよいよだな。



男は楽しそうな笑みを浮かべ、明日聞こえてくるであろう悲鳴と赤く染まる空間を想像した。

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