第16話 追及

朝練を終え、 top secret は散り散りになる。

その過程で移動していた者も居れば、素直に仮眠室へと戻るものも居た。



訓練場から地下のとある1室に移動した2名が居た。

1人はICPO top secret 003のDr.殺死屋ドクターころしや。もう1人はICPO top secret 002の紅忍くれないしのぶだ。

殺死屋は事務椅子に座り、忍はベッドに腰かけている。


薬品の匂いが漂う室内は、まるで理科の実験室のようだ。

灰色の棚の中には薬品が、収納の中や棚の上には数々の医療器具が並び、室内には寝台まで備えてある。

ここは殺死屋が使われていない部屋を無許可で改装した、殺死屋専用のラボだった。



だが、今は薬品の匂いよりも強烈な臭いを放つものがあった。

その液体はドブみたいな色をしており、その薬を手渡された殺死屋は顔を歪ませている。


「毎回言うが……覚悟を決めて、一気に飲んだ方が楽だぞ。」

「わかってるよ。……――つ゛……!!」


殺死屋は年端も行かない少年のような、あどけない顔面を歪ませながら、一気に小瓶の中身を煽る。


「……にっが……!!!喉、が……っ!!!!!」


飲み終えた殺死屋はかなり苦しそうだ。

苦味が強過ぎて喉が焼けるように思えているのだろう。殺死屋が飲んだのは【良薬口に苦し】という言葉がこれでもかというほど当てはまるような薬だった。


忍は水が入ったコップを無言で殺死屋に渡す。

殺死屋は受け取り、急いで水を飲んだ。そして、事務机の中から飴を取り出して口に放り込んだ。



「――で。経過は?どんな感じ??」


しばらくして落ち着いた頃合いを見て忍が問うた。



忍はとある条件の元、【一族に伝わる秘薬】を調合して殺死屋に提供している。

この秘薬は保護当初に叶奈かなの回復のために飲ませていたものと同じものだ。


忍の弟子である叶奈と殺死屋のいざこざの翌日、忍は殺死屋と話し合いを行った。

殺死屋の行動理由が知りたかったのと、叶奈の過去をわかる範囲で聞いておきたかったのだ。

その際、殺し屋に説明の過程で薬の存在を明かすことになり、なぜか殺死屋はこの秘薬を欲しがった。


理由を聞くと、簡易的な……明かせる程度ではあるが筋が通った説明があり、忍は薬を調合して連日殺死屋に提供することにした。

もちろん100%治る保証はない。一種の実験だ。だが、出来る事なら忍は殺死屋を助けたかった。



殺死屋はゆっくりと口を開いた。


「驚くことに数値が改善している。……まさか、忍者の作った薬で健康体に近づけるとは思っていなかったけどね……。」


殺死屋は机の上にある棚から取り出した資料を、無造作に事務机の上に広げた。



殺死屋自身、今までずっと西洋医学の薬を独学で調合して自身に投与していたと言っていた。

忍は今日こんにちまで知らなかったが、室内の様子を見るに相当努力をしていたし、知識量は現役の薬剤師や医師に匹敵するとも思われた。

だが、その努力があっても思うような結果は出ず……というより、現状維持しかできていないと言っていた。


ある種の民間療法ともいえる【忍者の一族に伝わる秘薬】で身体の数値が改善したことに驚きを隠せないのだろう。そんな表情をしていた。



「――!それはよかった。……また持ってくる。」

「……ありがとう。のことも、この薬で助けていたみたいだし……。」


殺死屋は礼を述べた。

殺死屋の言う「あの子」は「神崎叶奈かんざきかな」(ICPO top secret 009のΣシグマ)のことを指しているのだろう。

今は名前が違うのと、比較的平和に過ごせていることに配慮しているのだと思われた。


忍はいつもつんけんしている殺死屋が素直なことに驚きつつも、礼を受け入れる。



さて。

殺死屋が叶奈あの子の話題に触れた。――踏み込むか。


「――なぁ、もう聞いても良いか?……の過去の事。」

「……そ、れは……。これ以上、踏み込まれるのは――」

「薬の量のこともある。いい加減、実年齢も明かしてほしいんだが。」

「……。」


殺死屋は黙った。



なぜか殺死屋はかたくなに実年齢を明かさない。

外見で周囲からは中学生と思われていたし、本人はそれを受け入れていた。


理由はわからない。

最初はただのプライベートの確保だと思っていた。――だが、どうやら違いそうだ。


投薬するなら年齢が知りたい。

この薬は年齢に合わせた量を使うほうが良いのだ。

叶奈の時も適当だったが、わかるなら正式な量を投薬したかった。


それに、保護時の叶奈の様子も気になっていた。関係性があるのかも知りたいし、別件で物凄く気になっていたこともある。

また、身体の計測からタイムリミットがあるのならば……それに合わせて調合もしたかった。当たってほしくはないが、殺死屋の様子がどうも気になるのだ。



忍は切り出す。

弟子も関わっているのだ。プライベートとか言ってられなかった。


「その身体には……タイムリミットみたいなものがあるんじゃないのか……?」

「――待って。は思い出した……の……!?」


殺死屋は驚いていた。

そして、叶奈が過去を思い出したと考えた。


「ただの推察だ。――外れていて欲しかったがな。……が、当たり……か。」


実際は忍の推察だ。

気になる部分が多かったから、聞いてみたらビンゴだったようだ。

殺死屋もだが、弟子(叶奈)の事も気になる。忍は内心焦った。


殺死屋は観念したように話し出す。


「……そうだよ。僕の身体は着々と死へと向かっている。副作用――身体への負荷も相当ある。……計算だと最長であと2~5年程度。最短で1年以内。」

「――は!?」


忍は驚いた。



――短い。短すぎる!



実年齢はわからないが、殺死屋は中学生くらい。現時点で13歳とか14歳だろう。

下手したら高校に上がれないくらいで死ぬとか、どんな短命だ。



――待て。これ、うちの弟子にも当てはまるんじゃないか!?



叶奈は既に高校に上がった。だが、投薬が早かったから寿命が延びていただけだったら……?

忍は殺死屋の暴露に恐怖していた。


「……だいぶ好き勝手やられたからね。だけど、君の薬で改善が見られている。……もしかしたら、もっと伸びるかもね。――本当に、運が良かった。」

「……なら、尚更だ。正式な年齢を教えてくれ。一刻も早く適正量を投薬したい。」

「じ……く……。」

「え?」

「……16。いや、誕生日が来たら17になるね。」

「――おっまえ、13とか14じゃないのかよ……!会った時ですら小っちゃかっただろ!!!そしてまさかの俺と同じ年生まれかよ!!ICPO勢うちの最多年齢層じゃねぇか!!――そして、投薬量が少なすぎるわ!早く言え!!治んねぇぞ!!!!」


忍は殺死屋の年齢に愕然とした。



――その容姿で、まさかの同い年だったのかよ……。



そして投薬量が少なすぎた。タイムリミットもあるようなので、即刻増やさないといけない。量を増やして製作しなければ。


「……あの子も年齢違うよ?年下じゃないし。」

「――へ?」

「僕と君よりも年上。……あれ?もしかしたら、そろそろお酒が飲めるんじゃないかな?……まだ無理かな?どっちだろう。……うろ覚えなんだよな……。」

「は!?年上!?弟子が!?」


これは忍の想定外だった。

叶奈の元家族の情報は殺死屋経由で手に入れていたが、殺死屋との取引材料である薬の製造やら朝練で忙しく、詳しくは調べられていなかった。


「……置かれた環境が最悪だったし、かなり好き勝手されたから、成長が遅くなるのは当然なんだけどね。」

「マジ……かよ……!!……記憶喪失だから仕方ないけど、弟子にも追加投与決定だわ……!うっそだろ!?――なぁ、弟子は死なないよな!?」

「多分、僕よりは長く生きるんじゃない?だって幼少期に飲まされてるんでしょ?」


殺死屋は【忍者の一族に伝わる秘薬】が入っていた瓶を揺らしながら答えた。


「……調べてみないとわからないし、僕よりも前に檻の中に居たから確かなことは言えないけれど……タイムリミットは僕よりかはあるんじゃないかな……。やたら元気そうだし。」

「……弟子を……調べることはできるか?」

「出来るけど……トラウマ再発したりしない?」

「あ……。」

「あの子が泣く結果になるなら、僕は協力したくはないかな。……大事な仲間なんだ。居なくなる前は、たくさん助けられたし……。」


当時のことをぽつりぽつりと思い出しながら話す殺死屋は、どこか苦しそうだ。


「そういえば……弟子は途中で居なくなっていた……んだよな?」

「うん。何でか生きて日本に戻って来れていたみたいだけど。廃棄された後、誰か助けた人がいたんじゃないかな。」


叶奈が日本に居ることに関しては、忍から見ても殺死屋から見ても理由は不明らしい。


「……挨拶も、お礼も、今更だけど、のことも……忘れている方が幸せなのはわかるけれど、ちゃんと言えないのが……もどかしい……。」

「そう……か……。」


殺死屋が心を開いている点から見ると、叶奈と居た時間は楽しいこともあったのだろう。

懐かしみはするが、決して思い出したくはない過去に思いをはせる。殺死屋は苦しそうだった。


「まぁ、もう潮時ではあるし……もう1人分薬を頼まなきゃいけないから、全部話すしかないんだろうね。」

「え、まだ増えんのか……。まぁ……いいけど……。」


ざっくりとした事情しか知らないが、殺死屋たちは文字通り命がかかった状況だ。

忍は自分は薬屋ではないという言葉を飲み込んだ。



――後で裏山に材料を採取しに行かねば。そして、増産せねば。



裏山の薬草が狩り尽くされそうな勢いだが、背に腹は代えられない。

一部栽培していて本当に良かったと思うことにしよう。

ダメそうなら他の山や top secret が戦闘訓練で使ってる山から採取しよう。そうしよう。



「……さて、どこから話そうか。……ああ、僕が拉致されたところからの方が良いかもね。」



殺死屋は忍に自身の過去を語りだした。

白衣を脱ぎ、医療用スクラブの左の袖をまくって――叶奈と同じ位置にある、二の腕に巻かれた包帯を外しながら。



---------------



朝練を終えた後、忍が殺死屋と共に姿を消した。

それを見て喜ぶ者が3名居た。


「!……ねぇ、もしかしてチャンスなんじゃ――!」

「だな。」

「行くぞ。」


ICPO top secret 004のDr.殺人鬼ドクターさつじんき、ICPO top secret 005の人斬ひときざむらい、ICPO top secret 006の人喰いカニバリズムは小声で結託し、移動を開始する。


狙いはFBI top secret 005の鬼火おにびだ。

昨日のことがあり、相変わらず暗い顔をしている。周囲にはFBIの面々が居た。


関わり合いがあるほうではないため多少不自然にはなるが、肉迫して笑顔で声をかける。



「鬼火!お疲れ様。」

「……え?ああ。……殺、人鬼……と人斬り侍と人喰いカニバリズムだよな?どうかしたのか?」


鬼火は声をかけてきた人物に驚き、言葉を返す。

同じチームでもないし、そこまで仲がいいわけではない。少々不思議だった。

その他の面々も同じことを感じたのか、多少疑いの視線を向けている。



実は、殺人鬼の名前を言う際につっかえたのには訳がある。

鬼火は未だに殺人鬼と殺死屋の見分けがついておらず、服装と身長の差で判別していた。あと、話しやすいかそうでないかでも。

見た目もだが、声も話し方もよく似ているのだ。そして、両方童顔だった。

また人斬り侍と人喰いカニバリズムも結構似ているため、こちらも服装で見分けていた。


ICPO勢は似ているのが2組居るので、FBI勢は3か月経った今でも密かに判別に苦労していた。

きっと言わないだけで血縁関係があるのだろう。そう思っていた。



「さっきの戦闘訓練では相手をしてくれてありがとう。同じナイフを得物に持つもの同士、戦い方が参考になったよ。」

「それは良かった!えーと……確か、同い年……同級生だったよな。」

「あ……ごめん。僕は1つ上。誕生日が来たら17歳になる、高校二年生だよ。」

「マジか先輩だったわ!」

「気にしないで。僕の方が top secret 歴は君より1年短いから。あ、敬語はなしでいいよ。」

「あー……じゃあ、このままで!」

「うん。よろしくね。」


殺人鬼と鬼火は笑い合う。


「殺人鬼もこの後学校だよな?次のエレベーターで――」

「――悪いけど、ちょっと付いてきてくれないかな?」

「え――」

「……話が……あるんだ。」

「え……。」

「――ちょっと待ってくれ。」


会話に割り込んできたのは、FBI top secret 001の十字石じゅうじせきだ。

FBI top secret 006の朝吹あさぶきも鬼火の前に立つ。鬼火の背後にはFBI top secret 003の黒曜石こくようせき黒磨こくま)が控えていた。


「その話し合いは、後ろに居る2名も一緒なのか?」

「できればそうしたい。……僕だけだと……上手く説明できるか、わからないから。」

「……何の話し合いだ?」

「……部外者に言うつもりはないよ。」


殺人鬼の言葉に十字石の眉間にしわが寄る。

朝吹と黒磨こくまも眉を寄せた。


「……悪いが、鬼火に遊び半分で関わらないでもらえるか?何か話があるのは本当なんだろうが……信用出来ない。」


十字石は殺人鬼に対して牽制をかける。

鬼火のプライベートに踏み込んでほしくはなかった。


「……もしかして、FBI勢そっちはそっちで鬼火の情報が共有されているのか……?」

「詳細は?違反だけど共有されているのか?」


人斬り侍と人喰いカニバリズムが同じことを問う。


「――おい……いい加減に……!」

「――昨日、資料を見て露骨に反応していたよね。」


十字石が追い払おうとするが、殺人鬼の言葉によって遮られた。


「――!それ、は……。」


鬼火が言い淀む。



――当たりか。



「おい――!」


十字石が止めに入るが、殺人鬼は更に切り込む。


「僕もなんだ。――僕も家族が失踪していて、名簿に名前が挙がっていた。」

「――!!!」

「――え……!!」


鬼火たちにとっては衝撃だったのだろう。目を見開き驚いていた。

また、行方不明者が毎年全国で千人以上出ているとはいえ、WL-015探しのための名簿で重なるとは思っていなかった。


「まさか……殺人鬼の家族も居なくなっていたなんて……。」

「できればお互いの家族について話し合いたい。自分の家族くらい、自分で調査したいでしょ?そして……個人情報に触れる可能性が高いから、関係者以外は席を外してほしい。」

「え――なら、その後ろに居る2人は?」


鬼火は殺人鬼に問う。

関係者以外と言うのなら、人斬り侍と人喰いカニバリズムは真っ先に外されるべきだと思ったからだ。


「……従兄弟いとこだよ。事件当時……僕たちは4人で居たんだ。……関係者だよ。」


この発言に再度鬼火たちは驚いた。

FBI勢はバラバラだが、ICPO勢は血縁関係がある隊員が多いようだった。


「最初にルールを決めておこう。話した情報以外は踏み込んでこないこと。調べないこと。また、家族の調査は許可した者以外は行わないこと。……これでどうかな。」

「……そうだな。俺も探られたくないし……そうしてもらえると助かる。」


鬼火は殺人鬼の設定したルールに同意した。


WL-015が見つかったとして、最終的にはRemembeЯリメンバーのエルダをおびき寄せた後に殺す可能性が高い。行方をくらましている分、犯罪に手を染めている可能性が高いからだ。犯罪に手を染めていなかった場合でも殺すか、良くて入隊になるだろう。

もしWL-015が本当に家族だったのなら、自分の手を染めたほうがまだマシだ。知らないうちに勝手に家族を消されるのは勘弁願いたかった。


「正直、確率的には両者ともに外れの可能性が高い。だけど、もし……どちらかが該当しているのなら……どっちが胸糞悪い当たりを引いたとしても、恨みっこなし……だよ。」


殺人鬼はそう言い、唇を噛んだ。



---------------



――拝啓 お父様、お母様。


本日初めてチームで出動しました。ですが、私以外のメンバーがなぜか表情が暗いです。

え、元気なの私だけですか。そうですか。

ちなみに私もあんまり元気ではありません。体調はいいのですが、その……この後師匠の家に寄ることになっているんですよね……。

なんでも、師匠に拾われた当初に毎日飲まされていた、あの【忍者の一族に伝わる秘薬】を追加で投与するとか。

……またアレを飲まないといけないかと思うと、顔が……どんどん梅干しになる……。エグ味が酷いし、物凄ぉおぉくにっがいんだよなぁああぁあ!!!!?

何で!?もう身体に異常はないんだけどなぁ!?怪我すらしていないんだけどなぁ!?健康体のはずなんだけどなぁ!!??

……どうか無事に飲み干せることを祈っていてください。

とりあえず、私は口直しの飴を用意しておこうと思います。


敬具 あなたたちの娘より。



神崎叶奈かんざきかなことICPO top secret 009のΣシグマは本日の粛清を終え、チームメンバーを見返す。


エリック副指令からは、チームごとに日替わりで出動していると聞いた。

よくも毎日毎日呼び出されるものだ。東京の治安が悪過ぎる。警察仕事しろ。


そのせいだろうか。自分以外の班員はどこか覇気がない。

一番酷いのは鬼火だが、あの殺死屋と師匠(忍)ですら内心落ち込んでいる。どういうことだ。何があった。



「よし。帰るぞー。」


忍はそう言い、チーム全員で撤収する。

Σは自分だけ蚊帳の外のように感じ、更に寂しくなった。



---------------



宮崎竜士みやざきりゅうじは死んだ顔で自宅の玄関ドアを開けた。



――疲れた。しんどい。



事後処理が酷い。現場が酷かったせいかやることの量が多い。湾岸倉庫の件で何度も上司から聞き取り調査があるし、もう無理だ。

何とか家に帰って来たが、もう23時を過ぎていた。

さっさと風呂に入って寝よう。そうしよう。


「ただいまー……。」

「……兄ちゃん、おかえり。」


靴を脱ぎつつ当てもなく呟くと、何故か声が返ってきた。

どうやら弟は起きていたらしい。だが、元気が無さそうだ。


勇希ゆうき……?何かあったのか?」

「兄ちゃん、風呂入った後でいいから……少し時間くれる??」

「え……ああ、いいが。とりあえず風呂行ってくるな……?」


竜士は戸惑いながら風呂場へと向かう。

多分大事な話になるのだろうが、見当がつかない。……何かあったのだろうか。



――学校が合わない??それともいじめか??……アメリカから帰って来たばっかだし……わからん。心配だ。



竜士は両親が死んでからずっと勇希の兄であり、親代わりになれるよう務めていた。

だからこそ思考が父親視点になる。


疲れを無理やり湯で流し、入浴を済ませてリビングへと向かう。

リビングへ着くと、勇希はお茶と軽くつまめるものを用意していた。……話は長くなりそうだな。



――さて、何が飛び出てくるか。



椅子に座って指を組み、真っすぐ相手おとうとを見据える。


「……兄ちゃん、怖ぇよ……。」

「――え……、あ、すまん……。」


どうやら職業病が出てしまったようだ。取り調べのようになっていたらしい。

慌てて体勢を崩し、好きに話すように促す。

その様子を見て勇希は小さく笑った。



「兄ちゃんに聞きたいことがあって。」

「何だ?」

「――姉ちゃんのこと……。」


微妙な空気が漂う中、最初に口を開いたのは竜士だ。


「……どこで知った?」

「……その……仏花を変える時に、位牌いはいを倒しちゃって……。姉ちゃんの名前が無かったから……。お墓にも。」

「……そうか。」


勇希は言いにくそうに、しどろもどろになりながら経緯を説明した。



本当は嘘だ。

宮崎勇希みやざきゆうき――FBI top secret 005の鬼火おにびは、ICPO日本支部で見た行方不明者名簿に名前が挙がっていたことがきっかけだ。その後確認のために墓と位牌いはいを確認した。

兄に嘘がバレて問い詰められたら躱せそうにない。

兄は捜査一課に勤務する現職警察官だ。取り調べはもはや得意技だった。

そのため、わざと下を向いて説明した。……どうか嘘だと見抜かれない様にと願いながら。



竜士はそんな弟の動作を見逃した。

疲れていた上に結構重めの話題だった為、勇希の意図に気付けなかったのだろう。


「最初は隠していたが、言うタイミングを見計らっていた。……すまん。」


竜士は勇希に謝罪した。

大きくなったら言おうと思っていたが、タイミングがわからなかった。また、勇希がこともあって話せずじまいになっていた。


「やっぱり、姉ちゃんは死んでない――?え、じゃぁ、どこに……?」

「順を追って説明する。だが……結論から言うと、生死不明だ。」


竜士は両親の事故のことを話しだした。



---------------



「――だから、俺は警察官を目指した。そして、殺人や誘拐などの凶悪犯罪を取り扱う捜査一課に入った。以上だ。」


竜士は話を終え、茶をすする。

勇希は呆然としていた。


「両親が死んで、なぜか姉ちゃんだけが行方不明……???それに……姉ちゃんはまだ……見つからない、のか……。」

「ああ。……正直わからないことが多いんだ。だから、今、成宮なりみや田中たなかっていう相棒と一緒に、保護されて戸籍を獲得した子供を漁ってるとこ。……もちろん、業務時間外にな。」

「え、協力してもらってんの!?」

「……ちょっと色々とあってな……。」


きっかけは思い出したくもない湾岸倉庫の一件。医者のコスプレをした少年に助けられたのだ。

そのこともあり、何だかんだで協力してもらえることになっていた。



「なぁ、勇希……燈里あかりは生きているかもしれない。」

「――え……!!!?」


竜士がぽつりと零した言葉に勇希は驚いた。

さっきまで生死不明と言っていた兄が、急に話をひっくり返したのだ。当然の反応だろう。


「な……何で!?いや、嬉しい??けど、さ……!?」

「……この前会った奴が……『燈里あかりは生きている』って言ってたんだ。」

「え、誰!?」

「知らん。」

「は!?」

「……絶対に言うなって言われてるから、言えない。それに、本当に知らねぇし。」

「せめて特徴とか、連絡先とか……色々あるだろ……。」

「……それどころじゃなかったんだよ……上の采配のせいで死にかけてたし。」

「――え?」


勇希は訝しんでいた。

兄が上の采配で死にかけた最近の一件は湾岸倉庫。

助けに行ったのは――殺死屋だ。


「あー……もう聞くな。言えないし本当にわかんないんだよ。」


竜士はそう言い、これ以上踏み込まれない様に話を切った。



「……再会できるかはわからない。だが、会えたら必ず聞き出すつもりだ。それに……生きているのに会いに来ないということは、名前を変えて別人として生きている可能性が高いだろう。」

「確かに……生きてるなら会いに来るはずだもんな。きっと。」

「ああ。思い出したくないのか、それとも思い出せないのかはわからない。だが、俺は見つけてやりたいと思ってるし、また家族で暮らしたいとも思っている。」



竜士と勇希が住んでいるのは家族向けのマンションだ。

兄がこのマンションをそのままにしているのは、「また家族で暮らせるように」という思いがあるかららしい。

勇希は2人では広すぎる家に色々と疑問だったが、この話し合いで腑に落ちた。



勇気はふと疑問に思ったことを問う。


「姉ちゃんって……いくつなんだけ。」

「誕生日が来たら19になるはずだ。……あと1年で酒が飲めるようになるのか。20になったら一番に飲ませたろ。」


竜士は悪い顔で笑った。

対して勇希は真顔になる。……兄ちゃん、絶対潰れるまで飲ます気だ……。


「……姉ちゃんは俺の3つ上だしな。てか、会えたら飲ませんのかよ。」

「は?成人したら家族で酒盛りするのが普通だろ。勇希も20になったらやるからな。」

「……ハイ。」


竜士は勇希が20になった時も潰すつもりだった。

勇希は兄の回答を受けて無になった。


だが、これは別にきょうだいに対するいじめではない。


竜士は酒の適正量を把握する意味でも、家族が見ている前で飲ませると決めていた。

量がわからず飲んだ結果病院に運ばれたり、犯罪に巻き込まれるのだけは避けたかった。

お酒は怖いのだ。

ちなみに自分の時は親戚のおじさんに見てもらった。酒量の把握、大事!



「……もし、また……会えたら……ちゃんと【姉】と呼んでやってくれ。」

「今日生きてるって聞いたから、まだ実感ないけど……ちゃんとそう呼ぶよ。」

「頼んだ。」


「――俺、寝るわ。兄ちゃん、忙しいのに話聞いてくれてありがとう。」

「いや、むしろ聞いてくれて助かった。ありがとう。――おやすみ。」

「おやすみー!」


竜士は寝室へと向かう勇希の背を見送る。

声色は明るく、もう大丈夫そうだ。……ちゃんと話せて良かった。



――両親に報告してから寝るか。



竜士は仏壇へと向かい、手を合わせた。

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