第15話 拭い切れない可能性

早朝。

ICPO日本支部の地下3階の訓練室からは戦闘の音が響いていた。

中心にいたのはICPO top secret 002の紅忍くれないしのぶだ。



しのぶは全 top secret の中で1、2を争う実力の持ち主だ。


ちなみに争っているもう1人はICPO top secret 003のDr.殺死屋ドクターころしやだ。

後にここにICPO top secret 009のΣシグマが入るかも、と噂されている。

実戦経験が少ないことと、女性というハンデを除けばΣはかなりの実力の持ち主だった。


戦闘面ではこの3名がずば抜けており、その下に他の隊員がピラミッドのように並んでいた。

ピラミッドの上層はICPO勢が占めており、中層がICPO勢とFBI勢が混ざった感じ、下層は残りのFBI勢。最下層が体力と経験が少ないICPO top secret 007の魔女まじょルナと、入隊して日が浅いFBI top secret 007の斎槻いつきだった。



決してFBI勢が弱いわけではない。だが、いざ戦うと彼らは忍の足元にも及ばなかった。

また、普段からの訓練やどれだけの修羅場をくぐっているかを加味すると、更に下に落ちてしまう。地下大量粛清場ダンスホールでの動きがいい例だろう。元エリック司令の悪い部分が出ていた。……彼らを大事にし過ぎたのだ。


結果、全員が忍に弟子入りするような形になり、忍の指導のもとで朝練が行われていた。

今朝は訓練場中央で忍と殺死屋の2名が背を向けあって180度ずつ担当し、その他の top secret が協力して一斉にこの2名を襲う形の訓練となっていた。

殺す以外なら何でもあり。非殺傷武器のみを使用した、全力の模擬戦闘だった。



「そこ!休むな!!殺されるぞ!!――ほら、死んだ。やり直し!」

「――隙だらけだよ。敵役がたった2人なのに倒せないの?君たち、今まで何してたの。」

「――甘い!!」

「はい、終わり。次。――終わりだね。」

「ヲイコラ馬鹿弟子!大振りになるんじゃない!!!」

「動きが単調すぎ。……いつも得物に頼り切ってる証拠だよ。」



忍と殺死屋は襲い掛かってきた top secret を簡単にあしらい、改善点を伝えていく。厳しかったり、時々煽っているのはご愛敬だ。


意外にも殺死屋は忍の指示に大人しく従い、訓練自体はかなり上手くいっていた。



「――今日はここまでにしよう。そして、残った時間でエリックさんが持ってきた仕事に当たろうと思うが――黒真珠、それでいいか?」


適当なところで忍が指示を出す。


「ああ。――そっちもそれでいいか?」

「ああ。大丈夫だ。」


ICPO top secret 001の黒真珠くろしんじゅの問いに、FBI top secret 001の十字石じゅうじせきが答え、一旦解散になる。

この2名は番号が1番ということもあり、互いの組織のリーダーとして意見の集約をすることにしていた。



「うし、一旦解散!」



top secret たちは訓練場を出て、エレベータへと向かった。



---------------



朝練を終え仮眠室にてシャワーを浴びた面々は、ラウンジに再度集結していた。

手元にあるのは、昨日エリックさんが持ってきた行方不明者の膨大な資料。



「想像以上に多いな……。」



忍はしかめっ面になりながら目を通していく。


この作業の目的は、あかの薬の被検体であるWL-015探し。

国際テロ組織RemembeЯのエルダに行きつくための鍵であり、見つけておきたい人物でもあった。


各自、行方不明者の名簿に目を通し、それらしき人を当たっていく予定……なのだが。



「WL-015は日本人の子供って言われてもねぇ……。」

「行方不明者の名前と写真はあるけど、肝心のWL-015の本名と写真は無いんでしょ?」

「……どうやって探せと。せめて性別よこせよ。2分の1くらいには絞れるだろ……。」


FBI top secret 003の黒曜石こくようせき(通称:黒磨こくま)、FBI top secret 002の霧雨きりさめ、FBI top secret 001の十字石の3名が口々にツッコむ。



そう――川隅かわすみ・D・芳夫よしおの研究資料を見たが、WL-015や他の実験体については最低限の情報しか書かれていなかったのだ。

資料から分かったのは、WL-015は日本人で、嫌な言い方だが入荷当時は9歳以下だったということだけだった。

しかも、他の被験者にも日本人はいたようだ。最悪過ぎる。



「コレ、どうやって見つけんだよ……。」


FBI top secret 006の朝吹あさぶきは、呆れを通り越して半笑いだ。


正直、無謀すぎた。

行方不明者は9歳以下だけでも毎年千人以上出ている。おそらくこの年だろうと見られている時期もかなり幅があり、8年分だ。が、それも定かではないという地雷付き。

なので、最低でも調査対象は8千人を超える。……どうしろというんだ。


だが、WL-015は重要人物。何とかして探すしかない。

そのため、行方不明者の資料をひっくり返し、片っ端から当たるローラー作戦を実行していた。



「9歳以下ではあるみたいだから、ちょっとは絞れてはいる……けど……。」

「そもそも、本当に生きてんのか?」

「そこだよなぁ……。」


ICPO top secret 008の死神ネルガル、ICPO top secret 006の人喰いカニバリズム、ICPO top secret 005の人斬ひときざむらいが資料をめくりながら呟く。



「……他に……何かもっと手がかりはないのか……?見落としてたり……。」


黒真珠は川隅の実験記録を掘り起こし、他の記述が無いかを調べ始めた。

正直、こっちの方が効率がよさそうだ。……見落としがあればの話だが。



そんな中、資料を開いて固まっている隊員が2名。



――鬼火と殺人鬼の顔色が悪い……?



忍は疑問に思い、2名を観察する。

……それぞれの反応は微妙に違うようだ。


FBI top secret 005の鬼火おにびは、想像もしなかったものを見たかのような。

対してICPO top secret 004のDr.殺人鬼ドクターさつじんきは、覚悟をしてはいたけど見たくはなかった現実を目の当たりにしたような表情をしていた。



忍はひとまず鬼火に声をかけてみることにした。

顔面蒼白で資料を見つめる鬼火に近づく。鬼火の視線の先に記載されていた名前は――【宮崎燈里みやざきあかり】……。


「……鬼火。何かあったか?」

「――え……。あ、だ……大丈夫だ。」

「……何か気になることがあったら、また教えてくれ。」

「あ、ああ。……今は、大丈夫……だ。」


鬼火は返答するのがやっとな様子だった。



忍は鬼火から離れ、比較的症状が軽い殺人鬼の元へと向かう。

一瞬、人喰いカニバリズムが殺人鬼の手元を覗き込み、「……ああ。」と言った感じで殺人鬼の肩を叩いてすぐに離れた。

その様子を疑問に思いつつ、声をかける。


「殺人鬼。何かあったか?」

「!――ちょっとね。何でもないよ。」


殺人鬼は忍に驚き、忍の問いかけ直後に資料を裏返した。見られたくないものだったようだが――忍の目は一瞬だけ見えた資料に釘付けになっていた。

後でどうにかしてこの資料を奪っておきたい。


「……何か気になることがあったら、また教えてくれ。」

「……わかってるよ。」


殺人鬼はなるべく自然に返答し、資料を閉じた。

そして、資料を元の位置に戻した。



だが実際は――殺人鬼は、こっそりとポケットにしまっていた。



他の隊員には見えていなかっただろう。意識も向かなかっただろう。

だが、忍の目はごまかせなかった。



---------------



鬼火――宮崎勇希みやざきゆうきは今日も学校をさぼっていた。

決して不登校なわけではない。ただ、どうしても確かめておきたかったのだ。


バスを降り、人気のない道を歩く。


目的地は両親の墓がある墓地。

坂を上がり、ひたすら歩く。



「確か、ここだよな。……区画はもっと奥だった……ような。」


勇希は呟き、墓の奥へと歩みを進める。



歩くこと数分。目的の――の墓が視界に入った。



勇希の目的は、墓に刻まれた名前。

宮崎家の墓と書かれている裏に故人の名が刻まれているはずだから、それを確かめに来たのだ。



「――あった。」


両親の墓を見つけ、駆け寄る。

即座に裏に回ると名前が目に入るが――



「――ない……。姉ちゃんの、名前が…………。」



勇希は愕然とした。



――兄ちゃんが嘘をついた?それとも、兄ちゃんは知らなかったのか?



だが、ひとつだけ心当たりがある。

勇希は意図的に墓参りに行かなくさせられていた。――



「遠いから。」

「一人でできるから。」

「猛暑だし、蚊の餌食になるだけだから。」



そう言い、いつも墓に行くのは――兄だけだった。


確かに、勇希は top secret のこともあり日本から離れもした。

だが、それより前の期間なら墓に行っていてもいいはずだ。



――兄ちゃんは知っていた?だから、墓の裏を見られない様に……俺を隔離していた?



勇希は思考を回転させる。



――位牌いはいは!?



勇希は墓に来る前に1度帰宅していた。その時に仏壇に手を合わせるフリをして仏壇の様子を確認していた。

飾られていたのは古い家族写真と2位牌いはい


位牌いはいは基本的には1人1つ。……連名になっていなければ、だ。



――やべ。裏は見てなかった……。再度確認する必要があるな……。



勇希は墓で眠っている両親に手を合わせ、バス停まで歩みを進めた。

その表情は暗い。なぜなら――



――死んだと思っていた姉ちゃんが、WL-015……なのか……?



用意されていた資料に名前があったということは、その可能性があるということ。

勇気は位牌いはいを確認するために、ふらつく足取りで再度帰宅することにした。



---------------



「粛清完了。――連携は取れたな。」


黒真珠は手に持った鞭を腰のホルスターにしまう。

本日の粛清対象は3名。まとまっていたからやりやすかった。


だが、殺人鬼の様子がとても気になる。……顔色が悪いうえに、どこか上の空なのだ。

人斬り侍の様子も少々気になるが、殺人鬼はかなり酷い。


今日の出動はAチームだった。

連携は取れ、粛清できたものの、上の空はいただけない。



――この後は帰るだけではあるんだが……。



リーダーである黒真珠は殺人鬼に問いかけることにした。


「殺人鬼……。顔色悪いが、体調が悪いのか?」

「……。ごめん。ちょっと色々あって。……今は言えない。」

「……?そうか。――帰還する。忘れ物はしないようにしてくれ。」


黒真珠の提案に、メンバーは「はい」と答えて頷いた。


「……殺人鬼……ほうき、乗る?徒歩よりかは楽だよ?」

「大丈夫だよ。」


ルナは殺人鬼を心配し、帰りの道中楽な方法を提案した。だが、殺人鬼は断った。

黒真珠は様子がおかしい2名を視界に入れつつ、現場を後にした。



---------------



殺人鬼は帰宅し、自室のベッドに倒れ込む。

今日は両親の帰宅が遅いため、暗い顔を見られずに済んだのは幸いだった。



「……本当、嫌になるな……。」



ため息をつき、布団を握り締める。

すると突然、玄関チャイムが鳴った。



――宅配?父さんか母さんか、何か頼んでたのかな?



部屋から出て、モニターを確認する。


「えっ!!」


映っていた人物の姿に驚愕し、玄関に小走りで向かい、鍵を開ける。


「い、いらっしゃい。……てか、どうして……?」

「よぉ。来たわ。」

「邪魔するぞ。コンビニでジュースとポテチなら買ってきた。」


玄関の外に居たのは、ICPO top secret 006の人喰いカニバリズム、ICPO top secret 005の人斬ひときざむらいの2人だった。

2人共制服姿だ。手にはエコバッグを持っていた。



玄関に入り、靴を脱ぐ。

玄関の鍵はちゃんと閉めておく。……防犯は大事だ。



「……上がって。父さんと母さんは仕事だから居ないよ。」

「ああ。……突然だが、位牌いはいを確認させてくれないか?」

「多分、年数は合わせてると思うけど……。まぁ、僕も見る予定だったからいいけど。」

「悪いな。……辛いだろうに。」

「……こればかりは仕方ないよ。」


3人は会話をしながら廊下を進み、リビングへと入る。

そして――仏壇に飾ってあった位牌いはいを裏返す。


裏側に記載されていたのは失踪から7年後の日付と、名前。行年ぎょうねんの代わりに失踪年月日と失踪当時の年齢が彫られていた。



「……確定だな。」



人喰いカニバリズム位牌いはいを元に戻し、ため息をつく。

殺人鬼に振り返り、「無粋なことをしたな」と謝った。


全員の顔は暗かった。



リビングの椅子に腰かけ、人喰いカニバリズムがポテトチップスの袋を開く。

テーブルの中央に置き、1つ摘んで咀嚼した。


「――で。お前はWL-015が拐われた双子の弟だと思ってる――で、良いんだよな?」

「……ああ。あってるよ。」


人喰いカニバリズムの質問に、殺人鬼は暗い表情のまま呟いた。



殺人鬼は双子だ。

片方――兄が拉致され、自分だけ無事だった。

兄は未だに帰って来てはいない。いつの間にか行われたお葬式も、死体が見つかったわけではなく、失踪から7年が経ったから行われていただけだった。その証拠がこの位牌いはいだったというわけだ。

殺人鬼は兄の墓に行ったことがない。――だろう。



「俺らの親戚が……なぁ。考えたくない最悪の可能性だな。」

「ああ。最悪だ。――胸糞悪い。よりにもよって従弟いとこが……。」


人斬り侍と人喰いカニバリズムは各々言葉を放った。

彼らは親戚で従兄弟いとこ同士だ。


ややこしいが、人喰いカニバリズムが殺人鬼の従兄いとこ

そして、人斬り侍は人喰いカニバリズムの従弟だった。ちなみに、人喰いカニバリズムのほうが年上だ。



「てか、殺死屋はもう良いのかよ。」

「ずっと兄じゃないかって疑ってただろ。……こっそり採取したDNAは全く違ったけど。」

「アイツなんか知らないよ。本当、いつもいつも……!!!」


殺人鬼はキレながらポテトチップスを口に放り込む。



殺人鬼は殺死屋が兄だと本気で思っていた。

なので従兄たちと一緒にDNAを採取して検査したのだが、結果は外れ。

だが、どうしても殺死屋が双子の兄と重なってしまう。


殺人鬼は殺死屋に近寄るが、殺死屋は殺人鬼を避ける。

追いかけ、避けられ、言い争いから喧嘩に発展し、今のこじれまくった関係になっていた。


この3人以外は経緯いきさつを知らないため、いつの日か殺死屋と殺人鬼はものすごく仲が悪いといった認識になっていた。

……外れてはいない。一触即発、混ぜるな危険だった。



「まぁ、でも確かに似てるんだよな。」

「そっくりだし。俺らもそうじゃないかって疑ってたけどな。」

「なー。だけど、嫌われたよな。」

「な。嫌われたな。腹立つわー。」


人斬り侍と人喰いカニバリズムはポテトチップスを食べながら好き勝手話している。



――こいつら、人の気も知らないで。……いや、知っているからこそ、こんな感じに振舞っているのか……。



殺人鬼は机に頬杖をつき、不貞腐れていた。



「で、どうするよ。」

「調べてみるのか?」

「……正直、追えるなら足取りは追いたい。――僕の為にも、家族の為にも。」


人喰いカニバリズムと人斬り侍の問いに、殺人鬼は答えた。


自分自身の為でもあるが、何より双子の兄の情報が手に入るのであれば、家族に言える範囲で顛末を伝えたかった。

1人が欠けて……狂った家族関係に終止符を打ちたかったのだ。



「だが、忍が厄介そうだぞ。」

「やっぱり、見られてた……かな?」

「見てた見てた。」

「……。面倒臭いなぁ、もう……。」


殺人鬼は勝手に拝借した【双子の兄の資料】を机の上に置いた。

忍は尊敬できるし、助けられることも多い。だが、これだけは見られたくなかった。


幸せな家庭で育ったであろう忍に、土足で踏み込まれたくなかった。


殺人鬼にとって、双子の兄の一件はデリケートだ。

同じ経験を――身内が失踪したことがない人間はお断りだった。



「てかさ、鬼火も変だったよな。」

「――え?鬼火も?」


殺人鬼は人喰いカニバリズムに聞き返した。

朝の時点では周囲を気にする余裕がなかったのだ。


「ああ。真っ青だった。」


人斬り侍は人喰いカニバリズムの言葉を肯定した。


「……待って。鬼火も……身内が失踪してる可能性が……?」


殺人鬼はその可能性に気付く。

人斬り侍と人喰いカニバリズムは無言で頷いた。


WL-015の性別は明記されていない。男だろうと女だろうと、実験体になっていたらアウト。

真っ青になったということは、可能性は大いにあった。



「……もしかしたら、共闘できるかもしれないな。」

「かなりデリケートな問題だが。果たして話してくれるかどうか……。」

「まずは、話せる機会を伺おう。――明日の朝練後に接触してみないか?」

「……そうだね。そうしようか。」


話はまとまった。

殺人鬼、人斬り侍、人喰いカニバリズムの3名は、明日の朝に鬼火に接触することにした。



「……最初に事情を話せる範囲で話して……あ、恨みっこなしだ、って言っておかないとね。」


殺人鬼は脳内で会話をシミュレートする。

事前に言うことを決めておかなければ。本名バレはゴメンである。



「……外れか、それともどちらかが胸糞わりぃ当たりを引いているか……。」


人喰いカニバリズムの言葉に答えた者は居ない。

空っぽの位牌いはいだけが、3人を見つめていた。

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