第8話 ダンスホール

「おはようございます……。」

「あ、おはよう。今日もよろしくね。」

「はざます。」

「はよー…。ねっみぃ。ふわぁあ…。」


top secretは朝練前にラウンジに集まっていた。

入室後、各自挨拶をしている。


叶奈かな――ICPO top secret 009のΣシグマは眠気覚ましにコーヒーを煽っていた。

早朝に飛び出させられるとか禄でもない。眠すぎた。

他のメンバーも同じなのだろう。自販機で買ったコーヒーを飲んでいる人が多いようだった。


「眠い……。」

「わかる……。うぁ、苦い…。」


Σはコーヒーを飲みつつ、ICPO top secret 007の魔女まじょルナと話して眠気を紛らわせていた。Σの膝の上には【うしゃぎ】が陣取っていた。眠そうにあくびをしている。

ルナも眠気覚ましにコーヒーを選択したが、苦手なようだった。



そろそろ地下に移動するかという頃、【ブツッ】というスピーカーの電源が入る音がする。

スピーカーから安井やすい司令の声が響く。


《各自装備を確認後、地下3階のダンスホールに降りてきなさい。》


再び【ブツッ】とスピーカーの電源が切れる音がし、何も聞こえなくなった。

用件はそれだけらしい。



――ダンスホールって何だ??



疑問に思っていると、FBI勢も同じことを思ったのかざわついている。

だが、ICPO勢は顔色が悪い。


「ダンスホール??…踊るのか?朝練で??」


FBI top secret 001の十字石じゅうじせきは眉を顰めて呟いた。


「どういうこと??なー、忍ー。わけわかんねーんだけどー……?忍??」


FBI top secret 005の鬼火おにびは疑問に思い、ICPO top secret 002の紅忍くれないしのぶに聞くことにした。

だが、しのぶから返事は帰ってこない。


振り向くと、忍はICPO top secret 001の黒真珠くろしんじゅと話していた。


「なぁ――これ……。」

「黒真珠。覚悟を決めろ。――時は来た。……最悪なことに。」


真っ青な顔で問いかけてくる黒真珠に、顔色の悪い忍が返答する。

それを見た鬼火が眉を顰める。


「……。」


黒真珠は何も言えない。口元を押さえて、佇んでいる。

しのぶは事前に知っておいたほうが良いと思い、仕方なく宣言することにした。

忍はルナに話しかけようとする。


「ル――」

「やめろ!!」


黒真珠が叫び、忍の発言を止める。

周囲の視線が集中する。


「――俺が、言う……。」

「……わかった。」


忍は黒真珠の意思を尊重し、何も言わないことにした。

その代わり、FBI top secret 002の霧雨きりさめに向かって発言した。


霧兄きりにい。どうか……斎槻いつきにゃんを守り抜いてくれ。」

「え――わかった。しのぶ、忠告ありがとう。」

「Σ。行くぞ。」

「え、は、はい…。」


Σは忍に連れられてエレベーターへと向かうのだった。



前の人たちがはけるのを待ち、エレベーターに乗り込む。

Σはエレベーターの中で忍に聞いてみることにした。


「師匠…ダンスホールって何なんです??場に不釣り合いすぎて……隠語ですか?」


問われた忍の顔は暗い。


「Σ。覚悟を決めろ。――top secretの一員になる、覚悟を。」

「――え。」

「本当はもう少し後にする予定だったんだが……すまない。」


忍はΣに謝罪してきた。Σは理解に苦しんだ。

かろうじて悪いことが起こったことは読み取れた。


【うしゃぎ】は意味わからなそうに、Σの腕の中で左右をキョロキョロしていた。



エレベーターを降り、地下3階を進む。

突き当りの大広間へと入った。


「――ここがダンスホールだ。」


ダンスホールはとても広い空間だった。壁や床はレンガで出来ていた。

中央は円形の空間だ。

top secretが全員入っても余裕がありすぎる空間で、あと100人以上は入れそうだった。


だが、壁側には鉄格子――檻が設置されている。

その中には――囚人だろうか。人が沢山いた。かなり人相が悪い。

何か言ったり、こちらを笑ったりと態度も悪かった。だが、やたら興奮している様子が見て取れた。


「――っ!?」


檻を見たとき、Σの頭の中で何かがフラッシュバックした。



――頭が痛い。割れそう。



だが、何が理由かはわからないし、流れた記憶は断片的でわからなかった。

ただ、檻がキーワードで、恐怖を感じるとわかっただけだった。


「――大丈夫か!?」

「……だ、大丈夫です。ちょっと頭が痛かっただけです……ので…。」


頭を押さえ、うずくまると心配した忍が声をかけてきた。【うしゃぎ】も心配そうに抱き着いてくる。

幸いにも1分ほどで収まったので、ゆっくりと立ちあがる。



――断片的な記憶が何なのかわからない…。どうしたらいいんだろう、これ。



混乱していると、忍がようやく解説を挟んでくれた。


「……。Σが言った通り、ダンスホールは隠語のようなものだな。言葉を直すと――犯罪者の処刑場だ。」

「――え。」


Σは驚いた。

後ろに居た霧雨きりさめが、忍とΣの会話に耳を傾けてぎょっとした表情になる。

他のFBI勢も驚き、これから起こることを想像した。


「武器を構えろ、Σ。この後待っているのは、死に物狂いの囚人との生きるか死ぬかの戦闘だ。――お前が殺せ。」


忍が発言した直後、スピーカーから声が響いた。

安井司令の声だ。



《全員集まったわね?――囚人は約束通り、生き残ったら娑婆に出してあげるわ。武器は好きなものを使いなさいな。》



その直後、檻が上にあがり、自動で開けられる。

凶悪犯罪者たちが空いた檻から出てきて、top secretを殺しにかかってくる。


場は一気に混乱した。

FBI 勢は対応が遅れ、Σは動けなくなってしまった。【うしゃぎ】が必死に動けと伝えてくるが、Σは動けない。

その中で誰よりも真っ先に動いたのは、ICPO top secret 003のDr.殺死屋どくたーころしやだ。


先陣を切り、犯罪者の頸動脈を切りつける。

派手に血しぶきが飛び、犯罪者は倒れた。


「何、固まってるの?」

「――殺死屋ころしや……。」

らなきゃられるよ。」


そう言い、殺死屋は次から次へと犯罪者を捌いていく。

殺死屋の動きでFBI勢も動き出した。連携を取りながら粛清していく。


一気に場が真っ赤になる。

血の匂いが漂い、気分が悪くなる。


「黒真珠。――ルナを今のうちに粛清に慣れさせておいたほうが良いんじゃない?」

「――わかって……いる。」

「いい加減、これからのことを考えて動こうよ。それに――!!」


殺死屋は向かってきた犯罪者を切りつけながら、黒真珠と会話をする。

黒真珠も得物の鞭を使い、粛清していた。


Wählenヴェーレン Leuteロイテに自由はない。――十分過ぎるほど、わかっているでしょ。君も、今日の内に経験しておきなよ。」


殺死屋はΣを一瞬視界に入れ、発言した。

殺死屋の言葉の最後は、Σに向けてのものだった。


殺死屋は倒れた犯罪者を何度か切りつけた。

その後、倒れた犯罪者の首根っこを掴み、Σの居る場所まで引きずって来る。

途中邪魔しようとしてきた犯罪者はあっさり返り討ちにしていた。


「ほら……どうぞ。」


まるで猫が飼い主に死にかけの得物を献上するかの如く、手加減して切りつけた死にかけの犯罪者をΣに献上する。


「う……。ううううう。なんで、何でこんな目に――」


アキレス腱などの大事な筋を切られているのだろう。犯罪者は逃げだすことができないようだった。

犯罪者はうわごとを言い、泣いていた。



――泣くなら犯罪(殺人)しなければいいのに。自分のしたことが返ってきただけじゃないか。



「……これ、刃物だよ。使って。」


中々動こうとしないΣに、殺死屋はポケットから刃物を取り出して、差し出す。

飛び出しナイフだった。グリップはアースカラーで彩られていた。

殺死屋がΣに向ける瞳は優しい。


Σが動かないのを見て、武器を持っていないと思ったのだろう。殺死屋なりの心遣いだった。


「殺死屋、ありがとう。…とどめ刺させるわ。」

「ん。」


忍は飛び出しナイフを展開し、Σに持たせる。


「Σ――れ。」


殺死屋が犯罪者を押さえ、忍がΣの手を握って刺す位置を的確にサポートする。

Σの背後や周囲では、まだ生き残っている犯罪者とtop secretが闘っていた。



――私は今、どんな表情をしているんだろう。



もうわからないや。ただ――生きるためにはやらなければいけないんだと、そう――思った。



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戦闘開始からしばらく後。

持ち込まれていた多数の犯罪者全てが絶命し、ダンスホール(大量粛清)は終わりを告げた。


《粛清が終わったなら、袋に入れて隣の部屋に投げ込んでおいて。焼却するから。じゃ、お疲れ様。掃除もよろしくね。》


スピーカーから安井司令の声が響き、次の仕事が振られた。


全員で協力して死体を処理する。



放心状態のルナと、Σは部屋に戻した。

この2名ははじめての粛清だった為、このあとメンタルケアをしたほうが良いだろう。

【うしゃぎ】は真っ赤に染まったのが不服だったのか、地味にキレてた。……感情豊かなぬいぐるみだった。俺が居ない間は、【うしゃぎ】がΣを的確にメンタルケアしてくれるだろう。


斎槻いつきは粛清をなんとか免れた。最後まで霧雨きりさめが庇ったようだ。

だが、斎槻いつきの瞳孔は開き、表情は死んでいた。

霧雨と斎槻いつきも一緒に部屋に戻すことにし、残りのメンバーで片付けを進めた。



殺死屋ころしやは彼らの様子を見て、何も言わずに掃除を進めた。


他のメンバーも掃除を進めていく。

みんな通ってきた道でもあったので、特に重くは感じていなかった。



隣の部屋は処分場に繋がっている。

死体を特殊な袋に入れて隣の部屋に投げ込み、焼却処分するようにしてもらう。


その後、真っ赤に染まった空間をデッキブラシやモップで掃除した。

バケツの水で床を流し、排水溝に向かってブラシを使って血痕と水を流していく。

無言で淡々と進めていた。



大体片付いたところで時間を確認する。7時を過ぎたところだった。


「なぁ、しのぶ。――甘いかもしれないけど、FBIではこんなこと無かったんだ。かなり精神的にきてるから、学校休むわ。」

「――え、そっちではやってないのか、これ。……お疲れ様。ゆっくり休んでくれ。」


鬼火が忍に青い顔で語りかけた。

忍は驚いたあと鬼火を気遣った。


「いいんじゃね?俺もフツーにサボるし。早朝からはしんどすぎる。マジねぇわ。」

「いつもより人数多かったしな。こっちが多くなったからって集め過ぎ。」

「それなー。俺、社会人だけど☆」


ICPO top secret 006の人喰いカニバリズムとICPO top secret 005の人斬ひときり侍の言葉に、ICPO top secret 008の死神ネルガルが軽く同意する。


「多分、霧兄きりにいも休むよな?……俺も休もう。逆に職場の人、条件反射で殺してしまいそう。」

「……うし。今日はみんなサボるか。俺も限界だわ。大学行ってる場合じゃねぇ。」


FBI top secret 003の黒曜石こくようせき黒磨こくま)の言葉に、FBI top secret 001の十字石じゅうじせきが賛同する。


「せっかくだし、スーパー開いたら材料買ってきてキッチンで何か作らない??どうせ、この後家に帰る気しない子多いでしょ?今は食べる気しないだろうけど、昼過ぎなら何か食べる気になれるかも☆」

「そういえば、ネルガルは料理上手だよな。」


ネルガルの提案に忍が返す。

何度かネルガルの料理のご相伴に預かったことがあった。

めちゃくちゃ美味しかった。店が開けそうである。


「まぁね~☆簡単なものでいいなら作るよ☆あ、材料費は食べる人で割り勘ね☆」


きっと料理が好きなのだろう。

ネルガル自身の気分転換を兼ねての提案だと思われた。


「俺はパス。炭しか作れない。材料費だけ出すわ。」

「え。あ、うん??そうなの??」


FBI top secret 004の朝吹あさぶきの回答に、ネルガルが聞き返す。


「ああ。まずくても食べられればいい一択だから、よく兄貴に嫌がられる。得意料理は黒こげのチャーハンだ。」

「……Oh LaLa……嘘だろ……。」


どうやら朝吹は料理が下手なようだ。

ネルガルはショックで母国語が出ていた。



きっと、ゆっくりできるのは今の内だろう。

美味しい料理でも食べて、ゆっくり自室で過ごそう。

衝撃が強かったこともあり、今日は全員メンタルの回復に充てることにしたのだった。



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安井桃子やすいももこは指令室でコーヒーを飲んでいた。

ノックの音が響く。


「どうぞー。」


入室の許可を出すと、入ってきたのはアワードだった。


「上手くいったようだな。」

「ええ。まぁ。――斎槻いつきは殺さなかったみたいだけど。」


アワードの発言に、安井は不満に感じつつ軽く返す。

1つだけ思い通りにならなかったのだ。


安井司令は昨日のうちに複数の刑務所から秘密裏に犯罪者を集めていた。


目的は2つ。

1つめは、実践を通じてチームで組んだ時の動きを把握できるようにするため。

2つめは、粛清をしていないメンバーに粛清をさせるため。


鬼火など一部のメンバーが、戦力ではなく仲のいい人同士で組もうとしたことへの危機感が発端でもあった。

また、いい加減粛清を庇うのを辞めさせたかったのだ。うっとうしい。非合理だ。



霧雨アレは最後まで庇い続けたか。」

「いい加減にしてほしいわ。せっかく手に入った駒だというのに。」


安井はこれから先を見据えてお膳立てをしたのだった。

情ではなく、利の面で。


話しているとノックの音が響く。

入室を許可すると入ってきたのはエリックだった。


エリックは思ったことが表情に出ていた。むしろ不満を隠そうとしていない。

挨拶もそこそこに2名に食ってかかった。


「安井さん、ミスターアワード……。こういうやり方は――」

「何を言っている?だからこそだろう?アイツらは人間じゃない。」

「エリック副指令……。彼らはWählenヴェーレン Leuteロイテよ。」


だが、2人は極めて冷静だ。

情を挟まず利益だけで考え、ばっさり切り返されてしまう。


「それとも裏切る気か?――アイツのように。」


アワードの言葉を聞いた瞬間、エリックの動きが停まる。

目を見開き息をのむ。


「僕は――僕はFBI捜査官です。それ以上でもそれ以下でもない。」


エリックは俯き、拳を固く握る。


「――本当だろうな。エリック。」

「――はい。」


アワードに睨まれる。エリックは真っすぐ見返した。


「……仕事に戻ります。」


エリックはそう言い残し、指令室を後にした。



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とある山中の工場だった場所の一画がある。


人が居なくなったことにより手入れがされず、ギリギリ雨風がしのげるくらいの建物だった。

内装もボロボロで埃も積もっていたが、とある一画だけ掃除がされており、人の気配がする。

家具は備え付けの物だったり、不法投棄されたものを拾ってきたのだろう。ボロボロな上に統一感はなかった。


ここがRemembeЯリメンバーの隠れ家――現在の拠点だった。


春先とはいえまだ寒い。

石油ストーブで暖を取りながら、集団で生活しているようだ。



ブラックスーツを着てサングラスをかけた男は、ボロボロの椅子から立ち上がる。

綺麗な金髪――プラチナブロンドだろうか。がさらりと揺れた。

サングラスの奥の瞳は緑色で、愁いを帯びていた。

ネクタイは瞳の色に合わせているようで、よく似合っていた。


「――さて。久しぶりに会いに行くとするか。」


RemembeЯリメンバーの創始者――Fredericはそう呟き、隠れ家を後にした。

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It's top secret! 八嶋 黎 @yashima-rei

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