第9話 疑惑と手がかり
資料室を出て階段を上り、自分のデスクに座る。
気持ちを切り替えてキーボードを叩く。
警視庁捜査一課に勤務する
昨日起こった商店街・小学校無差別殺人事件の対応だ。
事件を引き起こした犯人は、国際テロ組織の
染めているのか濃いピンク色の髪に、日常生活ではあまり見かけない赤色の瞳をしている。
カラーコンタクトでも使っているのだろう。その線から現住所が当たれないか考えてみたが、結果不可能だった。
足跡の消し方がプロ過ぎるのだ。
現に、公安でもエルダを含む
――証拠は揃っている。見つけられれば、殺人罪で引っ張れるのに。
宮崎は自分の無力さを嘆くが、仕方のないことだと割り切る。
足取りを見つけるのは
それに、宮崎自身はやりたいことがあり、その為に警察官になったのだ。担当している事件とはいえ、他のことに気を取られ過ぎるわけにはいかなかった。
時間を見つけては資料庫で迷宮入りした事件を漁っているのだが、やはりまだ手がかりが掴めない。
宮崎は焦る気持ちを押さえつけながらキーボードを叩いていた。
――せめて、
宮崎の手は止まり、思考へ入る。
成宮は必ずそうなるとわかっているようだった。何度か前例があるのか、はたまた上から何か指示を受けていたのか。
ちょうどその時後ろから声をかけられた。
「宮崎君。」
「――!?は、はい。」
声をかけてきたのは
50歳手前の、目が細く、目が開いているかわからないくらいの糸目の男性だ。
基本的には穏やかな人だが、取り調べの時は鬼のように怖い。
「頼みがあるんだが、ちょっといいか?」
「はい。何でしょうか。」
「ICPO日本支部にコレを届けて欲しいんだ。」
そう言って
――この事件、ICPO日本支部も絡んでいるのか!?
「本来なら私が行くんだが、会議が入っていてね。――ああ、詮索はしないように。死にたくなければ、な。」
宮崎は思考が見透かされていたことに反応し、視線を動かしてしまう。
それを見た
「宮崎君…君はやりたいことがあって、捜査一課の刑事になったと聞いている。生きていたいなら……目的を達成したいなら、踏み込むな。――届けるだけだ。いいな?」
「――はい。わかりました。」
宮崎は置かれたナイフを見つめ、目を閉じて返事を返す。
「すまないが、すぐに行ってきてくれないか?」
「わかりました。出ます。」
宮崎は袋に入ったナイフを手に取り、席を立つ。
ホワイトボードのマグネットを動かして外出中に変える。
「行ってきます。」
「頼んだ。」
階段を下り、駐車場へと向かう。
使う車は、色々とめんどくさかったので自分の車にした。さっさと行ってさっさと帰りたかった。
鍵を開けて運転席に乗り込み、シートベルトを締める。
大きなため息をつき、スマートフォンを取り出す。
スマートフォンのケースを外し、中にしまい込んでいた1枚の写真を取り出す。
中に入っていたのは家族写真だ。
大人2人と子どもが3名写っている。
1名は中学生…13歳くらいの少年、1名は小学校低学年くらいのツインテールの女の子、最後の1名は3歳くらいの男の子だった。
みな楽しそうに笑みを見せていた。
かなり古い写真だが、ネガが残っていたのだろう。綺麗に現像されていた。
「――待ってろ。兄ちゃんが絶対に見つけてやるからな。……
宮崎は写真の女の子に告げ、車を発進させた。
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機密情報が仕舞われた資料室から出てきた男性がいた。
男は短いプラチナブロンドをなびかせながら、建物の中を歩いていた。
すれ違う相手にも挨拶を交わし、堂々と歩く。
右手には分厚いファイルを持っている。
男は堂々とした態度でエレベーターに乗り込み、1階のボタンを押した。
誰しもが彼がFBIのエリックだと……信じ、欠片も疑っていない様子だった。
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宮崎はICPO日本支部に到着し、来客者用駐車所に車を止めてエントランスへと向かう。
「……相変わらずデカいな。」
GHQの支配の名残を感じながら、宮崎は建物に足を踏み入れた。
エントランスは広々としていて、所々に観葉植物が置かれている。
左手前の部屋には談笑できる、ロビースペースが設けられていた。ソファとローテーブルのセットが複数置かれており、使い勝手がよさそうだった。
美味しそうな匂いが漂ってくるため、左奥のスペースは食堂かカフェテリアなのだろう。
2つのスペースを区切る中央には、壁と階段があった。どうやら建物の中央に階段が設置されているようだ。
正面奥にエレベーターホールがあり、正面右には受付のカウンターがあった。
受付の奥にも複数のエレベーターがあるようだ。
建物の内部を見渡しながら、受付に声をかける。
すると、
――踏み込むなと言われてもなぁ……。ああ、もう、早くナイフを渡して帰りたい。
しばらく待っていると、1人の女性に声をかけられる。
「ナイフの件はあなたよね?私が安井よ。ご苦労様。」
「はい。警視庁捜査一課の――」
「挨拶は要らないわ。ナイフさえ渡してくれればそれで。」
ぴしゃり、とキツイ言い方をする安井に、宮崎は一瞬怒りをおぼえる。
宮崎は一呼吸置き、ナイフを安井に差し出した。
「……どうぞ。」
「もう用はないわよね。ご足労、お疲れ様。」
安井はそう言い、足早にその場を去る。
――何だその、さっさと帰れの言い方は。わざわざ持ってきたんだぞ。嫌なら警視庁(こっち)に取りに来いよ。
宮崎は怒りを飲み込み、席を立ってロビーから出て行こうとした。――その時だった。
「――えっ!?エリックさん!!?どうしたんですか、今日は早上がりじゃなかったんですか??」
――うわぁ、声色が…。てか、そんな声出せたのかよ。
塩対応の安井が、突然恋する乙女みたいになっている現状に軽く引く。
安井はエリック?という男の人とロビーを出てすぐの位置で話しているため、隣を通り過ぎるのに勇気がいった。
……しばらくロビーの中に居よう。あの人に近付きたくない。
宮崎は遠巻きに様子を窺うことにした。
「ええ、忘れ物をしてしまって。もう帰りますけどね。」
エリックと呼ばれた男の人は軽く微笑み、安井を追い越して建物から出ようとする。
だが、安井はふと違和感を覚える。
……あれ?エリックさんは瞳が青色だったはず。何で今日は緑色なのかしら。
しかも、エリックさんはグレー系の明るい色味のスーツを好んで着用する。
だが、目の前の男性はブラックスーツだ。
日本では黒でも問題はないが、海外ではブラックスーツはマフィアくらいしか着ないはず。――まさか。
「あの、エリックさん……?」
「はい?」
エリックと呼ばれた緑の瞳を持つ男は、安井に振り向く。
安井は確信しつつ、問うた。
「――あなた、誰?」
「――見つけましたよ!
安井の言葉とほぼ同時のタイミングで、エレベーターから降りてきた男性が叫ぶ。
降りてきたのはグレーのスーツを着た青い瞳の――本物のエリックだ。
手には銃を持ち、歩きながらフレデリックと呼ばれた男性を狙う。
「なぁんだ。もう来たんだ、兄さん。」
フレデリックは即座に安井から距離を取り、エリックに声をかける。
「Freeze(動くな)!Put your hands up(手を上げろ)!――ファイルを床に捨て、後ろを向いて、手を上げて、床に膝をつけ。」
「……数年ぶりの感動の再会だろ。双子なのに、兄さんは冷たいなぁ。」
「早くしろ!!!」
軽口をたたく双子の弟フレデリックに対し、エリックは有無を言わせずに怒鳴りつけて指示を飛ばす。
確か、
いや、何でここに居るんだよ。しかも兄ってなんだよ。
宮崎は巻き込まれないよう距離を取りつつ、様子を窺う。
念のため武器を持っているか確認しておく――警棒はないが、銃と手錠はある。いざとなったら拘束できるだろう。……十中八九、治外法権でICPO日本支部に持って行かれると思うが。
「――早くしろ。フレデリック!!」
だが、フレデリックは一向に指示に従わない。――それなら!!
パァン!!
ガキィン!!!
エリックは威嚇射撃をフレデリックの肩に打ち込んだ――はずが、弾かれて受付の壁に着弾した。
「お!何か揉めてんじゃん。
「ああ、助かる。――エルダ。」
銃弾をはじいたのは濃いピンク髪の少年――
いつの間に現れたのだろうか。
手には双剣を持ち、どこか楽しそうに余裕の表情でフレデリックの隣に立つ。
すると、エリックの表情が一気に気色ばんだ。
エルダの登場により勝てる見込みが無くなったのだ。
今すぐここにtop secretを複数名連れて来れるなら――いや、人目に触れる危険性が高く、こんな場所では運用ができない。
エリックは一気にピンチになった。
そんなエリックを無視し、エルダはいたって普通に話しかける。
「なぁなぁ、この前会った
生きてるよな?の言葉に殺気が宿る。
エリックと安井はあまりの殺気に怯みそうになるが、何とかこらえる。
――鬼火!?それって、あのナイフに彫刻されていた文字…!?
どうやら鬼火と
踏み込むなとは言われている。だが、ここまでくると気になってしまう。
少しでも情報を得ようと、宮崎はエルダのほうを向き、様子を窺う。
だが、フレデリックが邪魔で、エルダはほとんど見えなかった。
「――心配はいりませんよ。生きてますし、人権は保障していますから。」
「……ふぅん。なら、いいか。」
意外にもあっさりとエルダは引き下がった。
会話内容が怖すぎるんだが。裏切ったとか、元犯罪者とかそんな感じなのか??
「んで?フレデリックさん、用事は終わったんですか?」
「ああ。もう用はない。」
「なら帰るか――」
「あっれぇ!?もしかして、あの時の被検体!?」
その声にエルダが一気に殺気立つ。
宮崎は現れた男性に目を向け、人物を確認する。
彼は――
確か、高い研究結果が認められて、製薬会社で研究に没頭していると聞いたことがある。
何でここに居るんだ??
「あー!!やっぱりそうだ!!えーっと、顔立ちがヨーロッパ系だから…君はWL-003かな?うわぁ、結構長生きしたね!!!」
「――てめぇ……。」
嬉しそうに告げる川隅に、エルダは憎悪の瞳で睨みつける。
「あ、そうだ。ラスト――WL-015は元気?確か、2人で一緒にあの日に居た研究員を全員殺して逃げたよね??ロシアに戻ったら全部が真っ赤でびっくりしたよ。本当に。…いやぁ、君達は
川隅はとても嬉しそうにエルダに語りだす。
話の内容は極めて物騒だ。
――人体実験の話だよな…!?何で川隅は捕まらずに堂々と出来るんだ!?
宮崎は理解が追い付かない。
対してエルダは手に持つ双剣に力が入る。
「途中でいなくなったWL-013も気になるんだよねぇ。ねぇ、まだ生きているんなら、また研究データ取らせてよ!他の個体は全滅したのに、今まで生き残ってきたなんてとても興味が――」
川隅の言葉は最後まで発されることは無かった。
「――!!!?」
エルダに首を身体から切り離され、川隅は絶命した。
辺りに血が飛び、壁と床が真っ赤に染まる。
顔が強張る周囲に対し、フレデリックは冷めた瞳を向けている。
「――てる……。」
エルダは双剣についた血を払い、呟く。
「アイツは――絶対に生きている!!!そして、俺らはケリー…アカリを見つけて、死んでいたならその分まで生きてやるんだ!!!
エルダは涙を流しながら叫ぶ。
その言葉に宮崎は固まった。
だって――
幼かった弟には事故で両親と共に死んだと伝えているが、本当は両親が死に、妹だけが行方不明になっていた。
そして、妹の手がかりを掴むためだけに宮崎は刑事になり、刑事一課で捜査の傍ら妹の事件を個人的に再調査していた。
宮崎はエルダを見る。エルダは宮崎の位置から見ても、今はフレデリックの陰には隠れていなかった。
写真通りの濃いピンクの髪。そして――前髪の一部を女児が使うような赤い球状の、ラメ入りのプラスチックの髪飾り付きの髪ゴムで留めていた。
かなり塗装が剥げているが、行方不明になった当時妹が身に着けていた……
宮崎の動悸が早くなる。
資料で流れてくる写真はどれも囚人服のものだったので、アクセサリーなど日常的に身に着けているものはわからなかった。
よく見ると片耳だけピアスを付けていた。何か理由があるのだろうか。
…というか、髪ゴムが本当に
エルダから見ても生死不明のようだが、川隅の発言からして死んでいる可能性が高いように思う。
人違いであっていて欲しい。だが、この仮説があっていた場合、
――だとしたら、妹はどこに埋まっている?
生きていたら連れて帰る、死んでいたら遺骨を見つけて親と同じ墓に入れると宮崎は決めていた。
だが、場所がわからない。
連れていかれた?どこに??何でロシアが出てくる??
海外に連れていかれたのか?人身売買??そして実験体になったのか??
……わからないことだらけで気が狂いそうだ。
個人的な目的でもエルダを捕まえなければいけないと、宮崎は心に刻み込んだ。
宮崎は銃に手をかける。
エルダは敵と会話をしているように思う。質問くらいなら殺されないだろうと踏んでの行動だった。
何なら妹の名前と特徴を言って試せばいい。
当然、別人の可能性も高かった。
同時期に漢字違いの女の子(
妹が行方不明時に持っていたものは全て当時の女児に人気があったものだったから、赤の他人でも身に着けている率が高いのだ。
当たりでも外れでも、行方不明者の情報は手に入る。……それでいい。別人の場合、事情によっては遺族に伝えるかは迷う結果にはなるが。
エルダに問う為に、宮崎はゆっくりと歩みを進める。
だが、宮崎の行動は突然視界が悪くなり上手くいかなかった。
かなり煙が多い。改良版なのだろう、一瞬で視界が奪われた。
「な――フレデリック!!!」
エリックは叫び、入り口に向かって数回発砲する。
だが、何の反応もなかった。
スプリンクラーが作動し、室内が水浸しになる。
宮崎はパンフレットが置かれていた背の高い机の下に潜り込み直射を避けたが、幾ばくかは濡れた。
現場はカオスだった。
しばらくして煙が晴れる。
そこには誰もいなかった。
「――逃げられた。」
「お前はいつも取り逃がしている。わざとじゃないのか?」
エレベーターから降りてきた男性が、エリックに心無い声をかけた。
「アワードさん……。わざとではありません。僕は、フレデリックを捕まえたい。そして、罪を償ってもらいたいと――」
「連れていけ。」
「――!?」
エリックは捜査員に腕を掴まれ、エレベーターに押し込まれる。
どうやら取り調べを受けることになるようだ。
「え!?エリックさん!?――ちょっと!何でエリックさんを連れて行くのよ!!」
「アイツには疑いがある。血縁関係もあるしな。――あと、お前。」
アワードと呼ばれた男は宮崎のほうを向く。
「ファイルのことは忘れろ。さもなくば――わかっているだろう?」
「あら、まだ居たのね。というか、帰していいの?」
「…警察だろう?後が面倒そうだ。」
アワードは安井に簡単に言葉を返し、宮崎に追い払うジェスチャーを送った。
「――わかりました。失礼します。」
宮崎は軽く一礼し、エントランスを出て駐車場に戻る。
運転席に座ると一気に疲れが襲ってきた。
「――!!!!」
声を押し殺しながら声にならない叫びをあげる。
情報量が多く、めちゃくちゃだった。
その後、息を吐き出して一旦冷静になる。
――
宮崎は決意を新たに固め、車で警視庁へと戻るのだった。
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