第7話 対策会議

警視庁捜査一課所属の宮崎竜士みやざきりゅうじは私立上桜かみざくら小学校の正面玄関前に居た。


「……酷いな。」


どうやったらこんなむごい現場を作ることができるんだ。

宮崎は真っ青な表情で口元を押さえる。


「――だって、あのRemembeЯリメンバーの現場っすからね。どこもかしこも、ぐっちゃぐちゃのドッロドロっすよ。」


声をかけてきたのは鑑識の成宮真斗なりみやまことだ。

うんざりした顔で鑑識鞄を持って、廊下から玄関口へと歩いてきていた。


宮崎は成宮の発言を聞き、思わず聞き返す。


「は!?あの国際テロ組織の!?」



――ここは日本だぞ!?あり得ない、そのはずだろ!?



「あー……こっちっす。」


成宮は表情一つ変えず、宮崎を校舎の中へと案内する。

宮崎は大人しくついていくことにした。


見渡す限り真っ赤な、異様な校舎を進む。


「ああ――ほら、あの教室っすよ。前黒板。」


成宮に指で示され、教室へと入る。

前の黒板を見ると、黒板いっぱいに大きな文字でRemembeЯと書かれていた。


「どうやら本当に、上陸なされてしまっちゃったっぽいですよ。」


RemembeЯは犯行後に必ず痕跡を残す。

壁に血で文字を書いてみたり、重厚感のあるプラスチック製のカードを置いていったりするのだ。

今回は黒板の文字だったようだ。


「……何で、日本に……?活動拠点はアメリカのはずだろ?たまにロシアやドイツ、フランスにも出没しているが……。」

「俺が知るわけないじゃないっすか……。疑問はテロリストへどうぞ。てかさっさと捕まえてくださいよザキミヤさん。」

「……現時点では無謀だわ。……残念ながら。クソッ……。」


宮崎はこぶしを握り締め、歯噛みした。

成宮はその様子を顔色を変えずに一瞥し、手に持った鑑識鞄を少し上に掲げる。


「とりあえず、現場終わったんで。俺は帰ります。」


そう言い、立ち去ろうとする成宮――だが、1歩進んだところでこちらに振り向いた。


「ああ、ザキミヤさん。」

「……だから、俺は宮崎だって――」


成宮は進路方向を変えて宮崎に近付き、耳打ちする。


「……今回の事件も、もみ消されるかもしれません。」

「――え……?」


成宮は宮崎から離れて鑑識鞄を少し開け、1本のナイフを宮崎に見せた。

宮崎は視線で追う。


入っていたのは1本のナイフ。

手持ち部分グリップがブルーブラックの色味で、少々小ぶりなようだ。

底部分には【鬼火】と彫られている。……恐らく自分で刻印したのだろう。歪な字だった。


成宮は1秒ほどで鞄を閉じ、何事もなかったかのように肩にかけ直した。


「じゃ、お疲れっした。」


そう言い残し、成宮は帰還する。

現場には宮崎を含む、捜査一課の面々だけが残された。



---------------



斎槻いつきにゃん…大丈夫かな。」


FBI top secret 005の鬼火おにびは、ICPO日本支部のラウンジのソファに座りながら呟く。

3ヶ月前に入隊したばかりの斎槻いつきのことが、とにかく心配だった。


するとラウンジのドアが開き、FBI top secret 002の霧雨きりさめが入ってきた。


霧兄きりにい!!お疲れ様です。」

「鬼火…斎槻いつきを助けてくれて、ありがとう。」


霧雨は鬼火に丁寧に頭を下げた。


霧雨はFBI top secret 007の斎槻いつきの実の父親だ。

私立上桜小学校の一件を聞き、職場である保育園を早退して駆けつけていた。

その後、泣く斎槻いつきに寄り添い、先ほどまで仮眠室にこもっていた。

こっちに出てきたということは、恐らく斎槻は寝たのだろう。


「保護者仲間から連絡が来て、斎槻いつきと仲が良かった2人は家に帰っていて無事だったみたい。それもあって、少し落ち着いた感じかな。ただ……担任の先生や、クラスメイトの半数は駄目だったみたい。」

「そ――う、ですか。」


斎槻いつきの友人が生き残っていたことにほっとしたが、亡くなった人が多すぎる。

良かった、と手放しに言えない状況だった。


「……さっき、安井司令に会ったよ。18時からここで会議だって。まだ時間があるし、鬼火も少し寝たら?」


時刻はもうすぐ15時になる。

本来なら何食わぬ顔をして授業に戻るのだが、今回は現場が酷かったこともあり、無理だったので学校をサボっていた。


top secretにとっては学校とは、一般社会とのかかわりを通じて精神を保つための場であり、また情報漏洩のリスクを大きくはらんだ場でもあった。

なので、精神的に落ち込んだ鬼火は、今日は学校から逃げることにしたのだ。


霧雨はそのことを察しているのだろう。

睡眠を提案されたが、精神がまだ落ち着いてはいない。

鬼火はとりあえず何か飲んで、落ち着いたら寝ようと思った。


「……もう少ししたらそうします。ありがとうございます。」

「……俺はコーヒー飲もうと思うけど、鬼火はどうする?」

「あ、俺も飲みます――!」

「2人分入れるね。…鬼火は座ってて。」


慌ててソファから立ち上がるが、笑顔で霧雨に止められる。

鬼火は礼を言い、ソファに座り直すのだった。



---------------



18時。ラウンジはごった返していた。

昼過ぎに緊急招集があったのだ。


もちろん叶奈かな――ICPO top secret 009のΣシグマも学校から直接赴いていた。

ソファ席の、ICPO top secret 007の魔女まじょルナの隣に座らせてもらう。師匠と黒真珠は近くに座っていた。


本当は司令が来るまでICPO top secret 003のDr.殺死屋どくたーころしやと昨日の話をしようと思っていたのだが、師匠であるICPO top secret 002の紅忍くれないしのぶとICPO top secret 001の黒真珠くろしんじゅにより上手く逸らされてしまった。


何それ。結託が強すぎる。

次回は【うしゃぎ】を持ってこよう。

こうなったらヤケクソだ。他力本願にステータス全振りして、ぬいぐるみに頑張ってもらおうではないか。


Σは内心不貞腐れた。

殺死屋が何事もなかったかのように日本茶をすすっているのが腹立たしかった。



一方、室内は昼の事件の話題で持ちきりだった。

現場に居合わせた鬼火が、質問しに来たtop secretに昼の状況と戦闘成績を話していた。

それを聞いたtop secretたちは、危機感とチーム戦への理解が持てたようだった。

チーム結成の探りを入れている会話も聞こえてくるため、相当ヤバいのだろう。


Σは師匠に聞いてみた。


「師匠…RemembeЯリメンバーってそんなに強いんですか?師匠でも負けますか?」

「俺は奥の手(忍術)があるから参考になるかわからないが……良くて引き分け、悪くて死ぬな。鬼火よりはうまく戦えるけど。」

「……師匠でも、ですか。」


師匠でも引き分けなら、自分が勝てる見込みはない。

RemembeЯのメンバー1名に対し、複数出ないと勝ち目がないことがよく理解できた。



そのやり取りを聞いていた黒真珠が、忍に問う。


「……そういえば、忍は鬼火を鍛えていたな。」


忍は鬼火の実力を知っているため、恐らく正確に戦力差を計測できるだろう。

そう思っての発言だった。


「ああ。だから…黒真珠はソロの場合は黒磨こくまと同じ結果、ルナと居た場合は死ぬだろうな。」


忍ももちろんその意図を汲んでいる。答えになるよう回答した。


だが、その言葉を聞き、黒真珠は押し黙った。

しばらくして返答する。


「……そうか。」


その表情は暗い。


「……もう、よ。から。これ以上は無理だ。」

「……わかった。」


この2人の間には何かあるのだろうか。

空気感に疑問を持っていると、入り口のドアが開いた。

入ってきたのは2人の司令だ。


ホワイトボードの前に安井司令とエリック副指令が立つ。


「これから会議を始める。」

安井司令の言葉に、室内の空気が緊張した。


RemembeЯリメンバーが現れたわ。――いよいよね。」

「我々が合併した目的でもあります。まずは…昼の事件の詳細ですね。」


そう言い、エリックさんは手元の資料に目を落とす。


「昼に現れたのはRemembeЯのメンバーである、エルダです。エルダが最初に現れたのは商店街でした。そこからとある人物を追う形で小学校に侵入しています。」

「――え?」


エリックさんの言葉を聞き、霧雨が小さく疑問を呈する。


「その人物というのが校長です。この校長は過去に――Wählenヴェーレン Leuteロイテの人身売買に手を染めていました。恐らく、今回の犯行はその恨みでしょう。」

「まぁ、商店街で殺されてくれれば、ここまで大規模にならなくて済んだ感じよね。」


安井さんがさらっと言葉を切った。


「そんなわけで、RemembeЯが動くときには必ず何か原因があるの。今後はそれを追う感じになるわ。」

「次のターゲットは判明していませんが、その時の為にも、各自チームの編成を進めてください。」


エリックさんはそう告げ、マーカーを使い、ホワイトボードに書き込んでいく。


「これが、現在判明しているRemembeЯのメンバーです。今回のエルダは結成初期の古株、前回のリゼットは数年前に加入したと見られています。」


各メンバーとその写真がホワイトボードに貼り付けられていく。

創始者1人、メインの幹部的な立ち位置(古株メンバー)は4人。その他は末端のようだ。

リゼットは末端に区分されていた。


ここで、Σは違和感に気付く。



…あれ?

RemembeЯの創設者のFredericさんの写真だけがない。

カメラで写せなかったんだろうか。



安井さんは指示棒を伸ばし、エルダの写真付近を差し、軽くたたく。


「エルダはピンクの髪に赤い瞳という、かなり目立つ見た目をしているわ。見つけ次第、殺…いえ、。」


その言葉に真っ先に違和感を覚えたのはFBI top secret 003の黒曜石こくようせき黒磨こくま)だった。

黒磨こくまはリゼットに対して「殺せ!」とわめいているのを聞いていた。

なぜ「殺せ!」といわないのかが不思議だが、今は飲み込む。


「そういえば、戦力差はどうだったの?」


安井司令は話を鬼火に振った。


「……エルダは実力を全く出していませんでした。俺は本気だったのですが、まるで大人と子ども――赤子です。正直、組む相手を選ばないとキツイと思います。」

「そう。なら、勝てる編成にしなさい。遊びで身内と組もうとするな。ガキが。」

「……はい。」


どうやらFBIは仲間内で組もうとしていたようだ。

知った仲間で組むのは当たり前ではあるが、今回はtop secretの所属区別なく組ませたかったのだろう。

安井さんとしては、鬼火の動きは邪魔だったらしい。

……だからってこんな潰し方するかよ普通。



「それと――」


安井さんが言いかけたとき、ノックの音が聞こえてきた。


「ああ、来たわね。」


安井さんはそう言い、入室を許可する。

入ってきたのは50代前後のアメリカ人のオッサンだった。

髭は適当に生やして、地味に汚い印象を受ける。

耳にはバッチバチにピアスがしてあり、髪と瞳とほぼほぼ同じこげ茶のスーツを着崩して着ていた。

同じ色の革靴を履いている。


何というか、日本人からしてみたら、見た目であまり関わりたいと思えない人種だ。


「彼はFBIのライラック・アワード。RemembeЯの捜査にあたっているわ。これから情報交換をする事も多くなると思うから、覚えておいて。」

「フン。人間以下の下等生物バケモノと関わるのは不本意だがな。」


アワードは安井司令の言葉を受け、安井司令に対して言葉を返す。――top secretは一切視界に入れずに。

アワードの言葉を聞いたエリックが顔色を変えてアワードを止めにかかる。


「……!!ミスターアワード!それ以上は――」

「お前が俺にそんな口を利くとはな。エリック?」


アワードは冷ややかな視線をエリックに向けた。

その視線に含まれる意味を、Σたちはまだ知らない。


「――!……ですが、今の言葉は訂正してください。」

「オイ、top secret共。お前らは人間じゃない。全てが片付いたら――皆殺しにしてやる!」


アワードは恨みのこもった瞳でtop secretを睨みつけた。


ICPO top secretはこれに反感を持ち、反抗的な態度を取る。


「あ?」

「はぁ?」

「何だこのオッサン。舐めてんのか。」

「……。」


キレたり、無言で得物を取り出す者もいた。

だが、それとは対照的にFBI top secretは静かだった。


どこか諦めたかのような。それでいて「言葉だけなら見逃すが、手を出して来たら許さない」というかのような雰囲気が漂っている。



「あら。嫌われているのねぇ。」


安井司令はその様子を見て、さらっと一言発言した。

安井司令は「まぁ、私はそこまでは言わないけど。」という雰囲気だった。


エリックさんは何も発言できない。


「フン。まぁいい。二度と会いたくはないが、精々敵を殺すんだな。」


そう言い残し、アワードは帰っていった。



「まぁ、いいわ。折角集まったんだし、この後地下で1時間ほど訓練でもしてて頂戴。その方が都合がいいでしょ?――じゃ、解散。」


安井司令は言いたいことを言って、解散した。

……んでまた放置かよ。ヲイ。



呆れるΣとFBI top secret の面々。

他のICPO top secret 勢はどこか当たり前のように諦めていた。



こうして、地下へと向かい、手合わせをしながらチームの選定を進めるのだった。



---------------



top secretが訓練している頃。

指令室にて安井司令が電話をしていた。


「ええ、私よ。恩赦おんしゃを餌に、犯罪者を集めて頂戴。……頼んだわよ。」


安井司令はどこかに連絡を入れるのだった。

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