第七話 超知能と未来の模索(2)

智峰 II の提案によってリニューアルされた店舗の看板は今も鮮やかに輝いている。だが、私が見渡す限り、観光客の姿はまばらだ。智峰 II が推し進めた地域活性化プロジェクトによって、商店街の改装や新規店舗の立ち上げは実現した。しかし、その効果は小規模なものに留まっているようだった。


私は商店街の中心にある観光案内所へと足を運んだ。内部はまるで近未来の施設のように整然とし、デジタルディスプレイに地域の名産品や観光情報が映し出されている。智峰 II が住民の意見を最大限に反映して作り上げた場所だ。


「智峰ちゃんのアドバイス通りに、地元の特産品のPRば強化したおかげで、最近はすこしずつ観光客戻ってきてらんずや」


案内所のスタッフは、笑顔を浮かべながら話し始めた。私に向けられるその笑みには、確かに安堵の色が見えた。だが、彼女の言葉の端々に宿る微かな影に、私は違和感を覚えた。


「でも……それでも、来るのは日帰り客ばりで、泊まる人はあんまりおらんのよ」


彼女は少し視線を落とし、言葉を選ぶように続けた。


「観光業が伸びだのは間違いねし、生活も楽になったんだばって、住民の暮らしが本当に変わったかっちゅうど……智峰ちゃんも、できる限りの提案してくれだばって、結局、町の人口増えねど、どうしようもねえんずや。私たちも、もっと頑張りてと思ってるんだばって……」


その言葉に、私は一瞬何も言えなくなった。智峰 II が住民たちと共に最善を尽くしているのは明らかだ。しかし、過疎地特有の問題は、どれほどの努力を尽くしても解決しきれないのかもしれない──そう思わせる冷たい現実が、目の前の風景に垣間見えていた。


***


木の看板は色褪せ、ショーケースには僅かに残った品物が並ぶ。智峰 II が提案した施策は商店街の中心部では一定の成果を上げたが、こうした古い個人商店にまで及ぶことはできていないようだ。


私が声をかけると、奥から年配の店主がゆっくりと姿を現した。


「いらっしゃい。珍しな、こんたとごに客が来るなんて……」


店主はそう言うと、少し申し訳なさそうに笑った。その表情には、どこか諦めの色が見える。私は店内を見渡し、どう切り出すべきか迷いながら話しかけた。


「商店街の中心部は随分と変わったようですが、こちらはどうですか?」


その問いに、店主は短くため息をつく。


「智峰ちゃんが、俺の店もどうにかしようって、いろいろ提案してくれだのさ。新しい商品ば取り入れたり、観光客向げにメニュー変えだりしてな。『ここが変われば、全体のバランスが良ぐなって町全体がもっと活性化するはんで』って、智峰ちゃんが言ってくれだ」


彼はしばらく言葉を切り、ショーケースに残ったわずかな商品を見つめながら続けた。


「でも、結局、若ぇ客はうぢみてぇな店さ来ねかったな。最初は来てくれだんだばって、すぐに飽きられだ。どんだげ智峰ちゃんが工夫凝らしてくれだども、こったとごさ客は根付かねぇ……それが現実だべな」


その声には悲しみも怒りもなかった。ただ、現実を静かに受け入れているような静寂さが漂っていた。


「それでも、智峰ちゃんはいつも俺の意見ば聞いでくれだ。無駄だってわがってる提案にも耳傾けで、可能性ば探ってくれだ。だはんで、俺は文句言えねぇんだ。結果さダメでも、智峰ちゃんは俺たちさ寄り添ってくれだはんで……」


彼の言葉に、私は胸が締めつけられるような感覚を覚えた。住民たちは智峰 II の存在を理解し、その努力を認め、感謝さえしている。しかし、彼らはそれでも「何も変わらなかった」現実を前にして、どうにもならない感情を抱いているのだ。


***


智峰 II の画面には、これまでの施策の成果と今後の方針についての報告が淡々と表示されていた。住民たちはその画面をじっと見つめ、ある者は首を縦に振り、ある者は腕を組んだまま動かない。


「今後の施策として、外部がらの移住者ば呼び込むための観光プログラムばさらに強化して、地域産業のリブランディングを進めでいぐことば提案します」


智峰 II が冷静に言葉を紡ぐ。彼らの意見を聞き、すべての選択肢を検討した上で導き出した最善の施策だ。


その中で一人の男性が手を挙げ、静かに口を開いた。


「智峰ちゃん、確かにおめの言うごどは理に適ってるし、俺たちも理解してら。俺たちが変わらねばなんねぇってごども、おめの提案が正しいってごどもわがってるんだ」


彼は一度視線を落とし、ゆっくりと続けた。


「でも……わがってらども、どうしても納得できねぇとこがあんだ。俺たちの町が、俺たちの意思じゃねぐて、機械によって決められてるみてぇでさ。おめは俺たちの意見ば尊重してくれるんだばって、それがただのデータになってるような気がすんだよ」


会場に沈黙が落ちる。誰もが彼の言葉の重みを感じていた。

智峰 II は少しの間を置いてから、静かに返答を始めた。


「皆さんの意見は、決してただのデータじゃねんず。私はその声ば施策さ反映して、皆さんの考えば尊重しながら提案してらんだ。だども、現実にはどしても避けらんねぇ限界があってな。私はそいば超えらいねぇけども、皆さんと一緒に最善ば尽ぐし続けるごどはできるんず。どうか、私ば信じで、一緒に歩んでければって思ってらんだ」


智峰 II の言葉に、住民たちは誰一人反論しなかった。その提案は彼らにとっても理解しやすく、合理的で、そして何より「正しい」。だからこそ、誰もその提案を拒絶できないのだ──そこには漠然とした不安があった。


「……俺たちの町が、おめに依存すど、俺たち自身の考えが失われでいぐんでねぇがって、そった気がすんだ」


その言葉は誰にも反論されず、ただ静かに消えていった。


***


静寂の中、町の明かりは遠くで瞬いている。智峰 II はこの町の人々に寄り添い、彼らの意見を尊重し、常に最善を尽くしている。だが、その最善が叶わない現実を、住民たちは理解しつつあった。


「智峰 II の提案が正しいことは、住民たちも分かっている。彼らは彼女を信じ、支えられることを喜んでさえいる……けれど、信じることと依存することの違いが分からなくなっているのではないか?」


私はそのような空虚な感想を頂いて取材を終えた。

智峰 II が描く「最適な未来」を選び取ることが、住民たちにとって本当の幸福なのか──。それとも、彼らは「最適解」を受け入れることで、自分たちの手で切り拓く未来を手放してしまうのか?


智峰 II と住民の間には、確かに信頼関係がある。だが、それは同時に「依存」の始まりを意味しているのかもしれない。私の胸の中で、この町が辿る未来への不安が静かに渦巻いていた。


こうして私は取材を終え、静かな夜の町を後にした。

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