第六話 超知能と未来の模索(1)

2035年の初め、私のもとに一通のメールが届いた。差出人は内閣府。「超知能『智峰 II』による地方自治運営支援モデルについての取材案内」と題されたそのメールには、全国各地で進行している智峰 II の支援プロジェクトの成果を取材してほしいという依頼が記されていた。

智峰 II の支援によって、地方自治がどれほどの成果を挙げているか、経済成長率や住民の生活満足度が向上していることは、報告書の数字を見れば一目瞭然だ。けれど、数字の裏側にある「住民の本当の声」や「彼らが感じている変化」を知ることができるのは、現地に足を運んだ者だけだ──私はそう確信し、編集長のデスクへと足を向けた。


「編集長、こんな案内が来ています。智峰 II を使った地方支援の事例を取材できるそうです。どう思います?」


編集長は私からメールを受け取ると、しばらく眉をひそめて読み込んだ。


「智峰 II か……。確かに、政府のデータでは経済成長や失業率の改善が報告されているが、現地の実態はどうなんだろうな。経済指標だけが良くなっても、それが住民にとって『幸せ』を意味するとは限らない」


彼は深く息を吐いた。ため息の深さから、私は彼がこのプロジェクトに対してどれほど複雑な思いを抱いているのかを感じ取った。


「でも、数字では結果が出ているんですよね? 本当にうまくいっているのか、現地を見て確認してみたいです」


私の言葉に、編集長はゆっくりと頷いた。


「そうだな、数字はあくまで結果の一部だ。だが、俺たちが見なきゃならないのは、その裏側にある人々の生活と感情だ。超知能が描く『最適な社会』とやらが、住民にとって本当に心地よいものなのか、それを確かめてくるんだ。現地で自分の目で見て、先入観に囚われず、感じたことをありのままに記事にしてくれ」


「わかりました、現地でじっくり見て、住民たちの本音を探ってきます」


私はそう言って、メールの案内を再び読み直した。編集長の言葉が頭の中で何度も反響していた。「最適な社会」が本当に住民に受け入れられているのか、その答えを自分の目で確かめる──それが、記者としての私の使命だと改めて思った。


選んだ取材先は、かつて繊維産業で栄えたものの、長年の衰退を経験した地方都市だ。産業の衰退とともに若者が流出し、高齢化が進む典型的な地方の姿。けれど、智峰 II の支援によって、地域経済が復興しつつあるとされる場所だ。超知能の支援が実際にどのように機能しているのか、住民たちの生活にどんな影響を与えているのか──それをこの目で確かめるつもりだった。


現地に着くと、私はまず町役場に足を運んだ。改修されたばかりのロビーは小綺麗だが、どこかひっそりとしている。受付の職員に案内されながら、ふとロビーの隅に目を向けると、スマートフォンに向かって話しかけている人の姿が見えた。


「こんにちは、今日はどのようなご用件でございますか?」


落ち着いた声が辺りに響く。住民は「道路工事のごどで相談があんだども」と端末に向かって答え、端末の画面に表示された地図を見ながら簡単な会話を続けていた。工事の期間や騒音対策について、智峰 II がすぐに返答をし、住民は納得した様子で画面を見つめている。


「智峰ちゃんは、住民さんの要望をリアルタイムで集めで、すぐに解析して対応すんだっきゃ。そいだばって、職員が住民対応さける時間も大幅に減って、計画的な業務に集中できるようになったんず」と、同行してくれた職員は誇らしげに語った。


智峰 II の支援によって業務が効率化され、住民対応が迅速化されたことは、職員の言葉からも十分に伝わってきた。だが、私が本当に知りたいのは、住民自身がこの変化をどう受け止めているのかだ。そこで、住民たちの集まる場所を訪れて、彼らの声を直接聞くことにした。


向かった先は、智峰 II の提案で改装されたコミュニティセンターだ。扉を開けると、中にはさまざまな年齢層の人々が集い、和やかな空気に包まれていた。受付にはホワイトボードが設置され、その日のイベント情報や智峰 II からのメッセージが掲示されている。「午後2時から健康相談会」「手芸教室:初心者歓迎」──そんな案内の横に、智峰 II の言葉が添えられていた。


「今月は健康診断の参加者が増えでますよ〜。みんな、定期的な健康チェックをお忘れねぐ!」


「こんにちは〜。あんた、外がら来た人だべ?ここはね、毎週いろんなイベントやってるんずや。智峰ちゃんの提案で始まったんだばって、みんな楽しんで参加してらのよ」


そう話しかけてくれたのは、60代の女性だった。彼女の笑顔には、明るい自信が満ち溢れていた。


「んだ、例えば先週なぁ、地域の若ぇもんたちと一緒に、古い商店街の清掃やったんだ。智峰ちゃんが『ここ掃除すど、人通り増えて商店街が活気づく可能性が高い』って言ってくれで。実際、その後すぐ近くのカフェさお客さん増えだんずや」


彼女の話を聞きながら、私は智峰 II が単なるデータ解析だけでなく、住民の感情や人間関係にまで配慮した支援を行っていることに驚きを覚えた。


「やらされでる感じねぇんだよね。みんな自分たちでやってる感覚だはんで。だがら、智峰ちゃんが新しいイベント提案しても『ほだば、やってみようか』ってなるんずや」


彼女の言葉からは、住民たちが智峰 II を信頼し、彼ら自身の生活の一部として受け入れていることが伺えた。智峰 II の支援が本当に「人間の幸せ」をもたらしているのか、その一端を垣間見た瞬間だった。


だが、一方で私は心のどこかでこうも感じていた。「この信頼は、住民たちの本音なのか?それともAIによって導かれた結果なのか?」。その疑念は、住民とのやり取りを重ねる中で、徐々に私の中で静かに膨らんでいった。

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