第三話 共生社会と都市管理

2031年、世界はかつてない速度で変革の波に飲み込まれていた。AIは単なる技術的なツールを超え、社会全体を支える「新たな社会インフラ」としての役割を担い始めていた。私たちの生活の至るところでAIの影響力が強まり、都市、経済、そして人々の価値観そのものが変わりつつあった。私はこの急速な変化を取材しながら、自らの役割もまた、大きく変容していることを感じていた。


私がその「変化」を最も強く実感したのは、東京都が導入したスマートシティ構想の取材を行ったときのことだった。東京都全体をAIで管理し、エネルギー、交通、インフラ、治安維持などのあらゆる要素を高度に最適化するという前代未聞のプロジェクト。この計画は、まさに「都市そのものをAIで動かす」という壮大な試みだった。


取材のため、私は東京都のスマートシティ運用センターを訪れ、その運用責任者である柳田氏と対話する機会を得た。センターに足を踏み入れた瞬間、私の目の前に広がったのは、まるで未来の司令塔のような光景だった。



巨大なフロアには無数のモニターが整然と並び、東京都内の交通状況、エネルギー使用状況、そして治安維持に関する情報がリアルタイムで表示されていた。画面には、道路を走る車両の動きから、交差点での人々の流れ、さらには各家庭の電力消費量まで、あらゆるデータが詳細に映し出されていた。


「これが東京都全体を管理するAI『智都ちと』のシステムです。」


柳田氏は私に向かってそう説明しながら、ひとつのモニターを指し示した。その画面には、都内の主要道路を走る車両の流れが3D表示されており、赤く点滅する箇所は、数秒後に交通渋滞が発生すると予測されているエリアを示していた。私はその点滅に目を奪われていると、AIが即座に交通信号の調整を行い、他の道路へ車の流れを分散させた。その結果、渋滞は未然に解消され、交通の流れは途切れることなくスムーズに保たれた。


「以前なら、これほどのデータをリアルタイムで解析し、即座に対策を講じることなど到底不可能でした。だが今や、AIが都市全体を最適化し続けているのです。」柳田氏は、まるで生き物を慈しむかのような眼差しでシステムを見つめ、続けた。「『智都』は、秒単位で膨大なデータを収集し、次の瞬間に何が起こり得るかを予測します。そして、最も効率的な解決策を自律的に実行に移す。交通渋滞の予測と解消、災害発生時の緊急対応、エネルギー消費の最適化……そのすべてを、この1つのシステムで管理しているんです。」


柳田氏の言葉を聞きながら、私はまるで「都市そのものが生きている」かのような錯覚を覚えた。智都は、都市の隅々まで行き渡る神経のように情報を集め、最善の判断を下し続けている。人間はただ、その判断を「確認」し、場合によっては微調整を行うだけ。都市という巨大な生命体を制御しているのは、もはや人間ではなく、AIそのものだった。


私は柳田氏にその点を率直に尋ねてみた。


「これだけ高度にAIが都市を管理するようになると、人間の役割はどのように変わるのでしょうか?もはや私たち人間の判断が必要ないとさえ思えてしまいますが……」


彼は少し考え込んだ後、慎重に言葉を選びながら答えた。


「確かに、智都が行う判断は常に最適化されており、人間の介入が必要ない場合も増えています。しかし、私たちがAIにすべてを委ねるわけにはいきません。最終的な判断を行うのは、あくまで人間であるべきです。それが、AIに対する私たちの『責任』ですから。」


私はその言葉にうなずきながらも、彼の声の奥にわずかな戸惑いを感じ取った。最終的な判断を行うのは人間だと言いながらも、その判断のほとんどは、AIの提示する「最適解」に従って行われているのが実情なのではないか──そんな疑念が私の胸に湧き上がった。


「では、具体的に人間の役割とはどのようなものですか?智都が全ての判断を行い、私たちはその結果を確認するだけでは、もはや『人間の判断』とは言えないのでは?」


私がさらに問いを重ねると、柳田氏は少し目を伏せた後、静かに口を開いた。


「おっしゃる通りです。AIが提示する解決策が圧倒的に優れていると、人間はそれに従うだけの存在になってしまいがちです。ですが、AIが導き出す『最適解』が本当にすべての人々にとって最善の解決策とは限りません。例えば、交通渋滞を解消するための最適化が、ある特定の地域の住民に負担を強いるものであったとしたらどうでしょうか?そうした『最適化の弊害』を見抜き、判断するのは、やはり人間の役割なんです。」


柳田氏の言葉は、自らの職責に対する覚悟と矛盾する現実への葛藤が滲み出ているようだった。AIが導き出す結論は、論理的かつ合理的である。しかし、そこに含まれる「人間の生活や感情」という不確定要素を考慮し、社会全体としての合意を導き出すことは、AIにはできない──その現実を彼は痛感しているのだろう。


***


2031年、都市全体を管理するAI「智都」の導入は、東京を新たな「共生社会」のモデルケースへと変貌させつつあった。都市が一つの巨大な生命体のように機能し、人間はその生命体を支える一部として生きる。この新たな社会構造の中で、人々は次第に「最適化された生活」に慣れ始めていたが、同時に、どこか漠然とした不安を感じ取っていた。


取材を終え、私はセンターを後にしながら、柳田氏の言葉を反芻していた。AIが社会を管理し、人間の役割が縮小する中で、「最適化」された未来とは一体どのようなものなのか?私たち人間は、自らの意思で判断し、選択する存在であり続けることができるのか?それとも、AIが作り上げた「最適化された檻」の中で生きることを受け入れるしかないのか?


答えはまだ見つからない。しかし、都市という「共生社会」が次第に形作られる中で、私は一つ確信したことがあった。


それは、AIが導き出す未来がどれほど「最適」であったとしても、その未来を選び取る意志を持つのは、やはり人間であるべきだということだ。私たちが自らの役割を問い続け、AIと共に歩む方法を模索しなければ、都市はただの「自動化された空間」に成り下がってしまうだろう。


私はノートに、こう書き残した。


「AIは、都市を管理し、社会を最適化することはできる。しかし、そこに住む人々の『価値観』や『幸せ』までは、決して最適化できない。共生社会とは、AIと人間が互いの存在を尊重し合いながら、どのような未来を選び取るかを模索することにこそ本質があるのだ。」


2031年、私は「共生社会」の始まりをこの目で見届け、これからの都市の行く末を見守ることになるのだろう。

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