転生

むかしむかしあるところに

 むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんが――訂正。おじさんとおばさんが住んでいました。


 ある日おじさんは日課である剣の修行に山へ。おばさんは川辺で精神統一の座禅を組んでいました。

 研ぎ澄まされた精神世界を脅かす金色が突如として現れ、目を奪われそうになったおばさんがふと川の方に目をやると、黄金と呼んでも過言ではない色をした、美しい黄桃が流れて来ました。


「黄桃か……懐かしい」


 自分の体躯ほどある黄桃を引き寄せ、おばさんは肩に担ぎます。

 周囲を歩く人達は一瞬驚きますが、持っているのが彼女だと知ると皆、安堵したように吐息します。


「黄桃なぞ、都で数十年前に食って以来……旦那にいい土産が出来た」


 その晩。

 剣の修行から帰って来たおじさんは、黄桃と対面して固まっていました。


「これは……何ぞ」

「黄桃だ。見ればわかるだろう?」

「いや見ればわかるだろうって、こりゃあでかすぎる。儂の腰近くまであるぞ。これがただの黄桃だと?」

「ではこれが、黄桃以外の何に見える」

「難しいなぞかけを……仮にこれが黄桃だとして、食うつもりか?」

「食わねば腐ってしまうだろう。何だ? もしかして、迷惑だったか……おまえにいい土産が出来たと、思っていたのだがなぁ……」


 その言い方は反則だ。

 そう言われたら引けない事を知っている妻が、わざと言葉を選んでいるのを旦那もわかっている。

 が、それでもこれ以上否、と言う事は出来なかった。


「わかった、わかった。ありがたく頂こう。ただこの大きさだ。夕餉を軽めにして欲しい」

「ふふ。そう言うと思って、おむすびを握っておいた」

「フム、で、は……?」

「どうした?」


 おじさんは改めて黄桃に向き直ります。

 そして大きく後ろに退くと、今から夕餉と外そうとしていた刀を腰に据え直し、抜刀の構えで

構えたのです。


「おい、おまえ何を――」

「気配がする」


 おじさんの警告に、おばさんは緩み切っていた神経を尖らせ、周囲を探ります。

 ですがおじさんの言う気配は、周囲には、外には感じられません。

 感じられるのは、おじさんが対面、対峙する、黄桃の中でした。


「何だ……まさかちまたで噂のと呼ばれる怪異か」

「いや、それにしては……とにかく、切ってみる」


 出来事は一瞬でした。

 おじさんの刀が黄桃を十字に叩き斬り、中身を暴露。中にいたには一切の傷を付けず、黄桃だけを切って捨てたのです。

 まさに達人技。

 ですが次の瞬間には、おじさんもおばさんも驚愕のあまり目の前の光景から目を離せず、言葉を失って立ち尽くしてしまいました。


「これは……一体」


 おばさんはゆっくりと抱き上げます。

 すると、男子の乳幼児はたった今はらから出て来たばかりの如く産声を上げました。


「おまえ、様……男の子だ。人間の、男の子だ……!」

「人間、なのか?」

「いや! いや! 人間なのかどうかは問題ではない! この子は今ここで生まれ、産声を上げたのだ! この子は、私達が育てなければ!」

「おまえ、正気か?! 仮に鬼ならざるも、怪異の類だったなら――」

「そんなのは関係ない! きっとこの子は、おまえ様が剣の道を究めた事への、武御雷たけみかづち様からの褒美に違いない! これを私らが育てず、誰が育てる。なぁ?」


 おじさんは後頭部を掻きながら熟考。

 例え怪異の子だとしても、ここで捨てるのは人として正しい行ないか? 今後人として誇れるか? そう考えてしまえば、自ずと答えは出ていた。


「仕方ないのぉ……」


 おじさんが折れると、おばさんは表情を明るくして喜びます。

 おばさんの温もりを覚えた赤ん坊もまた、泣きじゃくっていたのが笑いに変わり、母の腕の中で笑い始めます。


「では名前を決めませんと。どんな名前がいいのかしら」

「そうさなぁ……夜をも照らす金色の輝きの中から生まれた子……ならば、輝夜かぐや、などどうだ?」

「輝夜……! 怪異に冒されしこの国に、いつか光を齎すような素晴らしい名前だ。よし、今日からおまえは、因幡いなば輝夜だ! 輝夜ぁ」


 こうして、黄桃から生まれた奇妙な赤子は、因幡輝夜として迎えられたのでした。


 一方、そんな因幡輝夜――基、赤ん坊はというと、笑顔を作りながら心の内は複雑で。


(私……男の子なんですか?! 神様!?)


 と、元月の姫は受け入れきれずにいた。

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