秋の悪魔
アキから届いたメールの通知で僕は目が覚めた。
最近、この音を聞くのが少し憂鬱だ。
アキと付き合い始めたばかりの頃は通知音を聞くたびに胸がときめいていたのに。
『カエデ君、私辛いよ…』
『私、死にたい…』
『リスカしちゃった…』
「死にたい」って言葉は「生きたい」って本音の裏返しなのだと誰かが言っていた。
アキの繊細な心はボロボロに傷つき、僕に必死で救難信号を出している。
一体どうしてこんな事になってしまうんだろう…
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一年前、アキに告白したのは僕からだった。
出逢ったきっかけは会社の同僚が企画した合コン。
どこか愁いを帯びた綺麗な瞳、カラオケで聴いた美しい歌声に僕は心底惚れた。
(この人は、僕の運命のお姫様に違いない)
恋愛経験が浅く青臭い僕は、そんなことを心の中で真剣に想っていた。
僕はアキに振り向いて貰えるように一生懸命アタックした。
就職活動や大学受験の時なんかより熱く燃えていたかもしれない。
僕の真剣な想いがアキに通じたのか、数回目のデートで僕達は晴れて恋人同士になった。
付き合い始めるとアキの違った一面も見えてきた。
普段は無口でクールだけど、実は寂しがり屋で甘えん坊なこと。
優しいけど、とても繊細な心を持っていること。
デートの別れ際など、僕のシャツの袖をギュッと掴んで名残惜しそうに見つめてくること。
「んっ……」と言いながら目を閉じて、暗にキスをおねだりしてくること。
手をつないであげると、顔を少し赤くしながら耳元で「好き」って囁いてくること。
僕が他の女の子に目を奪われると、キュッと手の甲をつねってくること。
眠る前にはおやすみメールを送らないと不機嫌になること。
そのどれもが僕にとっては愛おしく思えた。
アキがうつ病と診断されたのは数ヶ月前のこと。
アキの家へ行くと、アキはベッドの上でぬいぐるみをギュッと抱いて座っていた。
僕は隣に行って肩を抱き寄せた。
アキは目を閉じて僕の肩に頭を預けてきた。
「よしよし…可愛いお姫さま…」
そう言って頭を撫でているとアキは気持ちよさそうに寝息を立てはじめた。
天気のいい休日はアキを連れ出して、手をつないで近くを散歩した。
日光を浴びながら散歩をするとメンタルに良いと聞いたから。
時間がある時は、野菜やお魚・栄養のあるものを買ってきてご飯を作った。
アキがいっぱい元気になるように。
童話や絵本・心のあたたまる物語を選んで読み聞かせた夜もあった。
アキが心やすらかに眠れるように。
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そんな僕をあざ笑うかのように、うつ病は残酷にアキの心を侵食していく。
助けを求めたり死を望むようなメールが届くたびに僕は慌ててアキの元へ駆けつけた。
そしてハグをしたり眠るまでナデナデをしたりしてアキに寄り添った。
アキはそのたび「ごめんね…」と申し訳なさそうに謝った。
僕はちょっと疲弊しながらも「心配いらないからね」とアキに精一杯の笑顔を見せた。
仕事の疲労も溜まっていて、僕はとても疲れていたと思う。
ある夜、アキの家へ向かう途中…
「なんか身体がフワフワするなぁ」という感覚に襲われた僕は道端で倒れてしまった。
通りかかった親切な人によって僕は救急車で運ばれたらしい。
目が覚めると病院のベッドで寝かされていた。
過労で倒れてしまって、長い時間眠っていたらしい。
近くに置いてあった携帯の時計を見てみると、倒れた夜から36時間は経過していた。
僕はいろいろ手続きを済ませて急いで病院を飛び出した。
そしてアキの家へと駆けつけた。
チャイムを押しても反応がないので、合鍵を使って玄関のドアを開ける。
ベッドの上を見るがアキはいなかった。
浴室のほうを見に行くと、そこにアキはいた。
浴槽に張られた水が赤く染まっている。
アキはそこに傷ついた手首を浸からせる体勢で、もう冷たくなっていた。
アキの身体をベッドの上まで運んで寝かせてあげる。
「こんなボロボロにして…痛かったろ?苦しかったろ?」
傷だらけのアキの手首を僕は泣きながら撫で続けた。
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アキの机の上には僕に宛てた手紙が残されていた。
『大好きなカエデ君へ
今までいっぱいいっぱい優しくしてくれてありがとう。
いっぱいいっぱい愛してくれてありがとう。
私が心を病んでしまったあの日から、私の心の中には悪魔が住みついていました。
それは私に「死ね」と囁き続けてきます。
そして私から「楽しい」という感情を奪っていきます。
あなたがそばにいる時はそんな悪魔も息を潜めて静かになりました。
幸せな気分に浸れました。
でもそのせいであなたにいっぱい迷惑を掛けちゃったと思います。
大好きなあなたを辛い気持ちにさせていると思うと、とても悲しかったです。
こんな私はお姫さま失格ですよね。
私はもうあなたに沢山の幸せ、沢山の愛を貰いました。
もう十分です…ごめんなさい。
あなたを置いて先に旅立つことをどうか許してください…
アキより』
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大好きなアキへ
僕はあなたの綺麗で澄んだ瞳が大好きでした。
心に響く美しい歌声が大好きでした。
抱きしめた時に感じるぬくもりと微かな甘い香りが大好きでした。
ちっちゃくて可愛くて、つなぐととても温かいあなたの手のひらが大好きした。
柔らかくて少し色っぽいあなたの唇が大好きでした。
ちょっと不慣れで不器用だけど、とても愛らしいあなたの笑顔が大好きでした。
あなたがいなくなってしまうのはとても寂しいです。
ずっとずっとそばにいて欲しかったです。
僕はあなたがそばにいるだけで疲れなんて忘れるぐらい幸せになれました。
世界でたった一人のお姫さま…どうか安らかにお眠りください。
カエデより
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