冬の未来

フユが東京からこっちへ帰ってくるらしい。

俺は久しぶりの再会に胸が躍った。

高校を卒業後、フユはアイドルを目指して地元の北海道から上京した。

あれからもう10年が経つ…

地元で小さい頃から一緒に育ったフユは可愛くて純粋で。

学校のクラスの中でもアイドルみたいに輝いていた。

俺の中ではフユはずっとアイドルであり、お姫様のようにも思ってた。

歌やダンスが大好きで、良く見せて貰っていた。



上京してから数年後。

フユはアイドルとしてデビューを果たし、テレビや雑誌にもちょくちょく出ていた。

しかしその輝きは、長く続かなかった。

フユは違法薬物の使用で逮捕され、アイドルの道も途絶えてしまった。

アイドルの業界については詳しく知らなかったが、何か辛いことがあったのだろう。

執行猶予になったフユは、薬物依存の更生施設へ通いながら社会復帰を目指した。

苦しい離脱症状に耐えながら、フユは頑張って薬物依存を克服した。

北海道へ帰ってくることになったのは、そんな頃の事だった。



俺はフユを空港で出迎えた。

「フユ…久しぶりだな」

「ボタン君…ただいま」

昔より、すっかり痩せ細って小さくなったフユの肩がなんだか哀しくて愛しかった。

「いろいろ、辛かっただろ…よく戻ってきてくれたな」

俺はフユの身体をギュッと抱きしめた。

「ありがとう……」

フユは俺の胸に顔を埋めて、か細い声をあげながら泣いた。



「こっちは東京より冷えるだろう…?」

俺はフユの肩に上着をかけてやる。

「そうだね…でも、なんか懐かしい感じ…」

フユはちょっと嬉しそうに微笑んだ。

「本当はさ…俺、フユにずっと逢いたかったんだ」

俺は少し照れくさくて、そっぽを向きながら言った。

フユはアイドル、俺は大工の仕事が忙しくてなかなか逢えなかった。

「私も…逢いたかったよ」

ちょっと涙ぐみながら言うフユを見て、俺は心がキュンと痛んだ。



俺は自分の家の庭に作ったテラスにフユを招待した。

「わぁー…なんかオシャレだねー」

フユはとても感激してくれたようだった。

クラシックなテーブルと椅子が並べられ、花畑が良く見えるようになっている。

「これ全部ボタン君が作ったの?」

「うん、まぁね」

いつかフユと一緒に過ごすために作った…とは照れくさくて言えなかった。

紅茶を入れて、買っておいたお菓子と一緒にテーブルに並べる。

「さぁ…お姫様。召し上がれ」

フユは少し照れながらお菓子と紅茶を美味しそうに味わっていた。



今では真面目に社会人をやっている俺も、荒れていた時期があった。

高校時代は結構な非行を繰り返して、あわや警察沙汰なんて事もあった。

そんな時、フユの歌を聴いて俺は心を打たれた。

とても純粋で真っすぐな歌声に、俺は救われた。

だから俺の中ではいつまでもフユはアイドルであり、お姫様でもあった。

いくら世間がバッシングしようとそれは変わらない。

俺はフユに出来るかぎりの事をしてあげたいと、そう願っていた。



フユは介護の仕事を始めた。

仕事内容はなかなか大変なようだが、それを語るフユの表情はイキイキとしていた。

お茶会も休日の暇を見つけて、定期的に行なわれた。

フユと俺の二人っきりのお茶会。

今まで逢えないでいた時間を取り戻すように、俺たちは沢山語り合った。

幸せなことは共有し、辛いことは支え合い、お互いに絆を深め合った。



フユと再会してから二度目の冬が訪れようという頃。

フユの身体に癌が発見された。

進行具合は末期であり、来年の春まで生きられるかどうか…という話だった。

「ねぇ…私の体、だいぶ悪いのかな…?」

まだ告知をされていないフユの問い…

俺は「大丈夫だよ」と笑って誤魔化すことしか出来なかった。

家に帰った俺は、膝から崩れ落ちるようにへたり込んで泣いた。

(辛い思いをたくさんしてきて、これから穏やかな幸せを掴もうって時に…)

(神様…残酷すぎるだろ……)



フユが入院してから1ヶ月が過ぎた。

フユはベッドの横に座る俺の顔をジーッと見つめていた。

真っすぐに交じり合う二人の視線。

俺は気まずくなって、思わず目を逸らす。

「ねぇ…ボタン君。私に何か隠してる事ない?」

フユは俺の肩をギュッと掴んで無理やり目を合わせるようにする。

「べ、別に…そんなことは…」

俺は懸命に誤魔化そうとするが、目から涙がジワジワにじみ出てきてしまう。

そんな様子を優しく見つめながらフユは話しはじめた。

「私、自分の身体のことだから何となくわかる…もうこの先、長くない事…」

俺は涙腺が決壊して涙が溢れ出す前に、フユを力いっぱい抱きしめた。

フユもそれに応えるように、俺のことを抱きしめ返してくる。

「うぅぅぅ…」

「わぁぁぁん…」

俺たちは二人で抱きしめ合いながら、子供のように声を上げて泣きじゃくった。



「ねぇボタン君…春になったら桜を眺めながら、またお茶会したいね」

「ああ…きっと綺麗で楽しいだろうな」

俺たちは手を握り合って、未来について語り合った。

「私、ワンちゃん飼ってみたかったんだ。ボタン君のお庭で飼っていいかな?」

「ああ、いいとも。一緒に散歩したり、二人でいっぱい可愛がってやろうな」

もう訪れることのないであろう未来について、俺たちは夢見ながら語り続けた。



「ねぇ、ボタン君…キスして…」

意識が朦朧としているであろうフユの唇に、俺はそっとキスをした。

「ありがとう……」

春の足音を感じさせる穏やかな日差しの中で、フユは眠るようにこの世を旅立った。



後日、フユの遺品の中から一冊の日記帳が見つかった。


~~~~~~~~~~~~~~~


XX年4月1日

大好きなボタン君と桜を見ながらお茶会。


XX年5月1日

大好きなボタン君と一緒に大きなワンちゃんを買いに行く。


XX年6月1日

大好きなボタン君のお嫁さんになる。


XX年7月1日

大好きなボタン君とずっと一緒にいられて幸せ。


~~~~~~~~~~~~~~~


日付はどれも未来のもの。

それはフユと俺との未来を書き綴った日記だった。

俺は日記に書かれた一文字一文字を愛おしく指でなぞった。

フユと作るはずだった幸せな未来…とても儚くて美しい未来。

俺は日記帳を抱きしめながら、夢の中へと意識を沈ませた。

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【短編集】姫に捧げる鎮魂歌 ポテにゃん @potenyan12

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