序章5 『至高のエピローグへのプロローグ』

 ナツキが後ろを向くとアヤセはベヨネッタの首を力強く掴んでいた。もちろん力不足なアヤセには持ち上げることはできないが、強く言葉を吐く。驚くベヨネッタを睨みつけて。


 「金でユキシマ財閥を動かすとか……かつての権力を取り戻すとか、そのようなことがあなたたちにできますか?! ……否。金と権力だけでは地位というのは簡単に動かないもの! さんざんおにいやラティアちゃんをあんな扱いして! わたしは許せないです! 我がユキシマ家に泥を塗ったこと……詫びてください!」


 「……ッ子娘……いや悪よ……あんたは悪魔よッ……悪……そうよ……悪役……令嬢が悪役を買って出るなど……笑わせてくれるわ……ッ愚かね……」


 ナツキは殺してしまいそうな勢いのアヤセを止める。ベヨネッタは頭に血が上った様子で扇子をこちらに向ける。


 「……殺す……殺してやるわ! もちろんお主らの父親もな! 全員皆殺しよ! おい小娘……さっき詫びろといったな……お主らこそこの無礼、死んで詫びろ!」


 そう言うと、ベヨネッタは太ももから小さなナイフを取り出し、扇子の代わりに突きつける。

 

 ナツキは息を呑んだ。

 

「なあおばさん。親父の前で最後の取引をしよう」


「ほう……死にたいのか?」


 刃先をよりナツキの顔に近づける。

 

「まあぁいいんじゃねえか? そんなカッとならんでもよぉ。こちらとしても死んでもらっちゃ困るんでな。あくまでもアヤセちゃんが令嬢になるのは兄貴の言葉で決まったってことだしよぉ。それに、遺言破って殺したんじゃ他所の目も怖えだろ? 穏便に行こうぜ? な?」


 ユティスは自身の都合も相まって少し戸惑い気味に話す。


「……お主、取引と言ったな。脳のない小僧どもに何ができるかは知らんが、聞いてやろう。ほれ、言ってみよ」


 不安そうなアヤセがナツキに耳打ちする。


「おにい大丈夫なの? 案とかあるの?」


「大丈夫だ。任せとけ。こういうのは日頃からイメトレってのやってんだからな」


 中二病でもなんでも拗らせたら何かの役に立つってことを見せてやろう。修羅場の妄想歴17年舐めんな。

 

「あー。今恥ずかしいこと聞いたから忘れといてあげるね」


「そりゃどうも」


 ナツキはベヨネッタに向け人差し指を指す。


「取引の内容なんだが、まずひとつはオレを当主にすること。ただまあ、その案が気に食わないってのはわかる。だからこうしよう。アヤセには一切手出しをさせない代わりに、あんた好みの令嬢にオレが育てよう。要するに、あんたが言ったとおりの令嬢を作り上げるってわけだ。それならあんたの権力にも多少は利用できるだろうしな。どうだ?」


 その言葉を聞くと、ベヨネッタが再び不気味な笑みを浮かべる。


 「……面白い。おもしろいぞ! ポンコツながらによく考えたな。確かにな、好みの道具が手に入るなら妾にとっては一興よ。……でもな、妾は己の手で調教せずに育った家畜には興味がないのよなあ。お主がいくら下劣に育てようと面白くないのよ」


 まあ、世界一可愛い妹をそんな目に合わせる気など更々ないが。


 「妾からも意見しよう。お主らはあの学園の生徒であろう? ならお主が卒業するまでが期限。ただし、お主が守れぬようなら皆殺しよ。わかったか。学園一の美女が皆の前で処刑されるのが妾にとっては至高の結末よ」


 ナツキは条件をのむ。最初からこうなるのはわかっていたこと。避けられなかったこと。それは仕方がなかった。



 ◇


 

 別れは時に人を傷つけ、そして悲しませる。

 三年前の出会いはちょっと今日より平和なだけだったのかもしれない。

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