秋に鳴らす鍵盤

卯月

ワルツ第10番

 ゆまちゃんは可愛い。

 中二の四月に転校してきて、あっという間に人気者になった。

 足が速くて、成績も割と良くて、何よりピアノが上手。今年の合唱コンクール、3組の伴奏者は満場一致で、ゆまちゃんに決まった。

「ねぇ、ゆまちゃん。子犬のワルツ弾ける?」

「弾けるよー」

 今日の放課後は3組が、合唱練習に音楽室を使ってよいのだけれど、先生がいないから脱線しやすい。女子の半分くらいがピアノの周りに集まって、弾いてほしい曲をリクエストしている。にっこり笑って、ピアノを弾くゆまちゃん。

 わたしは少し離れて、ぼんやり眺めている。


 去年は、わたしが伴奏者だったのに。


「あーあと、ショパンだったら、これも好き」

 そう言って、ゆまちゃんが自分から、違う曲を弾き始めた。

 最初のフレーズを聞いて、はっとする。



 入学直後に、先輩たちから聞いた話だ。

 昔、ピアノ教室の発表会で弾く曲を、音楽室のグランドピアノで練習していた女子がいたらしい。お母さんがピアノの先生で、家で演奏ミスすると、ものすごく怒られるから。

 でも、どうしても上手に弾けるようにならなかったその子は、学校から家に帰るまでの間で、死んでしまった。

 音楽室のピアノで、その子が練習していた曲を弾くと、呪われてしまうのだ……。



 ――ゆまちゃんは、知らないんだ。転校生だから。


 ピアノを囲んでいる里奈が、ぴくっとした。他にも何人か。

 ワルツの何番、という曲の題名までは覚えていなくても。

 去年わたしが講堂のピアノで弾いたから、ファーソファドレシラ、という泣くようなメロディは、元2組の女子は知っているはず。


 ――誰も、教えてないんだ。人気者なのに。


 ゆまちゃんを、誰も止めない。

 去年はリレー選手だった里奈も。

 わたしも。


 ――だから?



 ピアノを囲む輪が、静かに、少しばらける。


 うっとりした表情で弾き続ける、ゆまちゃんの背後に。

 誰だかわからない、制服姿の女子が立って、ゆまちゃんの手元をのぞき始める。



〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秋に鳴らす鍵盤 卯月 @auduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画