第2話

 ベイクドもちょちょは溜め息を吐くと立ち上がった。どんな状況か分からないが、どうやらゲームのNPCは人間になり、ゲームに閉じ込められてそのまま何処かに飛ばされたのだ。

 故にベイクドもちょちょが取れるのは自身のキャラをロールプレイするしかないのだ。


「全員、現状把握してるか?」


 ベイクドもちょちょの言葉に誰も返事が出来ない。当たり前だ。状況が掴めないのは全員そうなのだ。


「戦いで一番重要なのは何か知ってるか?」


 ベイクドもちょちょが尋ねる。

 1人の女が手を挙げた。


「お前」


 ベイクドもちょちょが指差すと女は姿勢を正す。


「情報です」

「そうだ。情報だ。

 俺が何故、ギルドで不敗なのか。何故俺が火炎放射器でトップランカーになれたのか!

 それは偏に情報を得て集め、備えているからだ。

 この城の警備を除きこの場にいる全員は有りとあらゆる情報を集めろ。些細構わずな!

 攻撃してくる存在、ゾンビは全て燃やせ!水、食事、周辺の地理に生物、虫、植生、何でも集めろ!取り敢えず、12時まで集めて帰ってこい!

 良いな!」


 ベイクドもちょちょの事実上の命令に全員が返事をして、走り出ていく。

 警備隊長はテーブルに城の地図を広げた。


「ボス、ちっと、相談が」

「言ってみろ」

「はい。

 城の壊れた箇所なんですが、周りの木材使って修理出来ねぇですかね?」


 警備隊長の言葉にベイクドもちょちょは驚く。NPCがそんな提案をしてくる事はないのだ。ベイクドもちょちょは自身の認識を改めなくてはいかない事を強く確認した。


「……続けろ」

「はいボス。

 この城の壊れてる箇所がそのままの理由は知っての通り建材と人員の不足です。

 特に建材の不足が顕著でして、その不足分を周囲の木々で補いたいと」

「なるほど。

 それに、視界の確保にもなるな。よし。お前の権限で周囲1キロの木を切り倒し、城の防御を固めろ。

 城の最低限の補修が終わり次第、周囲に壕を掘れ。築城だ。文句を言う奴は殺せ」

「ありがとうごさいやすボス!

 すぐに掛かります!」


 警備隊長が意気揚々と出て行き、入れ違う様に別のNPCだった者が入って来る。

 アンダーバレル式の手製火炎放射器を付けたアサルトライフルを背負っていた。


「ボス、報告がある」

「早いな。言ってみろ」

「現在、四方を双眼鏡で見たがざっと10km圏内にビルや大型の建物は一切見えない。

 ただし、南に5キロ程行ったところに道の様な開けた場所があった。その道を辿って更に遠く、何やら煙の様なものが上がっている。

 灰色の物がゆらゆらしていた。細部は双眼鏡の能力の限界だ」


 ベイクドもちょちょが白紙を取り出して素早く地図を作り出す。

 縮尺は適当だが概略図としては充分である。

 そして、ベイクドもちょちょは自身が描いた略図とそれに適合する地形を思い出そうとするが、この様な地形はない。


「どうします?」


 女、ベイクドもちょちょ直轄のチームのリーダー格の1人だ。個人が自由に出来る一個小隊、30名規模の物でベイクドもちょちょが他のギルドを攻撃しに行ったり、防御の際に働くNPC達であった。


「どうします?

 決まってる。偵察だ。今は情報が足らない。凡ゆる見聞きした事を忖度無く些細漏らさず集めて報告しろ。

 行け」

「失礼します」


 女は去って行くのでベイクドもちょちょは大きく溜息を吐くと胸元からPDA端末を取り出す。ゲーム内ではこれは所謂ステータス画面に相当するものだ。

 他のゲームだとウィンドとして自身の目の前に見えない窓が出る。しかし、このゲームにはそう言ったものは似合わないと言う事でこの様なシステムになった。


「ログアウト……やっぱねぇし。

 運営へのお問合せとかも……現在このサーバーは機能していません、か。

 SNSへの投稿は?

 ……サーバーの通信が切断されているのでこの機能は使えません、か」


 ベイクドもちょちょは溜め息を吐きPDAを操作する。

 確認するのは自身のアイテム等を入れた倉庫だ。此処にはベイクドもちょちょが集めた凡ゆるアイテムが入っている。


「アイテムの出し入れは可能。他にもオンライン関係以外は機能してる……っ!」


 PDAに新着メッセージの表示が出たのだ。

 慌ててメッセージを開く。


「ンダヨ、毎日ログインボーナスかよ。なんでこれはサ終してるのに届くんだよ」


 毎日ログインボーナスとは文字通り毎日ログインすると日替わりで様々なレアやコモン、2週間に一回レジェンドアイテムが低確率で出るガチャが引けるチケット等が贈られてくるのだ。


「きょーは何ですかー?」


 内容は月に一回貰えるネーム変更チケットと性別を含めた外観変更チケット、それとガチャチケットだった。


「ネーム変更と外観変更チケット、もう百枚以上あるわ」


 ベイクドもちょちょがPDAを仕舞うと立ち上がる。双眼鏡を片手に屋上に上がり、報告のあった方角を覗く。

 確かに道があり、言われた方向には煙らしき黒というか灰色の煙が僅かに見える。木々によって建物が見えない。

 周りからは木を切るチェーンソーやオノ等の音が聞こえる。


「ふむふむ」


 兵士達は各セクションのリーダーを中心に警備隊長が割り振った仕事を熟していく。切り出した木材は重機によって運ばれて、木材から丸太に変化していく。1時間も経っていないが、既に三本ほどの丸太が出来ていた。


「早いな」


 ベイクドもちょちょは双眼鏡を仕舞うと作戦室に戻る。作戦室では兵士達が待っていた。


「ボス、至急報告したいことが」

「言え」

「はい、この森の四方に、その、変な生き物が……」


 兵士の言葉にベイクドもちょちょは椅子に腰掛けながら首を傾げる。


「報告は簡潔に、正確に、しろ」

「も、申し訳御座いません!

 身長が110センチ前後、体色が緑色、腰蓑を巻いた緑の猿の様な生物が、その、原始的な武器を持って徘徊する姿が見受けられました!

 発見はされていませんが、どう対処しましょうか?」


 兵士がそう尋ねた直後だった。彼方此方の森から銃声が上がる。


「全員帰還しろ!

 サイレンを鳴らせ!」


 ベイクドもちょちょの言葉に兵士の1人がモニター台近くにあった赤いボタンを押す。すると、城中に置かれたサイレンが鳴り始めた。

 外では警備隊が作業中止と叫びながら帰還し、中に居た警備兵達は自身の持ち場に銃を片手に着く。


「俺は正門に行く!

 お前等も来い!」


 ベイクドもちょちょは小走りに廊下を歩く。

 各所に置かれた弾薬庫から弾や重機を運び出し設置して行く兵士達を尻目に唯一の入り口である正門に向かう。

 正門には機関銃陣地がすでに構築されていたが、そこに加えて障害が構成され始めた。味方が通ってくる道は一つで、敵の侵入路もそこだけだ。いざという時には味方諸共撃ち殺すのだ。


「ボス!何事です!」

「分からんが、変な猿が居たと言う報告を受けた直後に銃声が聞こえた」

「え、ええ、銃声は自分等も聞きました」

「取り敢えず、俺の配下が遠くに見えた煙の正体を見るために出ている。すぐには戻って来んだろう。

 お前達の組みは周囲の偵察組が全部帰還したら警戒ランクをそのままに情報を整理する」


 ベイクドもちょちょの指示に警備隊長は頷いた。


「分かりやしたボス。

 俺達はいつも通りの行動に戻ります」

「ああ、そうしろ。

 俺は外に出る。銃声はもう止んだ様だが、周りの連中が死んだか、それとも勝ったのかも不明だしな」


 ベイクドもちょちょは左脇に抱えたヘルメットを被る。耐爆スーツを改造し、ヘルメットは耐熱を重視した設計で宇宙飛行士の様なヘルメットだ。

 右手に持ったノズルを軽く空に向けて吹かすと焔の柱が生まれ、周りからボスの出撃だ!と歓声が上がった。

 ベイクドもちょちょが門の外に出ると、偵察に出ていた者達が周囲を警戒しながら丁度戻って来る。


「ボス!」

「さっさと中に入れ!

 お前等は見て聞いて感じた全ての情報を俺に簡潔に報告出来るように準備しろ!怪我人がいるなら直ぐに治療しろ!ゾンビになりそうなら慈悲を持って殺せ!良いな!」

「分かりました!」


 ベイクドもちょちょはさっさと行けと指示を出す。それから続々と戻って来る部隊の中に、何やら汚い緑色の物を持って帰って来る。


「ボス!襲って来た化け物です!」

「映画のグレムリンみたいな奴です!」

「よーし、取り敢えず、作戦室に運び込め。

 後で皆で検証する」

「了解!」


 チラリとグレムリンみたいな化け物、ベイクドもちょちょ的にはゴブリンのそれに似た外観だった。

 残る組が帰って来るまでベイクドもちょちょは正門の前で仁王立ちだ。連れて来た4名の兵士達はアサルトライフルやショットガンを構え、周辺を厳に警戒する。


「ん?

 ボス!4時方向!」


 そのうちの1人が叫ぶが早いか、矢が飛んで来た。粗末な木の矢であり、兵士達は素早く左右に避けると射撃を加える。


「俺にやらせろ!」


 ベイクドもちょちょはノズルを矢が飛んできた方向に向けると兵士達は射撃を止める。次の瞬間、茂みに真っ赤な火柱が当たる。そして、ホースで水を撒くかの如く炎が木々に当たり、あっという間に燃え始めた。


「これで、死んだろ!

 序でにグレムリン共避けにもなるかもな!」


 ウハハハと高笑いをしながら周囲に火を撒き散らす。


《ボス!

 あんまりあちこち燃やさんで下さい!それも大事な建材になるんです!!》

「んぁ?

 すまん!

 取り敢えず全員帰って来たな!帰るぞ!」


 ベイクドもちょちょは高笑いと共に一番最後に正門を潜り、門は一時閉じられた。

 次にここが開くのはベイクドもちょちょの直轄チームが帰って来た時だ。

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