第6話:ペリアースの釜
ミサキにとって、それは計算外の事態であった。ロボット達が危険な存在ではないとすれば、なぜ彼女は数日間もの間、西へと進み湖州を経由して杭州を目指していたのだろうか? 不条理な現実に対し、彼女は深い溜息を吐き出した。
シンジとリョウジがキャンプへと戻った後、4人が合流した時には既に夕食に適した時間になっていた。食事は非常食で軽く済ませ、それぞれのチームでの成果を確認するミーティングの時間となった。
まずはミサキたちが収集できたものと数を説明し、順調に目的のものが集まりつつある朗報を得た後、シンジとリョウジは事前偵察の結果を発表した後だ。
ミサキはシンジの報告を聞き終えると、隠すことなく憮然とした表情を浮かべた。その視線には、わずかながら非難の色が含まれている。
「何だ、不満か?」
「いえ、自分が早合点だったなと。少し気が抜けたわ」
ミサキは小さく息を吐き、視線をシンジから床へと落とした。彼女は、ロボット達が生存者を運搬しているのを目撃しており、自身もまた危険に晒される可能性を考慮していたのだ。
「あくまでも俺達が見てきた範囲だ。まだ危険性が無くなった理由じゃない」
シンジはそれとなく、ミサキの心中を察した様子であったが、慰めの言葉をかけることはなかった。淡々とミーティングの内容を要約し、報告会を終了させる。
「この後にやる、回収した物品のチェック次第だが、周辺探索は3日前後で済むかもしれん。我々も余計な物資を拾う必要はない。短縮した分、船の鹵獲にリソースを振り分けよう」
「了解」
全員がほぼ同時に返答した。
物品チェックは「この量なら僕一人で十分ですよ」というリョウジの意見を採用し、彼に任せることにした。カズヤは深夜の警備に備えて、早々に寝てもらう。地上に比べれば、警戒範囲がかなり絞られるので、大分楽になる。
シンジとミサキはテーブルにノートPCを広げ、それぞれ作業をしていた。どうやらミサキも自分用のノートPCを持っていたようだ。
「それ、量子タイプか?」
「ええ。機能は限定的だけどね。バッテリーも冷却でバカ食いするから、長い時間は使えないけど」
そう言いながらミサキは、チェックの終わった回収品の中から電源タップを拾い上げ、ACアダプターをノートとタップにそれぞれ差し込む。5分ほどチャージしてから、電源を入れてシステムを立ち上げた。
「こんばんわ、戸張ミサキさん。システムの準備ができました」
ミサキは慌ててスピーカーをミュートした。電車の中で、スマートフォンのミュートを忘れてゲームの起動音が車内に響いた時と同じく、極度に焦る。余りの恥ずかしさに顔が赤くなる。
「っちゃぁ、ミュートしてた筈なのに」
「まぁ、稀によくある」
ンジには経験はないが、電車内でそのような場面に遭遇したことはある。ミサキを一瞥し、軽く苦笑する。
ミサキは、自分がきちんと名字まで名乗る前に、馬鹿みたいなミスでノートPCに自己紹介させてしまったことに気まずさを感じる。シンジの方をちらりと見るが、聞いていなかったふりをしているのか、聞かなかったことにしているのかわからない。特に何かを詮索するようなことは言わない。
船が手に入った時に改めて名乗るつもりだったが、その予定はご破算になった。
* * *
シンジの見積もり通り、ほぼ3日で必要そうな物品は集まった。特に量子通信モバイルリレーユニットは、当初こそ期待薄だったが、荒廃した世の中では無用の長物と化したのだろう。マンションなどを漁れば、人数分のものが手に入った。リョウジに頼み、状態の良いものを選んでもらい、それぞれの暗号鍵を上書きした上で、接続チェックも無事済んだ。
準備を整えた4人は、ロボットたちがいるであろうロビー前、シャッターの前まで移動した。それぞれ武器や装備をチェックしながら、シンジが今回の行動の説明を始める。
「話した通り、猫の声にも人の声にも反応はなかった。他の侵入者に警戒し、小声で会話しよう。回線は開きっぱなしにしておいてくれ」
「了解」
「それから、銃は構えずに移動する。下手にロボットを刺激しないよう注意しよう。先頭はリョウジ、次にミサキ、カズヤ、最後は俺だ。では、挑もう」
防火シャッターを越えると、チームに緊張感が走る。しかし、特に何の抵抗もなく進行は続いた。以前とほぼ変わらない様子だったが、前に偵察した時よりもカーゴボットの数が若干増えているように見える。
一行は、荷物を積んでいるカーゴボットを見つけ、それを注視した。周囲を警戒しながら進むにはまだ少し早いが、ボットは人間の普段の歩きほどの速度で移動していた。
シンプルな4輪のタイヤに、ずんぐりとした卵形のコンテナが乗っている。コンテナは、くすんだ銀色の金属パネルで覆われ、継ぎ接ぎだらけで歪な形状をしている。
膨らんだボディも不格好で、とにかく引っかかりと外からの圧力に耐えられるよう、簡易的に取り付けられたものだった。太った腹を衝撃緩和材で保護しているようにも見える。
コンテナの四隅は太い柱のようになっており、それぞれにマニピュレータが付いている。人間の肘に当たる部分が2つあり、6本指の手がついている。指は、親指が線対称で、小指の隣にもう一つ親指があった。
まるで、急ごしらえで組み立てられたかのような、無骨で不格好な印象だ。
自分でもあんなデザインは思いつかないだろうな──と、カズヤは妙な関心を抱きながら、そう考えていた。
カーゴボットは広いロビー通路から横道にそれ、やや狭い廊下へと移動していった。タイヤの軋む音が、静寂に包まれた空間内で不気味に響き渡る。一行は、シンジを先頭に、息を潜めてその後を追った。
しばらく進むと、カーゴボットは通路の突き当たりのドア前で停止した。今度はモーターサーボの駆動音が甲高く唸りを上げ、ゆっくりと方向転換を始める。その動きは、まるで巨大な生物が眠りから覚めるかのように、緩慢でぎこちなかった。
そのボットの動作をじっと見つめていたシンジは、思わず息を呑む。ゲーム開発者としての経験から、彼はこのロボットの設計思想や目的を理解しようとしていた。しかし、そのあまりにも無機質なデザインと、不自然なまでの滑らかな動きは、シンジに言いようのない不安を感じさせた。
──生き物みたいな動きをするな。不気味の谷を感じる。
シンジはそう考えていたが、量子通信には漏れ出てなかったようで、仲間たちは彼の言葉に反応しなかった。彼らの視線もまた、ボットに注がれている。
ロボットアームの先端にある6本指の手が、素早い蛇のように器用に動き、ドアノブを掴む。少し間を置いた後、ドアはゆっくりと内側へとスライドしていった。その様子は、まるで人間が慎重に部屋の中を覗き込んでいるかのようで、シンジだけでなく4人は背筋に冷たいものを感じた。
ドアの横に貼られた案内パネルは表面がひび割れ、文字はところどころ剥げ落ちている。
シンジは仲間たちとアイコンタクトを交わし、慎重にドアをくぐった。彼らの心は、未知の空間に対する底知れない不安で揺れ動いていた。
案内パネルにはこう記されていた。
『緊急救命室』
中国語での表記だが日本語としても読める漢字で書かれている。
部屋の中に入ると、すぐにカーゴボットの姿が目に留まった。ボットは入口側の横にあるテーブルに、自分の荷物をひとつひとつ丁寧に下ろしていた。さほど素早さはなく、昔の工業用ロボットのような、少しぎこちない動きをしている。
部屋の中央には、厚手のビニールシートで出来た巨大なカーテンが、何かを覆い隠すように吊るされていた。そのカーテンの中からは、電子回路がショートするような、耳障りなノイズが、強弱をつけながら脈打つように聞こえてくる。ミサキは口を開きかけようとしたが、大声でないと会話ができないと思い直し、量子通信を使う。
『これ、防菌カーテンね』
『手術用か?』
『無菌室ではないから違うと思うけど……中を覗きましょう』
職業柄なのか、ミサキはカーテンの切れ目からできるだけ隙間を開けないようにしつつ、滑り込むように中に入った。残る3人もそれに続く。会話しているのはシンジとミサキだけだ。他の2人は黙っている。
『これは……一体何だ?』
そこには
その装置は巨大なドーナツ状の金属の塊で、中央にベッドが埋め込まれている。表面は滑らかで、ところどころにケーブルやパイプが複雑に絡み合っている。装置の周囲には、大小さまざまなロボットアームが林立し、まるで巨大な昆虫の脚のように蠢いていた。アームの先端には、メスや鉗子、レーザーポインターやセンサーらしきものなど、治療用とは思えないような不気味な器具が取り付けられている。
ベッドの上には、白い布にくるまれた人間が横たわっている。顔は布で隠されているが、わずかに見える手は青白く、細い血管が浮き出ている。かすかに胸が上下していることから、まだ生きていることがわかる。
『少し見てみる』
ミサキは躊躇なくベッドの方に歩いていったが、男3人はカーテンの近くから動かずに見守っている。少なくともシンジは、自分が見ても分からないだろうと思い周囲を警戒する方に務めた。
ミサキは少したじろいたものの、アームの隙間から覗き込んでは少し移動し、別の角度から見る、ということを数度繰り返した。
自動手術機器としては余計なアームがあり、治療をしているというよりも、人体の中身を調べている様子が伺える。麻酔が効いているのか人物は眠っており、自分のあらゆる部分が組織切開され、そこを覗き込むようにセンサーアームが動いている。かと思えば、ほぼ同時にパペットを持った腕が伸び、その組織を採取したいた。
その様相を見ているミサキは、手術風景こそ見慣れているものの、全自動の冷徹な機械が行っていることには、倫理的嫌悪感を感じていた。
『何か得られたか?』
『ええ、十分にね。いきましょう』
恐らくこの人物の命は長くないだろうと思い、ミサキは小さく黙祷してから背を向けた。シンジ達の横を静かに通り過ぎ、カーテンの外へと歩いていく。残された3人も後に続いた。
『後で説明があるんだよな?』
『無論よ。でも話は長くなるわ。船上で安全が確保できたら話す。それでもいい?』
『……わかった』
一行は無言のまま治療室を後にし、この場所にはもう用事が無くなったので、ここに来たルートを遡るように移動した。何の抵抗や危険もなく、当初の目的の1つ目は達成できたことになる。
ロビーに戻る前に、食料らしき物を積んだカーゴを見つけた。カズヤがそこから荷物を取り出そうとした時、
『それは、取らずにそのままにしておいて』
トーンの低くなったミサキの発言に少し気圧され、カズヤはカーゴを追いかけて荷物を戻した。
* * *
4人はそれぞれ予備バッテリーも十分にチャージし終えた後、荷物をまとめてキャンプを撤収した。 元々一時的に借りていた場所なので、心残りなく立ち去ることができた。
治療室を見つけた後の3日間、全員での集中探索のお陰もあり、スポーツバッグやサイドポシェト、状態の良い着替えの服までも入手できた。弾薬も補給し、荷物は増えたものの、しばらくは道に迷っても物資の量的には持ちこたえそうだ。
港湾へ移動するにあたり、シンジの提案で高速650号に戻ることにする。荷物が増えた分、身動きが鈍くなるので、再度車を見つけて移動を楽にしたかった。
一行は空港を出てから高速道路に登れる階段を探し、重い荷物にやや苦労しながら、非常階段で高架へ登る。幸い、すぐにも走れそうなRV車を見つけることができた。重かった荷物をトランクに入れ、安堵の息を洩らした後、4人は港に向けて出発した。
車が走り出すと、予想に反して瓦礫化した車は少なく、走りやすかった。障害物が無いため、シンジはアクセルをゆっくりと踏み込み、徐々にスピードを上げていった。やや不思議に思いながらも先へ進むと、上海市中央に差し掛かると、瓦礫はぱったりと姿を消してしまう。まるで誰かが撤去したのか、工事などで閉鎖された時のようだ。
「オィ、見ろよアレ!」
突如、カズヤは上海市中央を指さして叫んだ。声を切っ掛けにシンジも車のスピードを緩め、カズヤが指した方角に視線を移した。
そこには高層ビル群の中心部分だけ様相が変わっており、その周囲には見たこともない巨大な墓標のような黒い高層ビルが林立している。パンデミック前に上海は何度も行き来したが、今見えている異様なビルは無かった。
ミサキはそれを横目で見ながら、気だるそうに呟く。
「たぶん、ノルンね……」
「何!?」
カズヤの驚きを意図的に流しつつ、ミサキはそれ以上言葉を続けなかった。
しばらく車内はそのまま沈黙の空間となる。
上海近郊は2つも大きな空港を持つ国際都市であり、空路は充実している一方、海路の玄関口は上海市から少し離れた場所にある。大きな中州を貫く大橋を渡り、北へ約30キロメートル進んだ所に、一番近い大きな港がある。
今までとは打って変わり、2つ目の大橋を越えた辺りから瓦礫化した車が増えてきた。シンジは車のスピードを落とし、事前に地図で確認していたルートで港湾地区を目指した。
車の残骸が消えている理由は、結局分からぬままだ。
* * *
1つ目の港に到着し、車の中から使えそうな船を探し回った。上海は日本より南側にあり、台風の威力も大きい。人の管理から離れ、暴風や荒天に晒された船は、半壊したり転覆したりしている。残っていたのは小さなクルーザーなどが僅かに残っていたが、日本までの渡航には向いていない。諦めて、次の港に向かった。
2つ目の港で、ようやく大型フェリーなどが並んでいる姿を見ることができた。4人とも船舶に関しては素人だったが、この大きさであれば日本まで手が届きそうな感触を得ていた。
だが、リョウジからの「もう少し奥も見ましょう」という発言に皆が頷き、特に反対する理由もなかったので、奥まで進むことにした。
「あ、海警の船がありますね」
リョウジがその船を指差し、シンジはスピードを落としてその船を見た。
「海警って?」
リョウジ以外の皆が疑問に思っていたことをミサキが言葉にした。
「中国の海上警備艦ですよ。日本で言う海上保安庁の船です」
何隻か並んでいたが、大型船ばかりなので、どれも台風などの影響を強く受けた形跡はない。整備された綺麗さとは縁遠くなっているが、動きそうな雰囲気を醸し出していた。。
車をのろのろと動かし、本来一般人には縁遠いはずの、大型船のウインドウショッピングしながら船を眺めていく。しばらくして、突然ミサキが大きな声を出した。
「止めて!」
シンジは少し驚いて急ブレーキを踏みそうになったが、何とかミサキが指差す船を少し通り過ぎたあたりで車を止めることができた。その大型船の掠れた艦首には、『海警3209』の文字が書いている。
「これにしましょう」
打ち合わせもなく、ミサキは突然決めつけた。他3人は驚き、一斉にミサキの顔に、唖然とした間の抜ける顔を向けた。シンジは一旦表情を戻してから、ミサキに理由を聞く。
「……根拠は?」
「オンナの感!」
その後も色々意味の分からない根拠を羅列したが、ミサキ自身も特に明確な根拠がある
とはいえ、シンジはこれまでの人生経験上、案外「女の感」というのは馬鹿にできないと感じている。それで救われた事も何度かあった。
「……まぁいい。中の様子を見てみよう。ハッキングできそうならやってみて、ダメならほかのを探そう。大きめの港はまだいくつか連なってるしな」
動かせなければ意味はない。一行は装備をチェックしてから、車を降りてミサキの感とやらに従って、その船に乗り込んだ。
リョウジは
だが実際の船舶に関しては素人だ。精々海上自衛隊のイベントで、護衛艦を見学したくらいである。あの時は興奮して、武装中心に見て回っていたが、こんな事になるならきちんと全容を把握しておけばよかったと、今更ながらに後悔している。
さらには中華人民共和国というやや特殊性がある国家によって、多くの戦闘艦については非公開情報であることが多い。
ただ、船の構造は国籍によらず、現代兵器は似たりよったりしている部分も多い。そのお陰もあり、リョウジの誘導によって、やや迷いつつもブリッジに辿り着くことができた。
館内には人影もなく死体も無い。埃が積もり、足跡の一つすらなかった。総員退艦した後、そのまま長い間放置されていたのだろう。
中国に出張してるだけあり、4人ともある程度の簡体中国語は読める。ブリッジの機器に貼られているパネルには英語表記もある。書かれた用語の意味さえ分かれば、どれが何のコンソールなのかは明白だ。シンジ、カズヤ、ミサキの3人が手分けをしてブリッジ内をくまなく見回り、リョウジは自分が呼ばれる度に、パネルや計器の説明をしていく。
「これは気象レーダーと気象計ですね。隣は船体の状態表示パネルでしょう」
ブリッジのやや置くばった所、進行方向を背にした壁からは、大きな扉の電源操作盤を見つけることができた。扉には鍵が掛かっておらず容易に開けることができ、シンジ達は切断状態の巨大なサーキットブレーカーを、力を込めて引き上げた。
ミサキの「女の勘」の加護があったのか、船内のバッテリーが生きており、艦橋の機械に明かりが段階的に灯っていく。
「ミサキさん、ありましたよ、ここです」
リョウジはミサキをブリッジの操舵席に呼び、コンソールモニター横にある、通信用LANジャックを指さした。
「残念です……量子ハッキングの様子が見れると思ったんですが……」
そのLANジャックは古くからあるデジタル用のもので、おそらく航海計画などを入れるために使われていたのだろう。量子系統ではないので、ハッキングの難易度が一気に下がる。
「残念、また今度ね」
ミサキは苦笑しつつも、ノートPCを出してハッキングの準備をする。操舵卓の足元を見て回り、予備電源のコンセントを見つけPCの電源を確保。そして探索時に見つけておいた予備のLANケーブルと、リョウジには見慣れていない黒いポータブルネットワークハブらしき機器を間に挟みつつ、ノートPCと操舵卓を接続した。
「なんですか、そのハブ。知らない形ですね」
「ハッキング用の特性ユニットよ」
「な、るほ……ど?」
リョウジが驚き、困惑した時は、言葉が途切れ途切れになる癖がある。
通常、デジタルベースであれば、ハッキングに特殊な危機は必要無い。複数のルーターやサーバーを経由して、足跡を残さないテクニックはリョウジも知っているが、特殊なハードウェアを使う方法は知らない。
「少し時間が掛かるわよ」
「では、僕達はエンジンを掛けますね」
僕達と言いながらも、実際に働いたのはリョウジだけだ。カズヤは自分が動くと邪魔になると思い船長席を陣取り、シンジは比較的広い気象観測レーダー卓前を使い、シンジ自身のノートPCで最適な航路を探し始める。
「エンジン、始動します」
リョウジの掛け声の後、小さめの地震のような揺れが発生した。同時に、ブリッジに居ながらでも、エンジンのくぐもった唸り声が聞こえてくる。船全体の電源が予備バッテリーから主電源に切り替わり、ブリッジの中の照明は、一段階明るくなった。まだ明かりが灯されてなかったコンソールやレーダーの、操作パネルにあるLEDなどが次々と点灯していった。
リョウジはミサキの背後に張り付き、ハッキングの様子を興味深く覗いている。彼もハッキングの方法などは仕事柄知っているが、自分で実際にやった事はない。ゲームのセキュリティは強固である必要が然程ないので、その点はリョウジのウィークポイントでもあった。
モニターには見慣れたデスクトップ画面に、一つだけ黒背景のコンソールウィンドウが開いてるだけという、シンプルなものだ。全画面モードではないので、散らかったミサキのデスクトップが見えてしまう。
「デスクトップ、整理したほうがいいですよ」
「分かってるわよ!」
ミサキは反射的に言い返す。
コンソールウィンドウは、さすが量子型の小型PCだけあって、枠内に流れている文字が、読めないスピードでスクロールし続けている。恐らく問題があった時だけ止まる仕組みなのだろう。いわゆる
やがて文字の滝流が止まり、短い注意音と共に小さな情報ウィンドウが現れる。
『Success. Underctrl』
誤字かとリョウジは思ったが、すぐにctrlが略語だと分かった。
〝成功、支配下〟
ブリッジ内の電子機器が一斉に起動し、冷却用ファンの音が響き始めた。
「成功したわ! 日本行きの船、ゲットよ!」
立ち上がってガッツポーズをするミサキに、皆が笑顔で答えた。カズヤの表情は相変わらず読めない。
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