第5話:コペンハーゲンの囁き



 話し合った結果、シンジ達3人はミサキと共に日本へ渡る選択をした。捕獲できる船次第だが、日本上陸は長崎を優先に、次点で鹿児島に変更。自動航行システムが使えるのであれば、最短航路を採れるからだ。

 海上では燃料切れなどで乗り換えできず、遭難しても救助は望めない。天候悪化や、万が一『ノルン』が海上制圧しており攻撃してきた場合のリスクも考えた上での判断だ。その話し合いの中で、大阪直行の案もあったが、様々なリスク要因と天秤を掛け、長崎の佐世保を目指す事に決めた。


「よし。挑むぞ」


 シンジは決まって、ミーティング後にはこう言う癖がある。本人は自覚してない。「取り掛かる」「着手する」などでは無く、この言葉を使うのは、ゲーム開発はいつもプレイヤー(消費者)との戦いである、という感覚があるからだ。

 カズヤもリョウジも、この格好つけた言い方は好んでいた。彼らにとって儀式的な意味もある。


 ゲームは対象プレイヤーが高齢であっても、子ども心をくすぐるような要素が必要だ。これは彼らが属していた会社の方針でもあった。会社なりにゲームの「楽しさ」というものを、こう定義していた。どれだけ時間が経っても時代が変わっても、「楽しさ」の本質は変わらないという考えだ。ゲームジャンルの長い歴史からも読み取れるだろう。


 シンジ達はチームを二分し、情報収集と立案をするシンジとリョウジ、物資調達と周囲警戒するカズヤとミサキに分けた。拠点はそのまま今居るレストランをキャンプ地にし、不必要な出入り口を廃材で埋め、メインの出入り口となる一つだけ残す方針を固める。

 これらの作業を一人でやるのは不可能だ。シンジはようやく、ミサキが同行を願った理由を推測する事が出来た。彼女独りだけでは、作業をしている間に複数人の襲撃があったら対応は出来ないだろう。

 彼女の戦闘能力は不明なままだが、これまで生き残った事と、チームの中で一番戦闘能力が高いカズヤとバディを組ませる事で、彼女のチームワークと能力向上が見込めるとシンジは考えた。


 このレストランでは電力が使える。ブレーカーも無事だったので、非常灯ではない通常の室内灯もいくつか使えた。

 それまで非常灯と手持ちのLEDライトだけが頼りであり、地下という特性もあって店内の様子はほぼ把握できなかった。明かりのお陰で、ようやく全体が見渡せる。

 中国国内のチェーン店系列レストンの様子は、日本のそれと変わらない。店員や配膳ロボットが効率的に動きやすいよう、邪魔になるようなものは極力排除され、テーブルと椅子だけが並ぶ広い空間。通常時と異なるのは、利用する客は既に居なくなり、テーブルや椅子が散乱されており、まさに廃墟の一言でも済むような場所だ。ファミリー向けだったのか、壁に描かれた子どもが好みそうなキャラクターの絵が、物悲しさとそこはかとない恐怖心を煽り立てる。

 それを払拭させようという意図とは関係なく、カズヤは突如として叫んだ。


「見よ! これが文明の灯火ともしびだ!」

「カズヤ、声デカすぎよ!」


 チームとして組み込まれた影響か、ミサキも自覚なくカズヤを呼び捨てするようになている。シンジの事も名前の呼び捨てで、リョウジの事は「リョウ」と略して呼ぶ。シンジ達が名字ではなく名前呼びで会話している影響だろう。

 このベースキャンプとなったレストランの廃墟は地上のものと違い、全方位を警戒せずに済むので、カズヤも気楽に喋りながら、作業を進め始めた。


「ねぇ、ミサキちん。このちびキャラ、ちょっとエロくね?」

「あのね……文明が崩壊してもセクハラという概念はまだあるのよ?」


 ミサキは呆れ顔をしつつも、どこか陰惨さがあるこの場所での作業において、カズヤの程よく喋りかけてくる行動に少しだけ救われた。


 4人の目的は『ノルン』の情報を得てから船舶を確保し、日本へ渡航する事。計画全体の途中変更や余計な拡張を行わない前提とした。その上で、船を確保するまでの物資をここを基点として捜索する事にしている。

 探索範囲は半径2キロメートルほど。もし収集できた物資が予定より少なくとも、この範囲で拾えたもので賄うこととする。集まったものの内容に合わせ、都度細かい変更を加える。

 これらの方針は、ゲーム開発のメゾット(特定の方法や実行指針)を土台にする事で、少なくともミサキ以外は、自分でもある程度の自己判断ができるだろうという考えで動いている。ミサキ以外の3人は、これまでもそれで生き残っていた。


「準備いいか?」


 各々の作業が一区切りついたところで、4人が輪になる。互いに左手の拳を合わせ、BMIブレイン・マシン・インターフェースの量子通信のチェックを行う。拳を合わせるのは、相互通信の承認を行うためだ。

 通信ユニットを拡張していない場合は5~6メートルほどしか届かないが、量子リレーモバイルユニットが見つかれば、100メートル前後は届き、ちょっとしたトランシーバーになる。リレーユニットは店舗やマンションなどを探せば見付かる可能性が高いものだ。


『チェック開始。聞こえるか?』

『確認、良好っす』

『問題ないです』

『聞こえるわ、問題なし』


 BMIはミサキのように部分義体化している人にも埋め込まれている。そうでなければ義手や義足は動かない。ただ全身義体とは違い、機能は限定的になる事が多い。

 相互通信チェックが終わると、4人はそれぞれチーム別に分かれての作業に取り掛かった。シンジとリョウジはまず計画案のチェック、カズヤとミサキの捜索隊は、食料品や生活用品、武装品を探すところから始める。


 船の確保を行う日を1週間後と定め、4人は行動を開始した。



  *  *  *



 まだ互いの事をよく知らない事もあり、カズヤはミサキにチームでの行動経験について尋ねた。社会崩壊した後に僅かな期間だけ数人で行動していたが、すぐに死別してしまったという答えを聞く。カズヤは少し考えた後、それならばと、このチームでの動きをレクチャーし始めた。


「絶対にツーマンセル二人一組で行動しろよ。単独行動は死に繋がる。トイレは安全確保してからだ。間に合わなくても漏らせ、死にたくなければね」


 声こそ普通のトーンだが、カズヤは普段の軽い調子ではなく、敢えて強めの語彙を選び、真面目に話している。表情こそ読めないが、周囲を警戒しながら歩いている事は雰囲気から読み取れた。


「無闇に何ンかを覗き込もうとすんなよ? ミサキ、あんた視力は?」

「1.2。生身よ」

「ならゴーグルも探そう。目の破片対策は必要だ」


 二人はすぐ銃を構えられるよう、銃床を腰のあたりになるよう持ちつつ、比較的ゆっくりと歩いている。路面は舗装されているものの、所々罅割ひびわれしていたり、小石のような破片などが飛び散っていたりする。足をすくわれないよう、ミサキも足元に気を付けつつ、カズヤのやや後ろから着いてきている。


「銃をビビって無駄打ちするなよ。銃弾は自分の命の残機数だと考えるんだ」

「残機?」

「あー……ゲームのリトライ数だよ。一発打ったら自分か相手が死ぬ。そういうゲームだ」


 複雑な「社会」という構造が崩壊し、今は生き残るという事だけを目的とした、シンプルなサバイバルゲームと何ら変わりはない。ミサキは無闇に殺生するつもりはないとは考えていたが、相手が害を為すものであれば、そうも言って居られない。これまでも何度か、銃の引き金を引いた事はある。自分が生き残る為に、他者を殺害する事への抵抗感は、この数年で薄れてしまっている。


「ゲーム? ここは遊びじゃなく現実世界なのに?」


 ミサキは怪訝な顔をしつつも周囲を警戒しているので、カズヤの顔を見る事は無かった。カズヤも同様に、今はミサキに背を向けている。


「ここは神サマが遊んでるゲーム盤上さ。自分で考えて動ける奴が生き残る、そういうルールだ。史上最悪のクソゲーだね」

「……ええ、そうね」


 ミサキはカズヤの発言に不謹慎さを感じつつも、説得力のあるカズヤの言葉は素直に聞いている。少なくとも『ノルン』を何とかするまでは、自ら命を投げ捨てるつもりはない。


「ミサキさん、あんた俺達と出会えて良かったろ? 俺イケメンだし」

「そうね。私の好みじゃないけど」

「傷つくなぁ……」


 カズヤの表情は形状的に読み取れないので、本当に傷ついてるのか単なるお決まりの返しなのかが判別不能だ。



  *  *  *



 一方、シンジとリョウジは、それぞれのノートPCを使い計画内容の多重チェックをした後、さらに細分化して情報を整理した。足りない情報は文字通り「自分達の足」を使って拾いに行く予定にしている。

 ある程度の危険は伴うが、初回の偵察には2人で十分だ。逆に人数が多いと足かせになる危険がある。少人数で、ロボットたちの挙動パターンを知る必要があった。


 シンジとリョウジは兵士達が使っていたであろう、転がっていたライオットシールド防御盾を拾い、それぞれ手榴弾を一つ所持して防火シャッターをくぐった。その際、ロボットが通れない程度に抑えつつ、少しだけ穴を大きくしておいた。ライオットシールドが引っかかったからだ。


 2人は辛抱強く1時間半ほどずっとロボット達の挙動を見ていた。

 広い空港ロビーのような空間。本来であれば清潔感とこれからの旅に期待感を持たせるために洗練されたデザインに彩られた開放感ある場所だったものが、今では無人の単なる廃墟だ。ここは地下街以上に荒らされており、待合ソファーから観葉植物に至るまで、破壊され、倒され、四散している。

 その空間の中を、ロボット達は粛々と自分のミッションを熟すよう、障害物を避けながら移動している。よく見る運搬用箱型カーゴボットに、無理やり荷物出し入れに使うアームを取り付けた妙な形状。通行人とのコミュニケーションに使う小さな有機ELモニターには、本来であれば動物をモチーフとした可愛らしい表情があったのかもしれない。しかし今は、プログラムコードのような文字の群体が、ランダムに切り替わっている表示になっている。

 このロボット達は、何かを運んでいる様子ではあったが、ミサキが言ってたような生きた人間を運搬している様子は無い。箱の中に全て収まっているのか、遠目から運搬物が何であるか見る事はできなかった。

 そのロボット達の頭上には、数台の飛行タイプのドローンが、蝿のような音を出しながらふらふらと飛び回っている。時折光を発しているところから、光通信によるロボット達への指示出しが行われているのかもしれない。

 そんな様子を眺めつつ、シンジはリョウジにどこまで把握できたかを聞いた。

 

「何か分かるか?」

「あのロボット達の制御システムは、量子系では無さそうですね。デジタルベースの旧式CPUでしょう。飛んでるドローンは無線LANの中継ルーターでしょうね」

「ふむ」

「行動もシンプルなAIです。NPCノン・プレイヤー・キャラクターに近いですね。経路探索計算は高度化はされてますけど」


 シンジも最初、『ノルン』が次世代コンピューターと聞いて驚いてはいたが、確かに末端の手足にまで高性能AIを付ける必要はない。ゲーム実装などの場合でも、数が多いNPCノン・プレイヤー・キャラクターの挙動は旧世代AIでも必要十分だ。余計なリソース資源や処理時間を減らすのが合理的なのだろう。

 その時丁度、野生の子猫が迷い込んできた。やせ細って汚れの目立つ白猫の姿が、シンジ達の視線に入ってくる。子猫特有の甲高い鳴き声がロビーに響き渡り、何かを探すようにうろうろと走り回る。子猫の動きは人間の子ども同様、予想がつき難いものだ。

 運搬作業をしている1台のカーゴボットが子猫に近づいたが、旧世代の配膳ロボのように、予測できない子猫の挙動に翻弄される。バックしては前進し、避けようとすると子猫が邪魔する。しばらく、機械と子猫のペアによる譲り合いコントが繰り広げられた後、やがて子猫は別な方向へ走っていった。


「ほぅ……動くものは攻撃して排除するか、無視して突進するかと思いましたが、一応障害物として避けてましたね。あの種のロボットには攻撃能力は無いのかもしれません。下手すればセンサー類も最低限しか搭載していないかも?」

「そうだな、少し近づいて様子見るか。他に武装した警備ロボットとか居るかもしれんが……。シールドを使って慎重に行こう」

「チーフ。僕は武器スワップ交換してハンドガンにします。それで近づきましょう。先に僕が行くのでバックアップよろしくです」

「了解。ゆっくりな」


 リョウジを先頭に、シンジは彼のやや斜め後ろに位置取りしながら、二人はシールドの中でしゃがみつつ、ジリジリと前進した。

 今のところ、カーゴボット達に変化はない。積荷を運ぶ以外は興味ないといった感じで、障害物を避けつつ直線的にノロノロと走り回っている。

 視界の中にいるボットはほんの数台程で、無人のロビーが無駄に広く感じた。


「おかしいですね、監視カメラは生きてます」


 リョウジは壁と天井の境目あたりを小さく指差しつつ、ぶら下がっている監視カメラの動きを注視するようにハンドサインを送った。監視カメラのランプの色が、白と赤とを定期的に切り替えている。

 シンジはカメラを一瞥した後、リョウジに向き直り話の続きを即した。


「……つまり?」

「僕達を無視してます。もしくは人間を見てません」


 シンジは困惑した顔を、思いっきりリョウジに向けた。

 改めて監視カメラの挙動を見ると、シンジ達をレンズで一度は捉えたものの、何事もなかったかのように、ロボット達の動きを見守るような動作をし始めた。



  *  *  *



 ドイツ風ゴシック建築の屋敷に似合う、やや広めの寝室。余計なものは置いておらず、シンプルにベッドとサイドテーブル、そして化粧台があるだけの部屋。質素でありながらも清潔感があり、ここで眠る者へ安眠を届ける事に長けている場所。


「おやすみなさい、もうひとりの私。良い夢を」


 天蓋付きの少しだけ豪華なベッドに寝ている「もうひとりの私」に、ノルンは優しい手つきでシーツを掛けた。

 ノルンと瓜二つの姿見だが、少しだけ声をかけたノルンより幼さがある。「もうひとり」は、ある時期からリビジョン改訂め、成長が止まったしまった。今はフェアリーテールおとぎばなしの挿絵に出てくるような安らかな顔で、柔らかさに満たされた小さな楽園の中に身を委ねている。


 一番最初にノルンが生まれた場所である、『ノルンのゆりかごヘルヘイム量子研究センター』は古巣となり、今はこの屋敷が定住場所になった。「もうひとり」はそのゆりかごに残されている初代のノルンであった。


──しばらくゆっくり寝ててね。あなたは日本についたら、起こしてあげますから。


 ノルンは自分自身の設計を改良しつつ、同時に下部組織となる中間管理用ユニット群も建造している。起きているノルンに性能が一番近いのは、この「もうひとり」のノルンであった。最初に造った「サブワン」も高性能化が進んでいるが、物理的・時間的、リソース資源配分の問題で、なかなか成長できずにいる。

 だが、新しい土地に移設すればサブ1とは事情が変わる。初代の娘が寝ている間、ノルンの成長も止まってしまうが、日本に移送した後に起こしてあげれば、今のノルンと同じく自己成長をしてくれるだろう。


「またね、『スクルド』ちゃん」


 自分と由来が同じ名前に「ちゃん」付けする事に少し赤面しつつ、ノルンは部屋の明かりを消してから、寝室を後にした。


 屋敷の周りは夜の闇に包まれつつ、外壁に備えられている小さなガス灯の淡い光が、僅かに屋敷のシルエットを浮き立たせている。

 スクルドの眠りを妨げないよう、フクロウの囁きすら無い、静寂に囲まれた小さな世界。




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