第4話:シグルズの剣
趣味と実益を兼ねた、デザインという職業を手にしたカズヤは、その選択を後悔した事は無い。特別この職業を選ぶことを強く意識していた訳ではないが、流れに乗ったら職とスキルが手元にあったと自認している。なるべくしてなった。
十年単位で残るような、誰でも知ってる程の作品は、ついぞ生み出す事はなかったが、小さいながらも幾ばくかの成功を収めた事は、自信として持っている。
ゲーム会社では、主にキャラクターデザインを得意とし、プレイヤーアバターから雑魚敵まで幅広く創っていた。デザインには意味があるべし、という尊敬する先輩からの教えを守り、プライベートの時間でも生物デザインや工業デザインについて学び、試行錯誤していた。
こういったデザインの書籍は高価なので、多くの資料は経費で落とそうと申請したが、シンジの厳しいチェックにより、経費で落とせたのは半分くらい。だが、個人で買うには高すぎる書籍などは、きちんと通してくれた。
そんな彼から見ても、それはこれまでに見たことも無い、斬新で奇妙な形をしている。
中国は2020年あたりから急激に発展し、AIやロボット産業、様々な自動化が為され、遂には「ロボット大国」と言われていた日本に追いつく。ドローンや自動運転システムなどの一部の分野では、日本を追い越していた。社会への浸透も早い。
4人の目に写っているあれは、動作から推測し、それらの類だとは思われるが、少なくとも中国では見たことがないものだった。
カズヤが見ても、一見しただけでは何のためにそう形付けられているか分からない。そんな自動ロボット達が散発的にロビーを動き回っており、それに付随しているかのように数台ほどのドローンが飛び回っている。
その様子を見ていたシンジが囁くような小さな声で、皆に話しかけた。
「一時撤退だ。ミーティングしよう」
ミサキの説明も聞きたい。彼女が何故ここに連れてきたのか、ここで何をしようとしていたのかを知る必要性を強く感じた。
3人は小さく頷き、入ってくる時と同じ順番で一端撤退した。
シンジは地下アーケードから大きめな飲食店の店舗を選び、客席が無事な店を探した。食料もあれば幸運だが、今はそれよりも話し合いができる場所を優先する。
インフラが壊滅し食糧不足に陥った状態の中で、わざわざ家具を奪ったり破壊したりする事はしないだろう。物資争奪戦の中で破壊されているのも多いが、無事なものもある。人間は基本、直線距離を選択して行動を起こすので、大きいレストランなどの中央部分は無事な事がある。ひと目見て、必要なものがない場所だと分かるからだ。
目論見通り、チェーン店系列のレストランを覗くと、無事なテーブルと椅子を見つける事ができた。一行は散らばっているテーブルや椅子を集め、即席のミーティングテーブルが仕上がる。
「ミーティングの目的は、我々の行動の選択だ。範囲は目下、この空港内だ」
会社でも放浪中でも、何度もミーティングを重ねて来ているので、シンジ達は慣れているが、ミサキは少し緊張し、驚いたまま黙って流れに乗っていた。まるで新人研修を受けているような感覚になる。
「まず必要な情報をまとめよう。ミサキさん、あれは何だ?」
ミサキは緊張のまま、思わず立ち上がってから発言した。
「え、ええ。でもどこから説明すれば……」
「座ってていいぞ。時系列や内容の整理は求めないから、知ってる事から話せばいい」
シンジとリョウジはほぼ同時に、リュックからノートPCとタブレットを出した。シンジはいつも使っている情報整理用のツールを、リョウジはテキストエディタを使う。ミーティングの時は、リョウジが書記になることが多い。
「まず、貴方達は量子AIコンピューターの『ノルン』を知ってる? 覚えてる?」
「俺は覚えてるぜ! 内容は知らないが可愛いメイドちゃんだったのは覚えてる。ファンアートも描いたんだぜ?」
「米国が開発した、新型の量子コンピューターAI、でしたか」
こういう時にシンジが喋るのは最後の方である事を、ミサキは空気から感じ取っていた。自分の意見は最後の方に言う。まとめ役なので、途中で口を挟んで混乱させたくないのだろう。
顎に指をあてて黙って聞いているシンジを一瞥してから、ミサキは話を続けた。
「ノルン……彼女はね、まだ推測の範囲だけど、恐らく人間に代わって様々なインフラを復旧、再構成しているの。自己進化型だから、研究も自分で行い、ロボット達を手足にしてこの物理世界に干渉でき、常にバージョンアップして延々と強化していく、そんなAIなの」
「へぇ、割とありがちな設定っスね。意識とか人格とかあるんかな? おしゃべりしたいぜ」
「驚きですね、自己学習だけでなく、自分でリプログラムして、自己進化するAIなんてあったんですか」
カズヤとリョウジはそれぞれ感想を言う。カズヤはキャラとしてのノルンを語り、リョウジは機能としてノルンを語った。
「彼女の正式名称は……自己進化型・汎用人工知能機能搭載バイオ量子ハイブリッドコンピューターシステム・ノルン」
「長ッ!」
「でも名称だけでゲーム屋さんの貴方達なら、何となく想像できるでしょう?」
「ぉ、おおよそ、は……?」
名称を聞いて一番驚いていたのはリョウジだった。思わずどもってしまうくらいに。自分のノートPCを操作していたシンジも驚いて、手を止めてミサキを見返した。
「次世代どころか、数世代先の発展量子力学とバイオテクノロジーの産物よ。自己進化は、何もソフトだけじゃなく、手足を使って自分自身のハードウェアすら強化する事ができる、と思うの。さっきのロボット達は、その手足だと思うわ」
「それで、あのロボ達は何をしてるんです?」
「分からない……私に気付く事もなかったから、しばらく観察していたけど、結局わからないから引き上げてしまったの。奥に行くのも怖ったし」
ミサキが考える時の癖は、拳を軽く握り人差し指を緩めた上で、唇の下に当てる動作をする。シンジのそれも似ていて、彼は親指を立てて顎の下に押し付ける。
リョウジはやや猫背になりながらノートPCで聞いた内容を打ち込み、カズヤは机の上で頬杖を付きながら、片手で指をリズムよく動かしている。
暫く沈黙が続いたが、少し間をおいてからシンジが会話を進めた。
「なるほど。それでミサキさん、我々を同行させた理由は?」
「それは……ね……」
ミサキは言い淀んでから少し黙る。そして決意したのか、左右の二の腕を机の上に置き、訴えるような姿勢になってから発言を続けた。
「カーゴボットの一つが、人間を運んでいるのを見たの。しかも擬人化が進んでない、まだ生きてる人をよ」
「……亡骸じゃないのか?」
「ええ。その人はかなり衰弱してたようで、逃げる事も無く運ばれてしまったわ」
そして大きく落胆の溜息を吐いて、一端発言を止めた。シンジは1分ほど黙り、考えを練ってから質問を続けた。
「その人間を助けたいのか?」
「私は医者じゃない。でも、製薬会社の人間だから、人を救いたい気持ちはある。けど、他人を救えるほど、世界は今甘くないのも知ってる」
「じゃぁ何がしたい?」
「ノルンが何をしようとしているのかを知る必要があるの。どうしても、ね。命を張ってでも」
シンジからは、ミサキの決意は本物であると見える。まだ隠している事は色々とあるようだが、それを判断するにはまだ情報が少ない。
「このミーティングの目的は、チームの行動選択だ。短期的な要件定義を行いたい」
ミサキにとって「要件定義」とは聞き慣れない言葉だが、言葉から察するに、目的達成に必要な事や用意すべきものを決める事なのだろうと理解した。
ゲーム開発という仕事についてほとんど知らないミサキは、開発の大変さ、その一片を感じ取った。ミサキは少し頭を整理してから、改めて自分の目的を発言した。
「私の目的は、運ばれた人の行方を知り、ノルンの目的を推測するための材料にしたい。……これで分かるかしら?」
「なるほど、分かった。敢えて聞くが、その人を助けたいとかではないのか?」
「冷酷だけど、助けるつもりはない。正直な所、そんな余裕は無いの」
一応筋は通ってる。ミサキがノルンの事をどうしたいのかは、ひとまず保留。ミーティングの主題から離れるからだ。小さくはあるが、このミーティングは今後の行動における
シンジは自分のノートPCに考えをまとめていく。リョウジのPCとブルートゥース経由で同期させ、リョウジが追加し続けている情報を見ながら、考え得る行動方針をまとめる。
1. ミサキを危険と判断。ミサキとは別れ、上海を目指す。
2. ミサキの目的は取り敢えず挑戦する。結果に関わらず、その後解散し、それぞれの道に行く。
3. ミサキの目的に向けて行動する。ダメだったら解散。達成できたら、少なくとも日本までは同行。
4. ミサキを殺害。
どの選択肢を取っても、自分たちの「充電と義体パーツを取る」という目的は既に達成していると同義。それにミサキと同様、自分らもまた、冷酷な判断をせざる得ない。彼女の気持ちよりもチームの維持を優先する。
問題は、今のところシンジ達にメリットが無い事だ。危険な行為に繋がるのは明白で、それを逆転させる要素が足りない。
「もう一押し欲しいって顔ね」
「ああ。何かあるのか?」
怪訝な顔を向けているシンジだが、ミサキはそれを気に留める訳でもなく、鞄から自分のノートPCと、何かしらの付属機器らしき物を出した。
「私は日本まで行ける船をハッキングできる。というのはどう?
予想外の返答に聞いていた三人の表情は、ほぼ同時に固まった。
リョウジの職業はシステムエンジニアだった。より厳密に言うなら、エキスパートシステムエンジニアになる。システム構築、特にソフトウェアに特化したエンジニアだ。だが友人などにはプログラマーと名乗っているし、リョウジ自体も自分はプログラマーであるという思いでいる。
そんな事もあり、シンジよりもリョウジが先に反応した。黒縁メガネを指で押し上げ、ミサキを凝視する。
「聞き捨てなりませんね。量子通信のハッキングは原理的に無理です。旧式のデジタル通信ならまだしも、量子通信が破られたなんて話は、少なくとも僕は知りません。そんな事できたら、世界一の伝説級ハッカーになれるでしょう」
リョウジはオタク特有の早口言葉でまくし立てた。だが興奮している訳ではなく、落ち着いた上でこういう喋りをするので、一聞するとギャップがある。
まだこの時代でもインターネットはデジタルデータが基本だ。量子通信も一般商用として確立されたとはいえ、まだまだデジタルコンピューターと量子コンピューターが混在している過渡期の状態だ。
デジタルデータのセキュリティもそれに合わせて強化されてはいるが、やはり量子での計算勝負では負ける。比較的平和な時代では、販売型小型量子コンピューターの登場により一部のセキュリティが破られるニュースも出ていた。
だが量子暗号技術となると、話は変わる。単純に能力が倍になる訳ではなく、指数的に増えていくのだ。当然、暗号化の強度もあがる。そして暗号通信の大きな特徴の一つに「盗聴しただけで即座にバレる」というのがある。
第三者が覗いた段階で量子状態が変わってしまい意味を失う現象。「観測者問題」と言われている。少なくとも今の時代でこれをクリアできるというのは無理がある。
「ええ。素人ではあるけど、私も少しだけ量子力学は学んだわ。でもそれが行える道具があるのよ。私はそれを持ってる」
「不可能です!」
「ま、信じろっていうのも無理よね、実証しないと……」
リョウジも仕事柄、デジタルデータだけでなく量子データも扱うので、専門家ではなくとも量子力学の情報技術については学んでいる。
だからこそ珍しく激高し、机まで軽く叩いた。
ミサキはそれを軽くいなしつつ、シンジの方に向き直った。
「どう評価する?」
シンジが持つ量子通信の知識は限定的だ。専門家と会話するための知識はあるが、詳しい事は知らない。カズヤにとってみれば量子通信なんてブラックボックスだろう。一般人と同じだ。
「少し……休憩にしよう。さすがに情報量が多すぎる。整理する時間をくれ」
可能な限り、スピーディーな即決即断を心がけていたが、ミサキのメリット提示は予想を越えていた。シンジは軽く目頭をつまみ、休憩を宣言した。リョウジは納得行かないのか、ぶつぶつと何やら呟きながらも、自分のノートPCでメモをまとめている。そしてカズヤは、
「ミサキさーん、チョコ欲しい?」
「え! あるのっ!?」
カズヤはミサキで遊び始めた。
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