第2話 銭湯の帰り道、コーヒー牛乳は欠かせない

藤助の水曜日は、いつも銭湯で締めくくられる。カラオケで歌い終わった後、まっすぐに銭湯へ向かうのが彼の日課だ。今日はいつもと同じように、カラオケの熱が残った体を癒すため、藤助は銭湯にやってきた。


「やっぱり、ここに来ると落ち着くな」


藤助は風呂場ののれんをくぐり、銭湯独特の湿気を感じながらロッカーに向かう。今日は少し早めの時間だからか、浴場内は比較的静かだった。藤助はロッカーに荷物を預け、服を脱いで浴場に向かう。


湯船の湯気が顔に触れると、藤助の体が自然とリラックスモードに入る。ゆっくりと湯船に身を沈め、あったかいお湯が体全体を包み込む。藤助は何も考えずに、ただその温もりに身を任せていた。


「ふぅ…これだよ、これ」


湯船に浸かっていると、隣にいた年配の男性が藤助に話しかけてきた。「いい湯だなぁ、藤助さん。今日はどうだったんだい?カラオケの方は?」


「おぉ、今日はまずまずってところかな。昭和の歌ばかりだったけどな」と藤助は笑顔で返す。この銭湯には常連の顔ぶれが多く、藤助もその一員として知られている。カラオケ好きの藤助として、一部の常連たちからは「昭和の歌マスター」と呼ばれることもある。


「カラオケで発散して、ここで癒されるってのが俺の毎週の楽しみなんだよ」と藤助はお湯に浸かりながらそう話すと、隣の男性は大きくうなずいた。


「お前さんのカラオケ愛は知ってるよ。それに、ここで一緒に湯に浸かるのも、俺にとって楽しみの一つだよ。藤助さんの穏やかさには癒されるんだ」


藤助はその言葉に少し照れくさそうに笑い、ふと頭の中に亡き妻のことがよぎった。彼女もこの銭湯が大好きだった。二人で来た日々が、今でも藤助の心の中で鮮やかに残っている。


湯船から上がった藤助は、軽く体を拭いてロッカーへ戻る。浴室を出た先には、冷えたコーヒー牛乳が藤助を待っていた。湯上がりに飲むこの一杯は、藤助にとって至福の瞬間だ。


「ふぅ、これがなきゃ締まらない」


冷たいコーヒー牛乳を口に含み、藤助はしばし天井を見上げる。ちょっとした贅沢だが、これが銭湯の後の楽しみ。藤助は瓶を持つ手をゆっくりと緩め、牛乳の冷たさが喉を滑る感覚を楽しんだ。


銭湯を出て、藤助はいつものようにゆったりとした足取りで帰路についた。街の風景は変わりつつあるが、藤助にとっては何も変わらない水曜日のルーティン。夜風が気持ちよく、藤助はカラオケの余韻と銭湯の温かさを胸に、静かな道を歩く。


「さて、家に帰ったら、また仏壇に手を合わせて、ビールでも飲むか」


藤助はそう呟きながら、微笑んでいた。家では、ちんくんがまたいつものように迎えてくれるだろう。いちかも勉強を続けているはずだ。いつもの風景、いつもの静かな暮らし。でも、それが藤助にとっては何よりも心地よい。


家に帰ると、ちんくんが早速迎えてきた。「おかえりなさい、藤助さん。銭湯はいかがでしたか?」


「いつも通りだよ、ちんくん。今日は湯も良かったし、コーヒー牛乳も美味かった」


ちんくんは無表情ながら、「それはよかったです」と機械的に応答する。そんなちんくんの無機質な返事に、藤助は思わず苦笑したが、それが彼の日常であり、どこか温かさを感じる瞬間でもあった。


藤助は仏壇の前に座り、今日の一日を思い出しながら手を合わせた。そして、いつものようにビールの缶を開ける。今日も、静かに過ぎていく一日が終わろうとしていた。

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